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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第4章 すれ違いの果て

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第26話 あんしんチャネル、全断

 今日はエンダーが少ない。いや、少なすぎる。

 冒頭から何となく嫌な予感がしていたヒロユキは眉をひそめる。

 

「たまにはこんな平和な日があってもいいです」

 ボディを落としましょうか?とコリンダーが聞いてくる。しかしヒロユキは迷った末、そのままでと言った。

 あたりを見回しながらヒロユキがつぶやく。

「今日、ハンターがいっぱいいるからな。見物したら?」

 言われてみれば……とコリンダーもキョロキョロし始める。

「何か、あるんですかね?」

「あ、しらなかったか。研究員も交じってるぞ。なんか1週間前に開設した新サービス『あんしんチャネル』の災害ダイヤルの検証してるみたい。バグがあったらしくて対応優先度S級だってさ」


 またバグか、とヒロユキが呟く。

 最近の開発部ときたら。それなりに精鋭揃いのはずだが、どうも品質制御が出来ないらしく、いつも怒号が飛んでいる。「試験時は正常だった!」と研究員が涙目になっているところも目撃する。

 そうこうするうちに通信要請が入っていることに気づく。ヘンリーだった。

「最近、所長の指令担当多いな、人手不足すぎない」

 

 と苦笑しながら端末を取り出すが「緊急」のランプに2人とも居住まいを正す。

「おい地震が起きたようだ。結構でかいやつ。場所は和歌山県、今から災害回線を開放する」

「え、バグってるんじゃないの!?従来の『緊急ダイヤル』に切り戻せばいいじゃん」

「そっちは全面停止しててな、切り戻しには2時間以上かかるらしい。待ってらんねー。バグは……再現しないことを願うしかねーな!コリンダー、あとよろしく!」

 あっという間に通信は切れた。

 

 ヒロユキとコリンダーは顔を見合わせる。

 「任せる?ええっと、どゆこと?」とヒロユキがつぶやく。

 横で見ていたコリンダーが苦笑しながら補足してくれた。

「所長、急いでましたね」

「コリンダー意味わかった?」

 

「はい。回線監視AIの本業務です――『規制会議回線』を開きます。」

 なるほど、『あんしんチャネル』か、とヒロユキは一人つぶやく。

 電脳ハンターはエンダーを狩る。これは正しい。ただし、回線AIはハンター業務の他にもう1つ重要な任務を持っている。

 それが……。

 空間に通信用の画面が映し出される。

 見慣れた回線監視3兄弟達の顔がある。

 

 コリンダーが空間回線に目をやったままコントロールパネルを操作した。

「災害用緊急回線8080番コリンダー、政府専用回線4002番ベラケレス、一般緊急回線18番アンバー接続済みです。金融回線959番は……回線閉鎖中につき、現在の専用回線AIはすべてそろいました」

 

 つまり、回線AIが規制を制御する決まりだ。


「規制会議回線……初めて見たっす」とヒロユキは人間用の通信画面を開いてエイコに話しかける。

「まぁね。全回線、融通し合わないといけない時しか開通しないからね。今回は、『あんしんチャネル』のために各々譲り合って回線を確保するのが目的」

 エイコも初めて見たようだ。

 ヒロユキはやや声を張り上げて画面の向こうを睨むコリンダーに声をかける。

「なるほど……。俺たちなに手伝う?お茶汲む?」

「こちらは不要です。エンダー対応をお願いします」

 わずかな空白が、すき間に入り込んだ。

 

「……了解」

 

 ヒロユキの無機質な声が響く。

 そのやりとりを聞いたエイコだけが、一瞬、視線を上げた。コリンダーをちらりと見るがもうこちらを見ていない。

 ――ま、仕方ないね。回線調整作業は、人間の出る幕は無いからさ。……と言いかけたが、ヒロユキの様子を見て、やめた。


 3人に加えて、珍しい存在、トラフィック監視用AI「まもるくん」が回線規制会議にやってくる。人間にその姿を見せることはほとんどないので珍しい光景だ。


「あれが、まもるくん……。規制回線の裏のボス……」

 噂によると所長くらいしかまともに面会したことはないらしい。三兄弟より後に出来たのに、何故か「兄」らしく、わがまま放題のベラケレスですら、絶対に逆らわないとか……。

 ちらちらと様子を見ると。コリンダー、ベラケレス、アンバーの3人は基本指示に従ってトラフィック規制の補助をしている。


 ふと、ヒロユキは通りの角をみて呟く。

「ちょっと待て……なんかエンダー増えてない?」

 もしや、とコリンダーが口を開いた。

「災害発生の場所が良くなかったかと……。和歌山県の◯✕市、伝送路のルート線がある場所です」


 3人のAI達はもう声を発していない。

 高速の通信作業を要する場合、AI達はしゃべらない。

 音声よりも電脳通信と文字認識の方が早いからである。

 3人の通信ログだけはとてつもない速さで溜まっていく。

 ときおり、停止してはハイライトされていくのは、人間側への配慮だ。

 

 まもるくんからの通信は緊迫したものに変わっていた。

「おぉい、チミたち。ちょっと埒が明かないな。エンダーが多すぎる。今からボク、ルート線の回線制圧しにいくよ。伝送路設備がたくさん破損してるから時間がかかるかも。従来通り、災害用回線8080番はコリンダーに、政府緊急回線4002はベラケレスに、一般緊急回線18はアンバーにまかせた。特に、災害用回線8080は激混雑が予想されるから、2人ともコリンダーを助けるようにね」

