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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第3章 それぞれの絆

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第24話 砂嵐と流氷のはざまで

 誰にだって過去はあるし、終わってしまえばただの思い出、それでもヒロユキは自分の過去を思い出すと少し苦い気持ちになる。


「あなたの『やらなかった人生』って何なんですか」

 いつだったか、そうコリンダーに聞かれ、ヒロユキは言葉に詰まって口ごもった。


 聞かせたい話でもない。

 そう言って誤魔化したが、久々に思い出すのは今日があの日のような灰色の空だからか、はたまたコリンダーの顔がちらつくからか。

 

 勤務上がりの夕方の空を見ながらヒロユキはゆっくりと思い出していた。

 

 ヒロユキは山梨の小さな町の、料亭を営む家に生まれた。母親が料亭を切り盛りし、父親は町工場で働いていた。


 普通の家庭だと思っていた。


 時折、母の親戚と名乗る「おっちゃん」がやってくる。

 彼は月に一、二度、家にやってきてヒロユキに遠方のお土産のお菓子やら何やらくれる。

 そして電波の仕事をしてるらしく、世界の全ての音は波になっていてその辺りを平気で流れてる、とかなんかよくわからない話を、楽しそうにしてくれる。


 ヒロユキは親戚のおっちゃんの彼を、普通に好きだった。

 高校2年の時、父が亡くなった。心臓発作で、あっという間だった。

 その時初めて自分が父の子ではないことを知る。自分を大切に育ててくれた父。

 しかし実の父では無かった。そして父は時々くるおっちゃんだった。


 ただの興味本位で、こっそりと盗み見た戸籍謄本に載る、本当の父親の名前……おっちゃんと呼んでいた男の名前に、世界が端から崩れ落ちる様な衝撃を受けた。

 父はどんな気持で自分を大切にしてくれたのか。おっちゃんと名乗るあいつはどんな気持ちで何も知らない自分を、見ていたのか。

「おっちゃん」の笑顔が好きだった。楽しい話も、その時間も。ひっそりと、自分がそうされる価値があるから話してくれるのだと思っていた。

 

 でも違った。ただ、自分が息子だから。それだけ。血のつながった息子だから。

 ただそれだけ。

 ではあの色とりどりのお土産は?

 算数の宿題を見てくれて、「ヒロユキくんは本当に頭がいいなぁ」と言ってくれたあの時間は?

 

 全部「自分の子だから」か。

 その瞬間、思い出が急速に真っ黒く塗りつぶされていく。

 気持ちが悪くなって吐いた。

「ただのエゴじゃん……」


 その後、高熱を出して3日寝込んだ。

 

 今でも、お土産を含む、人から貰うもの全てを口にすることが出来ない。

 

 たった数か月後、追い打ちをかけるように母が死んだ。

 そして、一人になった彼をおっちゃんが引き取ると言い出した。

 

 彼はエンジニア界では大物で有名、金もたんまりあったようだ。

 どうしても嫌だった。

 

 金銭面での庇護者が必要なため、一旦、鍋島姓に入ったが、名前などどうでもよかった。

 そんなことより、さっさとここから逃げ出したい。

 改姓したと同時に、「大学に入った時の経験値のため」、と称して、NPO組織のボランティアとして中東の国、アル•アラブに向かった。あの男は真っ当なボランティア組織だと思っていたかもしれない。行き先もロクに見てないに違いない、全くもって好都合だった。ヒロユキが選んだのは、なるべくずさんな管理の組織だった。

 逃亡する気満々だったから。

 選んだ国も、できるだけ体制の混乱している、日本から遠い国を選んでいた。

 アル•アラブという、2年前に興ったばかりの中東の小国だった。隣国のアラブの王国から、独立したばかりの国だ。比較的情勢は安定しているが、政権は暫定政府、インフラは混乱が続き、市民の生活はなかなか安定しない。

 全くもって望ましい。

 現実から、日本から、父親から、逃亡する気満々だったヒロユキにとっては。

 そこで仕事まで得ることができたのは全くの僥倖であって。

 まず、かの国では18歳から就労が可能だった。

 次に、アルアラブは伝送路についてはまだまだ途上で、アナログ回線が多く残っていた。

 皮肉なことにおっちゃんから得たアナログ回線の知識がめちゃくちゃ役にたったのだ。

 最後に、アンリという現地のフランス系の友が出来たことだった。

 

 アンリは面白い男だった。

 出会った時のことは忘れられない。

 最初はアル・アラブへ向かう飛行機の中で隣の席になっただけの関係だった。

 その時にしゃべったのは「どこから?」「フランス、そっちは?」「日本」「フーン、日本ってアニメおもろいよな」「フランスは飯うまそう」ぐらいだった。

 しかし、ついた早々の税関で、彼ら2人は全く意図せず、拘留されてしまったのだ。

 そのころまだ言葉もつたなかったヒロユキは焦った。

 

