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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第4章 すれ違いの果て

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第27話 人間が不要になる日

前話「あんしんチャネル、全断」から続く話です。

 災害用タグの付いた通信だけ優先。デマ情報は全てブロック。

「この情報はブロックしません。優先度を下げます」

「信頼性タグ未確認。帯域最低保証のみ」

「公的災害情報。これは最優先で通します」

 次々と切り分けていくコリンダーの回答を見守りながらヒロユキはエンダーを一体ずつ丁寧につぶしていった。

 

 * * *

「疲れた……」

 ヒロユキは、ガチガチに強張った体を少しさすった。

 伝送路から帰還した。

 戻ってみれば現実世界は肌寒い。

「さぶ。まだ10月なのに」

 頭を占有するのは先ほどの任務のことだ。

 

「ヒロユキ、ちょっと始末書のことで……」

 そう声をかけてきたのは待ち構えていたエイコだ。

「始末書?」

「うん、さすがに、リリース前のサービスを実用に使ったからね……」

「げ、許可取ったよ」

「だから所長が書くらしいけど、聴取だよ」

 

 ヒロユキはげんなりする。

「なんだよ。仕方ねーじゃん。いいだろ被害なかったんだから」

 ブツブツと「だりぃ」と言いながらも従うヒロユキに、思いつめた顔をしたコリンダーが声をかける。

 

「聴取は、私がやっておきます」

 え、と一瞬エイコが目を剥くが、ヒロユキは片眉をはねさせて反論した。

「いいよ最後決めたの俺だろ俺がやっとく」

 軽い声に、かぶさるようにコリンダーの声がかかる。

「私がっ……決めたことです!マスターがやるのは違います!」

 がん、と音が響くような声だった。

 

 ヒロユキは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてぽかんとしたがやがて口をひらく。

「……んっだよ。それ、俺は関係ないからいらんってか。そーね。いらねーわな、俺。んじゃどうぞ。ご勝手に」

 機材と上着を乱暴にしまい込むと、ばん、と音を立てて閉める。

 沈黙が流れた。

「とりあえず、聴取させてもらえればどっちでもいいよ。ただ、なんか……らしくないみたいだけど……」

 エイコの気づかわし気な声が漏れる。

「知りません。いきましょう」

 

 コートを取り出して着ながら歩き出すコリンダーに後ろからエイコが声をかける。

「……あなた、感情回路切ってない?」

「……」

「……ダメだよ。とりあえずここで言語化してみな。間違っていても、とぎれとぎれでもいいから」

 言葉の内容とは裏腹に優しい顔をしているエイコの顔を見もせず、コリンダーは唇を噛んだ。

 乾いた足音が響く。

 

 ふいに、ポロリとコリンダーの瞳からしずくが落ちた。

 

「……ヒロユキが隣にいると厳しいです。……私の仕事を取られた気がしました、でも。そばにいると楽しいときもあります、でも。……でも、でも。もしかすると私の存在が彼の邪魔をしているのでは。

 だから——。……いえ。どの感情を優先すればよいのですか。教えてください、エイコさん」

 うん、うん、と一つずつ頷きながら聞いていたエイコだが、ゆっくり首をふる。

「どれも優先しなくていい。あなたの思考回路に並列に刻んでおきなさい。きっと役に立つから」

 

 * * *

 ヒロユキは、休憩室に帰ったあとも、冷えが体から抜けなくて、冬用に仕舞っていた上着をロッカーから取り出してソファに沈み込んだ。

 間近で見て、えらく疲弊してしまった。

 疲れた……と、やってきたエイコも同じように上着を羽織って、ほうじ茶をカップに注いでいる。

「げ、ここにも湿気た顔してるやつ、いたわ」

「ひどくね?」

 睨むヒロユキに笑うと、もう一つカップを持ってきてほうじ茶を注いだ。

 無言でそれを差し出しながらエイコは笑う。

「あんたの愚痴は聞かないよ。なんとなく、わかるし」

「え、分かるの」

「コリンダーの、印象って、どう?ねえ、今のコリンダーを一言で表せる?」

 意味の分からない質問にヒロユキはストップし、一拍おいてから、「うーん」と首をひねった。

「……できるわけない。だってそれが、俺が考えてたことっすからね」

 

 ねえ、とエイコがカップのふちをなぞりながらつぶやく。

「コリンダーはいずれ伝送路では一番の監視AIになる。何年後かしら」

 その声は誰にともなく投げかけられる。

 「ねえ、そのときさ。人間の手なんて、必要ない世界に、もうそろそろ、なるんじゃないかな」

 暗い淵から響くような声で、ヒロユキは少し寒気を覚えた。

「ねぇ。コリンダー、あの子『救える命は減ります』って言ったわね」

エイコは静かに呟く。

「すごいわ。もう分かり始めてるのね。“責任”を」

「責任?」

「ええ。回線を預かる者としての責任。……存在の輪郭と言ってもいい」


ふっとエイコは笑う。

「人間が不要になる日も、案外近いのかもね」

 

 部屋は静かでエイコの声だけが、刺さるようにヒロユキに浴びせられる。「あなたは、コリンダーの補佐にまわれる?」と。

 え?と聞き返そうとして、ヒロユキは固まる。

 補佐?

 心に一滴落とした墨のように、その言葉はじわじわと脳裏に広がっていく。

 え?

 

「……それは、ちょっと違くないっすか?基本的には人間が、リードするんじゃないの?」

 戸惑いつつもなんとか言葉を絞り出すヒロユキに、エイコは気の毒そうな目線を向ける。

「知ってる?コリンダー、ね。あの子、もううちのベラケレスの3倍くらい、エネルギー値あるのよ。3倍。もう、普通に戦ったら、圧勝だよ。でね」

 聞きたくない。

 

「私、最近もうベラケレスに指示する場面、あんまりないの」

 

 残酷なささやきが風に溶けて消える。

 ヒロユキの困惑し切った顔を見て、エイコはため息をつく。

「ねえ、あなたのその戸惑いって。人間だから、なの?それとも男……だから?」

「そ、そんな小さいプライドじゃないっす。なんでそんな意地の悪い事ばかり言うんですか」

 ほうじ茶のカップがカタカタと震える。「あち……ちょっと熱いっす」などと呟いている。しかし、カップをぐっと両手で包んでいる限り、エイコには熱いものに触れているようには見えない。

 なんとか言葉を絞りだそうとしたヒロユキはやがて諦めて、「そろそろ時間なんで」とそそくさと帰り支度を始めた。

 

「……これを、いじわるだと思ってる時点で、結構ダメじゃない?」

 エイコは暗く嗤う。

「もう話し終わりです。んじゃ」

 と言って逃げるように帰っていくヒロユキの後ろ姿を見ながらエイコはほうじ茶のお代わりをゆっくりカップに注いだ。

 肌寒くて、暖かい飲み物でもないと凍えてしまいそうだ。


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