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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第3章 それぞれの絆

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第25話 ヒロくんの迷い猫探し(電脳ハンター外伝)

 体の重力に縛られないってすごいことだよね。


 体育の時間にふんわりと宙に浮かんで跳び箱をこなすヒロを、みんながそうやって褒める。

 彼は電脳空間で生まれ、電脳空間でしか生きられない特殊な体質――『回線人』である。

 「体の感覚」が薄いため、生活面では特殊な能力を持っていた。

 具体的には、体育の時間に垂直飛びが測定不能になるし、食事もしょっちゅう摂り忘れる。

 

 でも、多少の不便さはあっても、現状に不満はない。

 だって、あの頃と比べたら全然ましだもんな。

 

 電脳空間の『伝送路』と呼ばれる領域で、エンダーの様にさ迷っていた彼に、『ヒロ』という名前を付けて、人間社会に戻れるようにしてくれたのは、鍋島ヒロユキという電脳ハンターだった。

 最初の数週間、居住区の、与えられた区画にやってきては「ちょい休憩」とか言いながら滞在していく彼をヒロは不思議そうに眺めていた。

 決まりか何かがあって監視されているのかと思っていた。しかし、しばらくしてただ「怠けたい」だけと気づいた。その後に、こっそり心配してくれていたことにも、ちゃんと気づいた。

 

 精神年齢が実年齢に追いついたところで、電脳空間の居住区内にある学校に通えることになった。

 ただ、学校は人間との生活に慣れるための精神の修行の場である。

 ああ、退屈……。

 それが彼の口癖になってしまっていた。

 

 彼を保護してくれたハンターの『ヒロユキさん』は、今でもたまに訪問してくれる。

 隣に超美人を一人連れて。

 正直ヒロユキさんだって見てくれは悪くない。だが、それが霞むほど綺麗な女性を連れてやってくる。そのためヒロは学友に見られるのが少しだけ鼻高々だった。

「悪いな。お土産の1つも持ってきてやれなくてさ。苦手なんだよ、お土産」

 といつだったか言っていた通り、特に何を持ってきてくれるわけでもないが、彼の話すハンターの土産話は楽しかった。

 

 その日は珍しく午前中の早い時間だった。

「おー、今日はちょっと野暮用でな。この辺に、猫の餌売ってるとこ、ある?」

 ヒロユキはヒロの顔を見るとそう聞いてきた。

 

 聞けば、ちょっと特殊な依頼だという。

 迷子猫探しとのことだった。

 

 猫ショップでひたすら餌や小物をガン見しているコリンダーを引きはがしてやっと餌だけ買うとショップを後にした。

「ねこねこ、ねっこ♪」と鼻歌が聞こえてきてヒロもヒロユキも横目でちらっとコリンダーの方を見る。

「猫好きなんだって」

「なるほど……ヒロユキさんあのキーホルダー買ってあげれば良かったんじゃ?」

「ばっか、あいつもう山ほど持ってるぞ猫キーホルダー」と2人がひそひそと小声で会話をしている。

 

「しかし、電脳ハンターって、エンダーを倒すだけじゃなくて、そんなことまでやるんですか……?」

 どうもうっかり者が電脳空間への移転装置を放置したせいで、猫が誤作動に巻き込まれたらしい。

 電脳空間の中でも伝送路側に逃げられると、エンダー――電脳空間、とりわけ伝送路側に巣食う悪魔だ――に襲われるので、警察も手が出せない。

 

 「ヒロはどう思っているかはわかりませんが……電脳ハンターなんて……伝送路の何でも屋さんですよ……」

 超美人――災害用緊急回線8080番監視担当AIのコリンダーがため息をつきながら話す。

「違い無い……。しっかし、ヒロの行動力たるや……」

 と隣で得意げに二人の会話を聞くヒロを見やる。

 そう、すっかり二人の間に挟まれて新婚夫婦の息子さんのようになっているヒロくん14歳。

 依頼の話を聞くや否や、学校にすっ飛んで行って、帰って来た時にはしっかり「伝送路帯同許可」を取って帰ってきた。

 どうやったん?と聞くヒロユキに「簡単です。最近気分の落ち込みが激しくて、自分のルーツについて考えている。自分の生まれ故郷を確認しにいきたい、って言ったら許可取れました!」と元気よく教えてくれる。