 なぜ引っかかったのか分からない。このまま下手したら日本に戻されてしまうのではないか。

 険しい顔をした職員がまくし立ててくる。さすがに言葉も返せず固まっていた。

 だが、2時間も経ったころだったろうか。

 突然気づく。職員が自分のカバンをちら、ちら、と見ていることを。

 正確にはカバンの口が開いて覗いていた日本製スマートフォン最新型を。

 搭乗する前に買ったばかりの最新型だ。古いものと2台持ってきている。

 唐突に気付いた。

 そして気づいたことに向うも気づいたのか、ニヤニヤとヒロユキの顔をうかがいながら「is this latest model?」と笑う。

 

 「oh yes this is latest one. Japan model」

 そう言って笑うと、職員に見せる。

 職員は珍し気に眺めながら、またもやちら、とヒロユキの方を見る。

 その顔を見て「もしや?」とやっと気づいた。

「あー。This is Present. gift. So, this is yours. 」

 その一言でヒロユキはあっさり解放された。

 途中、隣の仕切りの奥で同じように死んだ目をして取り調べを受けていたアンリのそばを通るとき、彼にだけ聞こえる小声で「なんか高価なもん持ってたら渡したほうがいいぞ」と添えて通りすぎた。


 数時間後、出てきたアンリを見てヒロユキは飛び上がる。顔をひどくやられている。

「どしたんだよ。渡さなかったのか……?」

「嫌だってさ。俺のもちもんで高価なもんなんて……これぐらいだぜ?」

 バッとズボンを腰まで下げてパンツを見せてくる。

 ブランドものだった。

「ぶん殴られてたたき出された……」

 どこか滑稽な表情でしょんぼりするアンリに、ヒロユキは笑いが抑えきれず。ぷっと吹き出してしまった。

 

 それから2人は急速に仲良くなった。

 よく変圧室外の休憩スペースで設計図を見ながら雑談していた。

 そんなとき決まって、どこから来たのか現地スタッフたちがわらわらと集まってきて、ああでもないこうでもないとたちまち大討論会になるのだ。

 しかし、彼等には面白い特徴があった。

「いやそこは、AC/DC変換をかけないとスイッチングかこける」

「はあ、でも解析したら識別子トレーシング的には……」

「あ、その識別子仕様書古いよ、最新こっち」

「はあ!?聞いてないぞ!俺の4時間返せよぉぉ……」

 いつでも和気あいあいと議論が繰り広げられるが、

「んじゃ、装置んとこ行って確かめてみる?」

 

 と軽いノリでヒロユキが言うと、みんな「ああちょっと腰が痛くて」とか「またの機会に」とか言い始め誰も腰を上げない。

 そのせいでいつでもヒロユキとアンリが現地確認係だった。

「あいつら腰おもぉ」

「まあまあ。そのおかげで運動不足も解消できていい感じ」

 など軽口をたたきながらいつでもアンリと一緒だった。

 ここにいる間だけは、余計なことを考えなくて済むのがありがたかった。

 

 アンリは、「オレ流氷って見てみたいんだよねー。ほら、ここって砂嵐ばっかりで、海とか、ましてや流氷なんて一生見られないかもしれないじゃん。憧れるよなー」といつも言っていた。

 昔の彼女が冒険家だったと言っていて、流氷やオーロラの話を聞いて憧れていると。

 アンリと二人でどうでもいい話をしながら、仕事で仲間と設計図片手に熱く語って楽しく過ごす。すこし傷は癒えていた。


 * * *

 そんなある日、アンリが出勤してこないことを不思議に思いながら、朝食に乾いたパンをかじるヒロユキだったが、昼になっても来ないことに不思議に思い家を訪ねた。

 安いアパートメント、鍵を掛けない彼の部屋はがらんとしていた。

 隣の部屋の住人が出てきて言う。

「あ、そこの人?死んだよ。今朝警察来ていたよ」

 

 すぐには反応できなかった。

 死んだ?

 すぐに教えられた住所に向かうが、国境沿いの死体安置所だった。

 「おお、こいつの知り合いか。なんか安酒場の喧嘩に巻き込まれたみたいだなぁ。」

 

 案内する警察ものんびりと言う。

 外国人の死など日常茶飯事だ。彼らにとっては現地人と違って、すぐに「処理」できない面倒ごとという感覚でしかない。

 数か月滞在しただけでそんなことはよく理解していた。

 でも……。

「ご……ご両親に連絡は……。フランスにいるはずだ」

「ああ、なんか受け取り拒否だってさ。……まぁ、金もかかるしな……」

 目の前が暗く暗転していくような感覚に陥ってヒロユキはしゃがみこんだ。

 

 二日酔い明けのような体を引きずって外に出る。

 昨日の砂嵐の余韻を残す町の街灯が、ちかちかと不穏な揺れをしているのをずっと見ていた。

 