 言い残してまもるくんは消えた。

 

「混雑し始めました。通信規制10%、余裕です」

 コリンダーの声は余裕だ。

 ヒロユキといえば。

「んじゃ、今の内にがっつりエンダー減らしとくか。あ、コリンダーはいい。俺だけで充分」

 エンダーがどんどん消し炭になっていく。

「なんか変ですね……きゃあ……!」

 コリンダーが叫ぶ。回線端からエンダーがたくさん出てくる。

 あまりにも数が多すぎる。ヒロユキが通信を開くとエイコ側も同じ状態のようだ。

「やべぇまって、そもそもバグってあのエンダーの多さのせいじゃね?!」

 エイコが叫ぶ。

「わかんない!そもそもエンダーが多いと通信が不安定になってますますエンダーが増えるの。卵が先か鶏が先かっ」

 人間組がわたわたしている間にAI組も危ない局面に到達しているようでコリンダーの声に余裕が全くない。

 ややもして、コリンダーの沈痛な声が響く。

「マスター……新規回線『あんしんチャネル』、落ちました……。通信量、ゼロ」

「ま?全落ち?そんなことあるか?」

 本当なら、由々しき事態だ。

 

 全落ち。コリンダーにも分からない。初めての経験だった。

 通常、通信網は落ちない。混雑することはあっても。

 一瞬の沈黙が落ちる。しかし0.5秒でコリンダーが応答する。

「現にあります。と、しゃべっている余裕もないですね」

 コリンダーの発言はもはや一人言になっている。

「回復しない。安心チャネル回線番号109番、全断……、しました」

 その発言から刹那もしないうちに、コリンダーの重々しい声が響いた。

 「今から私の災害回線8080番で代替します。すみません、マスター。迷っているヒマはありません。いつもオート判断モードを切り忘れてくれてありがとうございます」

 

 皮肉?と一瞬ヒロユキは思うが口が出せない。

「い……いけんの?!」

「一般回線を可能な限り規制して8080番側に増設します。一般回線、50%規制します」

 安心チャネルのために災害回線を代替して今度はその8080番のために一般回線を……。ドミノ倒しだ。

 一般回線の後にはもう切り取る先はない。

「まじ!?守れてるとは言えないだろうそれは!」

 

「まもるくんが不在なので、私の権限で全て操作します……」

 そういい放ったコリンダーだが、自信なさげだ。

 

 一般回線を50%規制すると、どうなるか。

 ヒロユキがそう聞く前に、もう答えが通信モニタに出ている。

 

 さっそくSNSが遅延し始めていることを知って驚愕する。

 

 ――電話繋がらなくなったんだけど……。

 ――和歌山県の、おばあちゃん。無事ー?!

 ――災害用ダイヤル何番だっけ!?

 おそらくそんなやりとりが日本中で行われているのだろう。

 そう考えてヒロユキは背筋に冷たいものがはしる。

 

「回線が混雑。通信規制70%まで上げます」

「そこまでいったら遠隔医療とか産業ロボットに遅延影響が出る……」

「しかし、手はありません」

「全規制は。通常回線を全部切るのはいけるだろ?」

 

「全規制は、選択肢にありません」

 設定上はできたはずだ、と聞く前に流れるコリンダーの声に震える。

 「全規制は人々の声を完全に奪う行為です。できません」

 コリンダーの冷たい声が響く。

「95まで上げます。初めてのことなので通信機の設定フォローをお願いできますか、マスター。一般通信は、ほぼ遮断されます。しかし」

「……しかし?」

「昨今、緊急回線でない、SNS等で情報を取る人や、救助要請をする人がいるのです。覚悟が必要です。救える命は、減ります」

 ぞっとした空気が流れる。

 

「やばいな。どの回線もパンパンである以上、回避策が……」

 回避策、とコリンダーがつぶやいて目をつぶる。目をつぶっていても業務が滞りなく行える、それがAIのすごいところだ。

 「……すこし、考えが。マスター、ウエストとの回線を開いてもらえます」

「ヒロユキさん、どした?災害起きてんやんね」

 イレーションの声が響く。

 コリンダーは慎重に問う。

 

「ウエストで、『SNS関連誤情報拡散防止ブロックチェーンシステム』を実地検証中ですよね?そのシステム、こちらまで……イーストまで広げられますか?」

 あー!とかうんうん、等、ウエスト側が騒がしい。ウエストと通信すると、いつでも周りががやがや騒がしいのはなぜだろうとヒロユキはいつも思う。

 

「行ける!範囲広げるだけだから!」

 ヒロユキが割って入って膝をたたく。

「なるほど。ヘンリー所長につないで。ヘンリー所長。緊急事態です。規制95%かけないと回線が持たない。そのかわり、SNS関連誤情報拡散防止ブロックチェーンシステムを起動して、デマ情報と信頼性のある情報のタグづけをおこないます」

 そこまで言い切ってコリンダーを見る。

 

 無表情だったが、わずかに頷いたので、意識は合っているのだろうとヒロユキは安堵する。

 「SNSは災害時の有用通信機能……できる限り通します」

 それができなくなれば、災害用回線の意味はない。コリンダーの矜持が混じりこんだ一言に意を唱えることができるものはいない。


次話「人間が不要になる日」へ続きます。

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