「しかも、凄腕のハンターさんが二人もいるとあって、この機を逃したら永久に無理、って判断されたみたいで、爆速でした」

 笑いをかみ殺しながら言うヒロ。

 

 伝送路にはエンダーがいる。

 かっこよくエンダーをばったばったと倒して突き進む二人……と思いいきや……。ヒロは不満げな顔をする。

「全然映えない……」

 エンダーが通りの陰から出てきた瞬間に電磁波で焼き尽くされ、音も立てずに消し炭になる、その残りカスの匂いが多少漂ってくるばかりである。

「当然だろ。お前を危険にさらすわけにいかねーし」

 ヒロユキもコリンダーも、普段の何倍も慎重に遠隔で対処していた。

 「しっかし、それにしても全然見つからね。この予測図、合ってる?」

 ヒロユキが不満げに漏らす。

 生身の猫特有の生態パターン……らしきもの、を追っているようだが、何分精度が荒い。

 「それが『人間以外の何か』みたいな荒いデータで……あてにならないです」

 何度もリアルタイムパターン図を確認するコリンダーも、絶望的な表情で言う。

 

 それでもなんとか、データ上はこの先だろう、というところまで来て、立ちすくむ三人。

「ちっせぇ……」

 しゃがんでやっと通れるような通路が、入り口を見せている。

「データによると、この先200メートル、こんな感じみたいで……」

「おいおい、ヒロ、だいじょぶ?」

「はい!……ってか、むしろ僕の方がより大丈夫そうでは?」

 ヒロユキとコリンダーを交互に見比べながらヒロが言う。

 身長143センチ(小柄)のステータスが役に立つときがくるなんて……、ヒロは複雑な表情で穴の奥を見つめる。


 結局、ヒロユキ、ヒロ、コリンダーの順番で行くことなった。

 穴は側溝のようにコンクリートで固められた白い壁の続くタイプで、薄暗く数歩向うが見えない。

「腰痛い……」だの「なんか埃くさい」だのブツブツ言う大人二人を後目にヒロは楽しそうだ。

 側溝の溝に風が反響するのか、時々ひゅう…ごぉ、と不思議な音を立てるのも面白い。

「なんかお化けの悲鳴みたいですね」

 ヒロが楽しそうにつぶやく。

 その一言がいけなかった。

「おば、け……?」

 超常現象をこの世の何よりも嫌うコリンダーがぴくりと耳をそばだてる。

 みるみる、データ図を持つ手が震え始めるのがわかる。

「ばかっ。コリンダーにお化けは禁物っ!コリンダー大丈夫だから。お化け、違う」

 え、とヒロは苦労して首を後ろに曲げてコリンダーを見やる。

 ええ……とヒロは戸惑いの声を上げる。

 超高性能の感情自律AIが、小兎みたいに耳ふさいで震えてる……。


 * * *

 進まなくなってしまったコリンダーをなだめすかして30メートルほど進むと、先に小さな影が長く伸びているのが見えた。

 にゃあ。

『いたっ』

 と全員の声がハモる。

 途端、壁という壁にその声が反響しごわんごわんと何重奏にもわたる音楽を奏でる。

 猫は、飛び上がり数十メートル、逃げた。


 追う三人。何しろ狭いので俊敏に動けない。

「く……見失うか」

 焦るヒロユキ。

 ヒロは耳を澄ませた。

 猫の足音がだんだん小さくなっていく。

 何か手はないものか。

「……まってください」

 ひゅう……ごぉ。

 相変わらず反響がひどい。

 しかしその反響の奥で何かがとどまっているようにヒロには感じられた。

 風か、はたまた……。

「……あ、そうか鳴き声」

 ヒロユキが振り返る。

「ん?」

「音が……ものすごく『残って』るんです」

 手のひらを耳に当てて静かにつぶやくヒロにヒロユキが問う。

「残って……?」

「はい。音が消えずにずっと残響してるんです。この空間。それに普通と違う音」

 ヒロは手で拳を作ってごく小さく壁をたたき、耳を当てた。

「やっぱり。ここ、回線の端ですね。回線装置、かな。音が違う」

 怪訝な顔をするコリンダーに振り返ってヒロが言う。

「猫ってすごく音に敏感なんです」

「ああ……確かに、そうですね」

「人間にとってただのうるさい耳鳴りでも、猫にはとてつもない化け物の声です。しかも自分の周波数混じりの」

 言って壁をこんこんと叩く。自分の紡ぐ言葉と壁の反響音等といった自然ノイズ、そして伝送路に常に流れる人工ノイズが混じり合って、まるで不思議な協奏曲を奏でているように、ヒロには聞こえる。

