第22話 ベラケレスの論理―正義の執行
ベラケレスはため息をついた。
「また侵入者か……」
いつもの定例業務、ログ確認にて、セキュリティホールと侵入経路が出来上がるのを確認したからだ。
もちろん、見つけた瞬間に焼きつぶした。
本音を言えば侵入を防ぐこと自体は大した労力でもない。
基幹ゲートウェイへの接続は基本的にすべて自分が握っているわけなので、検出次第ボタン1つでブロックするだけだ。
もう何年も操作していれば偽装を見抜くのなど訳ない。
しかし、増えすぎると報告書の作成量が膨大になる。
問題はここだ。
報告書の確認をするのは誰であろう、電脳ハンター統括に決まっている。
――マスターの仕事が増えるのは許せない。
政府専用回線4002番担当AI、ベラケレスの朝は早い。
始業2時間前にはオフィスから一番遠い通用門(ほぼ非常口)からするりと入り込み、駆け足でオフィスに向かう。
オフィス付近の通用門は使えない。
「6時30分にその通路で待てば会えるらしい」という情報が一部で過熱し、出待ちの女子でうるさくなったため遠くの通用門から守衛室を通らせてもらってオフィスまですり抜けるのだ。
オフィスにはまだエイコがいない。
だから寄る理由は1つだけだ。コートを掛けるため。
アクアスキュータムのコートを袖から脱いで軽くブラシをかけ丁寧にハンガーにかける。
そこまでは丁寧だが、衣服を掛けた途端、急ぎ足でサーバ室まで一直線に抜けていく。
ふと思い立って自分のサーバルームではなく、隣の監視室の扉を開ける。
自分のすっきりとしたブースとは対照的な、物の多い室内。
全体的にピンク要素が多い。テーマパークのお土産缶やちょっとしたお菓子、ピンクのポシェットにはメイク用品がぎっちぎちに詰め込まれている。
大型モニタの前に一人の女性が腕を組んで座っている。
そっと後ろに回るベラケレスに振り向きもせず女性が言う。
「8秒05から08のどこか。新種のエンダーのキャプチャ」
ベラケレスは苦笑いし、再生ボタンを逆再生してから答える。
「8秒092」
「サンキュ。詰まってたんだ助かった。エチオピア豆取っていっていいよ」
1回手伝ったら1つ奢り。
それが二人のルールだ。
豆を取り出した後少し退出を躊躇するベラケレスに、目ざとく女性が言う。
「どした。浮かない顔だね。また女の子に追っかけられたか……いやエイコがらみだねその顔は」
「……かなわない。サオリには」
* * *
吉高サオリ。AI研究所の最古参メンバーの一人、監視カメラ確認担当を25年している大ベテランだ。
コーヒーを入れて談話スペースに移る。
ネットワークの侵入者が去年より倍増しているだとか、監視カメラ担当に新人が入ってきたがやる気がなくて困るだとか、どうでもいいことを10分ほども話して、同時に一息ついた。
「ねえ、ベラちゃん。ゆっくり行きなね。いつまでもここで話聞いてるから。私の話も聞いてね」
サオリはエイコともすこぶる仲が良いが「取り持とうか」とか「伝える?」などとは一言も言わない。
ときには「典型的なダメンズウォーカー」であるサオリの失敗談や愚痴を聞いて2人で笑う。ときにはエイコの有能自慢を聞いてもらってにっこりする。
ベラケレスにとってはそれが大変に心地よい。
少しだけのガス抜き。
けれど、もうそれだけで済むのだろうか。
「ベラちゃん。AIの女の子紹介しようか」
これも世話好きのサオリのずっと変わらない口癖だ。
「そのうち」
ベラケレスが苦笑いでそれを締めるのも。
いつものやりとりをしている間にいつもの平常に戻れる。
ふと、気になって周りを見る。
配線周りにサオリの趣味でない地味な茶色のカバンが紛れ込んでいる。
「そういえば、サオリ、疲れてない?睡眠はちゃんととるようにしてください」
「あ、ああ……。最近新人ちゃんのやらかしが多くてさぁ。ベテランおばちゃんも楽じゃないわ」
「倒れないで。サオリが倒れると監視カメラの分析業務がこっちに振ってきそうだ」
「そっちこそだわ。もうハンター業務はできないお年頃だからね」
ベテラン2人の会話は軽やかに笑いを残して幕引きした。
デスクにはパソコンは無い。
AIの業務にパソコンは不要だ。人間と共同作業の際は必要だが。
接続端末を開けてインターフェースにつながると業務開始だ。
メッセンジャー通知が1件。
開いて見る。しばらく読み込んでいたベラケレスの顔が曇る。
しばらくの沈黙ののち、通信をAI研究所所長と電脳ハンター統括に向けて設定した。
すなわちヘンリーとエイコへと。
「うーん」
2人揃って難しい声をだす。画面にはメール文面が開かれている。
