第23話 賢いエンダー
エンダーは意思を持たないと思われている。
人間と見れば見境なく襲ってくるからだ。
だが、ほんとうにそうだろうか。
今日も今日とて1日がエンダー討伐から始まろうとしていた。
「悪魔番号7928番〈〈イルミネーション〉〉だ。お、ラッキー番号」
なんの変哲もないエンダーだが、それを聞くやいなやコリンダーはすかさず画面をキャプチャーしている。
ラッキー番号とは、発見されている最新の番号のことだ。見つけると幸運が訪れるとかくだらない噂が散布されている。
ハンターにとっては朝の星占い程度のものだ。特に朝から未提出書類でヘンリーにグチグチ叱られたヒロユキには「何がラッキーだ。もっとほんとにラッキーなら早く来いだし……」とひねくれてみるのだが、なんだか駄々をこねているようでかっこ悪いのでやめた。
「それ、どうするんだ」
あきれ半分にコリンダーに聞いてみる。
――エンダーラッキー番号ショット一覧!企画に応募します。
「なにそれ……」
知らない間に何やら企画が開催されていることにびっくりするが触れないでおこう。
「こんちには」
お、喋った。と2人はびっくりする。
コリンダーが珍しそうに携帯スクリーンを覗いた。しかし、首を捻っている。
「発話型、との登録はないのですが……」
ヒロユキが、そんなコリンダーをみて安心させるためにひとつ頷くと、手を振った。
「まぁ、潰せばいいっしょ。コリンダー電磁波で潰せ」
コリンダーはひとつ頷くと電磁波を投げるが、なぜか効かない。
2人は首をかしげる。電磁波、電磁シールド、高周波、低周波、偏在波、すべて効かない。
なんだこれ、とヒロユキが不安そうに呟く。
今までにないパターンだった。
「司令部に照会しますか?」
コリンダーが通信画面を見ながら聞いてくる。
「どうしようかな。凶暴性は高くなさそうだから……ん?」
エンダーの側部を見てヒロユキの動きが止まる。
「Hallo?」
側部に、浮き出た文字が光っている。
文字情報が浮かぶエンダー自体は珍しくない。ただ、意味のある言語が出てくることはほとんどない。
ヒロユキは腕を組む。
「なんかこう……。不穏な感じ」
嫌な予感というものは、往々にして当たるものだ。
コリンダーに電磁シールドを命じてエンダーを覆う。
すると再度エンダーから「こんにちは」と通信要請がある。
と、ふと思い立って通信経路を開く。
人間用の経路である。
――こんにちは
と送信する。
すると変化があった。エンダーが「話してよいですか」と返してくる。
2人は顔を見合わせる。
これって……。
ざざっと脇に、エンダーの見えない位置に引いて2人でコソコソ喋る。
「あれ……だよな」
「わかります……」
そう、であれば。そろそろ通信タイムアウトか。
2人は息を潜めて奇妙なエンダーを見やるが、案の定、Halloの文字が点滅する。
「リセット、最初から、か」
どちらともなく呟く。
またもやエンダーが通信要請を送ってくる。
「こんにちは」
ヒロユキが「こんにちは」と打ち込む。
エンダーからはまたもや「話してよいですか」
迷わずヒロユキは打ち込む。
「いいよ」
たった三文字である。
しかしそれを受けてエンダーは即座に近づいてくる。
「コリンダー!」
そこにコリンダーが電磁シールドをかける。
『効いたっ!』
2人は同時に叫んだ。
「これは……3ウェイハンドシェイク……」
「だな」
顔を見合わせて笑う。
「対象A『こんにちは』対象B『こんにちは』対象A『接続しますよ』対象B『オッケー』で経路確立、通信開始ってね。おもしれー」
「あの、マスター。成立した回線が開きっぱなしになってます。切断しますか?」
「あっと。新種なら報告義務があるから……ログっと。オッケー取ったぜ。そのままつぶして」
「もう、3体います……!」
3体どころではない。通りの影からまとめて4、5体出てくる。
ヒロユキとコリンダーの『こんにちは』が、ぴったり重なる。
「気が合うね」
「はい、でも、二重通信で、失敗ですね」
ふふふ、とコリンダーが笑うとあはは、とヒロユキも応じる。
「各々ポインタで別々に照準して、被らないようにするか」
「はい、マスター」
マスター、と発したコリンダーの声ががものすごく弾んでいるような気がしてヒロユキは彼女の横顔を二度見した。
「いいね」
自然とそんな言葉が出て、自分で恥ずかしくなってしまう。
考えてみれば、コリンダーは仕事中は絶対にマスターとしか呼ばないのに、最近は『マスター』の意味が込められた言葉は無かった。
たぶん、無かった。
全部で16体、すべて消し切ると、コリンダーは司令部への記録通信を開いて新種のエンダーの挙動について報告した。
「完了です。マスター、今日はもうきり上げて帰ってくるようにとのことです」
「ログ、見ますか?」
帰路につきながら、コリンダーがちらりとヒロユキを見て聞いた。
「んー……念のため」
表示された通信履歴は、どれも同じようなやり取りだった。
――こんにちは
――こんにちは
――話してよいですか
「全部これか」
「はい。ただ――」
コリンダーがわずかに間を置く。
「応答の間隔にばらつきがあります」
「ばらつき?」
「はい。まるで……意思があるような」
ヒロユキは小さく息を吐いた。
「……なにそれ怖いんだけど……」
「ですよねぇ」
先ほどと同じ乾いた笑いがでる。
「会話、しようとしてたりして……」
ヒロユキが唐突に言う。
あはは、とまた2人で笑う。
2人で笑えば恐怖も薄まる、とでもいうように、笑う。
「やはり、違うものですね」
コリンダーがポツリと言う。
「先日、令と、オンライン通話しました。」
「おお、まだ繋がってんの?」
「たまに。」
ふぅん、とゆっくりと髪をかきあげてヒロユキは気のなさそうな返事をする。
「でも、話してても、なんか色々……」
通じないんです。と寂しげに言う。
「何が?」
「よく、分からないですけど、色々。きっとこんな話ももう通じないでしょうね。」
3ウェイハンドシェイクなんて、ネットワーク通信の教科書の1ページ目なのに。そう言ってコリンダーは遠くの景色でも見るような目をする。
「あぁ。分かるよ。よく、分かるよ。俺たちの仕事はそんなんの連続だかんな」
現実空間への帰路が遠くに見えてくる。
ふと、ヒロユキが茶化したように笑う。
「まぁでも、俺は分かるよ」
相棒だもんな、と後半の言葉は飲み込んだ。相棒だからなのかな?といらぬ自問をしてしまったためだ。
ふいに空間が変わる。出口が近い。
「あ、そこ、段差あるよ」
ヒロユキは自然な仕草でコリンダーの手を取った。
AIは身体操作が苦手だ。
段差や坂道で転ぶことがある。
だからこの光景は日常茶飯時だ。
ふと、コリンダーは思う。
あの親子パケット、どうなったんだろう。
形になりかけた言葉に蓋をして、ヒロユキの隣をゆっくりと歩いた。
せめてあの通りの角を曲がるまで。
この手をつないだぬくもりを、1秒でも多く残したい、などと思ってしまった。