「そうすると、方向が分からなくなってる可能性が……?」

 コリンダーのつぶやきに頷くヒロ。

「はい。音を頼りに逃げてるのに、羅針盤を失ったように混乱してる可能性が……」

 なるほど……とヒロユキが腕を組む。

「あの、ヒロユキさん。猫の飼い主さんの声、持ってます?」

 ヒロユキが目を細める。

「声、か。うん、あるよ。録音データなら」

 コリンダーが素早く再生機をたたき、「再生できます」と言う。

「あ、音量を最小にして、っと。更に、これで」

 言いながらヒロは録音機の再生部分を布で覆う。

「多分これくらいで十分です。届くはず」

『るぅちゃん~おいで~』

 柔らかい声が流れる。

 しばらくの後。

 遠くから、ちゃ、ちゃ、と軽い音が聞こえる。

 猫の爪の音だ。

 ためらうような足音は少しずつ近づいてきて、見える位置で止まった。

「おいで」とささやくように言ってヒロが手を伸ばした。

 猫はしばらく値踏みするようにこちらを見ていたが、やがて小さな爪音を立てて駆け出し、迷いなく飛び込んだ。

 

 手を伸ばすヒロの腕ではなく。

 コリンダーの胸に。


「え」

 コリンダーが戸惑いながらも猫を抱き寄せる。

「……こいつ、オスじゃね?」

 ヒロユキが呆れたように言う。

 猫は満足そうに、喉を鳴らしている。

 

 その様がまるで、寄る辺無き電脳空間で、安心する胸を見つけた喜び。

 ――あのときの僕と、同じだね。

 ヒロは、知らず、満足そうに微笑んだ。

 

 * * *

「いや、まじで助かった。サンキュ。お前めっちゃ耳いいんだな。回線人の特徴かなぁ」

 検索機で「回線人」を検索をし始めるヒロユキに、ヒロは苦笑いしながら答えた。

 「自分でもびっくりです。人工ノイズが音に聞こえるのが僕だけだなんて、気づかなかった。

 それにしても……疲れた。電脳ハンター、楽じゃないです……」

 はは、と笑ってヒロユキがコリンダーに目を向けて、音声データを流す。

 

 それは、飼い主の喜びのお礼メッセージだった。

「ほんとにっ。るぅちゃんが怪我無く帰ってきて……ありがとう……ぐす。もうだめかと」

 そんなメッセージを流されて、ヒロもつられて涙ぐみそうになってしまった。

 四六時中、人工音を聞いて伝送路を彷徨っていたヒロには、人間の安心したような声は、何よりも柔らかくて心に響く。

「喜びのおすそ分け、な。まあ『電脳空間の何でも屋』も、悪いばかりじゃないだろ」とヒロユキが笑う。

 伝送路の終端まで送り届けにきたヒロユキと、コリンダーの後ろ姿を見ながらヒロは思い出す。


 どうやら自分は耳が異常に良いとのことだった。

 それも、ノイズ把握が異常に強い。自然ノイズならまだしも、それとは違う、人工ノイズ――電子音や電磁波にめっぽう強いと。

 回線で生まれ、エンダーに紛れて暮らしていた名残だろうと研究員は言っていた。

 能力があるのは始めは嬉しかった。小説の主人公みたいで。

 けど、現実は残酷だ。

 せいぜいテレビの消し忘れを検知するくらいの能力で何をするというのだろう。

 けれど。

「自分にも、何かできるかもしれない」

 帰り際、ヒロユキがくれたお古の通信機を握りしめる。

「気が向いたら、かけてこいよ」と笑うヒロユキに、胸がいっぱいになって何も返せなかった。

 いつか、僕もそんなふうに。

 ちょっとだけ笑う。

「……あと、普通に、超絶綺麗な相棒と仕事したいなー」

 思わず本音も漏れる14歳。

 

 ヒロはまだ知らない。

 超絶美人だが倫理観に問題ありで実利至上主義の、金融回線959番担当AI、『孤独のサイラス』とバディを組んで電脳ハンターとして戦うことになる自分の未来など。

 

 読者にとっても、これはまた、別のお話。

よろしければ評価、イイネボタン、感想などいただけるととても嬉しいです。感想は、1話読んだだけだったとしても、とても励みになります。



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