 生と死が交差する街だ。

 強い砂嵐が舞うとその日は外出は禁止。

 一夜明け通りにでると、死体が時々道に落ちている。日本では考えられない。身元不明の死体をトラックが事務的に回収して去っていく光景を見かける。

 

 「なあ、アンリの死体が残っただけでもめっけもんじゃねーのか」

 誰にともなくつぶやく。

 何か口にしないとやるせないような気がして、「なあ今日仕事休むか」とか「天気がいいから公園をぶらつく?」と声を出しながら歩く。

 まるで隣にアンリがいたときのように。


 会社に戻ると休暇届を出しに事務室に向かう。

「電脳流氷……ああ、前政府の違法回線の遺物、か」

 ヒロユキから休み届を受け取った同僚のエンジニアが眉を顰める。

 ヒロユキは無言で、アンリの部屋で見つけた紙きれを見せた。

 「死んだら流氷にくっつけて流して」という冗談めいた遺言を。

「あいつ……流氷、見てぇって言ってたな……冗談じゃねぇのか。なあヒロユキ、非合法すれすれだぞ。俺らじゃ一発アウトだ……」

「いいさ、俺一人でいくよ」

 「……まて!待ってくれよ!ここで待っててくれよ!」

 男は叫ぶと部屋を出ていった。

 小一時間ほども待ったろうか。

 男は小さな花束を持って帰ってきた。本一冊分よりも小さな花束。

「区画Bの8だ。いけよ、もうたんまり渡してあるから通してくれるはずさ。くそ……めちゃくちゃ金集めたのに、管理政府に金払ったらこれしか残らねーでやんの……。これ、一緒に、流してやってくれよ……」

 そういうやいなや、おいおいと大きな声を上げて泣き始めた。


 ああ、そうだな。

 ヒロユキも、止まっていた水流が流れ始めたように涙が頬を伝って止まらなかった。

 泣いて泣いて、涙が枯れるほど泣いたあと、扉を閉めてそっと向かった。


 電脳空間に白く輝く塊が流れていく。

 大抵は一定の大きさ、時折、色違いのくすんだ塊も流れていく。

 だが必ず一定方向に、測ったように空間の奥に流れていく。

 ぼんやりとその光景を見ながらヒロユキは考えた。

 どこまでも流れていく小さい塊たち。決して逆流しない。


 俺たちの人生と同じだね。


 これから長い旅をするアンリを見送るようにそっとその流れの中に紛れ込ませた。

 おーいアンリ。そっちでも楽しくやれよー。


 そんなことを思いながら、ヒロユキは自分の中でも1つの時代が終わったことを確信する。

 さて、日本に帰るか。

 アル・アラブに渡ってから6年たっていた。


 * * *

 

 日本に帰ったヒロユキはアナログ回線の保守バイトしながらAI研究所に出入りしていて、コリンダーに出会う。

 AI研究所でも、おっちゃん――彼の父親は有名人だった。

 伝送路の技術に対する功績も大きいので皆が彼を褒める。


 ヒロユキは嫌気がさしていた。

 そんなときコリンダーと、出会う。


 鍋島氏の息子さんですか。

 デスクをちらかしながら仕事していたヒロユキに声がかかる。

 冬の朝蛇口から出る冷たい水のような女の声だった。

 

 その方向を見もせずに、ヒロユキはムッとする。

 

 どうせこいつも親父褒めなのかな。


 しかしコリンダーは鍋島氏が嫌い、なんなら大嫌いだという。


 コリンダーの趣味は盆栽。鍋島氏は盆栽の世界に電脳仮想シミュレーションという制度を作り上げた有名人でもあり、せっかくの盆栽のワビサビの世界が彼のせいで狭まった、とコリンダーは怒り心頭。

「盆栽はゼロとイチの間のゆらぎを、美術に、落とし込む繊細な世界。電脳空間なんかで再現できる訳ないでしょう。」

 

「そうか。そうかよ。おまえおもしれーやつー。AIのくせにワビサビわかるの?」

「私、最新型ですので」

「……俺も。俺もあいつ嫌いだよ。気が合うね。」

「じゃあ、あったらぶん殴ってやりましょう。あ、暴力は禁止されてるので言葉の暴力(正論)でぶっ潰してやりましょう。」

 

 ヒロユキは面食らう。そうか、殴っても、いいのか。そうだな。

「おう。そうだな。いいな、それ。」

 ヒロユキは思う。もっとあいつをぶん殴ってやれば良かった。言葉でも、なんでもいい。もっと、お前なんか最低だ。もう顔見せるな、って自分の怒りをぶつけてやれば良かったな。こんどからそうしてやろ。


 ちょっと前向きになれたヒロユキだった。

 その1年後、なんだかんだヒロユキは頑張ってイチから伝送路を勉強し直して、コリンダーの相棒の座を手に入れた。

 クソ真面目で、何だか同類の匂いを感じる楽しい相棒のおかげで、砂嵐も流氷も、静かで美しい過去の1ページになった。



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