「この……匿名の通報が先日のヒロユキの対峙した出自不明のAIの侵入経路であってんのかしら」
「それは間違いないと思います、マスター。経路ログの改ざんはほぼ不可能のため」
「ふん、逆探知かけたがヨーロッパ、アメリカ、ロシアとずいぶん回り道してんな」
「最近の潮流ですね。中国を経由してないのが逆に怪しいんですよ」
「やっぱり中国企業……アンフェルミアか……」
エイコが怪訝な顔をする。
「あ、そう言えばマスターにまだ話してません」
「なんだなんだ~。内緒話?」
その不満そうなエイコの顔を見ながらベラケレスがため息を作る。
「確証が欲しかったのです。今年の4月ころから、妙にネットワーク侵入が多い。世界中の侵入経路を調べたら、当たりでしたよ。中国のネットワーク企業・アンフェルミアの侵入です」
そのうち、半分くらいは成功しているのを見て、さすがにベラケレスもすこし肝を冷やした。通常、ネットワーク侵入は2割も成功しない。それが、半分近く侵入成功している。恐るべき技術力に、ひとまず防御ルートを八万通り増やしておいたが、うかうか出来ない。
「ん?ちょっとまて、この告発匿名メール、CCの同報先があるな。ヨハン・エイブラハム・バッハ……」
ヘンリーが画面の向こうで訝しげな声を出す。
「おお、思い出したわ。アメリカのネットワーク研究所の重鎮じゃね。知り合いだわ。こいつんとこにも来たのか、このメールが」
ベラケレスとエイコは目をむく。
「つないでみる?」
ヘンリーが気軽に画面操作を行うと、主要パネルが一瞬ブラックアウトするがすぐに呼び出し画面になる。
「最近呼び出し中ノイズも多いよねぇ。ネットワーク不良率も多いし」
エイコがしみじみとつぶやくが接続確立しているベラケレス以外は誰も拾っていない。
ほどなくしてテレビ電話がつながる。
「とてつもなくひさしぶりだ。ヘンリー10年ぶりか。おどろいたな。まだ日本なのか?」
「ハロー、ヨハン。姉ちゃんの許可が下りねぇ……ってか、こっちで所長にまでなっちったぜ」
画面に現れたのは50代の高級スーツと銀縁の眼鏡を光らせた男だった。
どこかの民間企業のトップのような高級な服装だが、研究員らしく理知的な瞳と皮肉にゆがめられた口元が俗っぽさを覆している。
ヘンリーは手早く事情を説明すると、ヨハンは鷹揚に頷いてみせた。
「ああ、覚えがあるぞ。結論から言おう。そのメールに記載されていることは本当だった。こちらのAIに、侵入経路ログを送らせよう」
ほどなくして通知バーに一件の未読メッセージ。
それを開封するなり読み込み分析を完了させるとベラケレスはにやりと笑った。
「こちらの調査結果――侵入経路とほぼ同様ですね。解析は終えています。すべてつぶしますか?」
ヘンリーは躊躇なく頷く。
すべての侵入経路に蓋閉じパッチを当てていくベラケレス。
1分もせずにすべての作業が終わった。
「さて、関連ログも全て削除しますか?」
その言葉に反応したヨハンが答える。
「それは――消さ――(ザザー)―失礼。ノイズが入ったようだな。すべて消した方がいい」
さっきからノイズが多いな、とヘンリーがつぶやく。アメリカとの距離の問題か、「ネットワーク品質低下」の文字が、断続的に狭い画面を覆うように伸びている。
「さて、バッハ。ありがとう。助かった。ところで……」
ヘンリーが雑談をしかけようかと思い口を開くと、その瞬間またもや「ネットワーク品質低下」の文字が画面に走る。
「悪い。ヘンリー。今忙しくてな。君も知っているだろう、ネットワーク海底埋没工事の件でちょっとな。またゆっくり話でもしたものだが、当分は難しい。では、駆け足で済まないが、またな」
バッハの通信画面はそれっきりブラックアウトした。
「やけに慌ててんな。あんなやつだったかな。……まぁ、やっこさんも忙しい身だ。あとはこっちで。ベラケレス、ログを入念に、確認。最後に残らず消しておいてくれ」
承知、と答えるベラケレスの応答を最後に、通信は切れた。
アメリカのバッハが「ありがとう」を最後に性急に通信を切られたことに首をかしげ、またやたらとノイズの多い通信にも違和感を覚えたが、しっかりと伝えられたことを感じて安堵していたことを彼等は気づいていない。
バッハは「ログは絶対消すな。それは侵入の証拠だ。」ときちんと伝えられたことに安堵していたことなど、彼らはしらない。
* * *
同時刻、監視カメラ担当サオリの監視室では、サオリが眉をひそめて新人の後ろ姿を見ていた。
「ちょっと……!そこは触らないで……!それはアップロードボタンよ!」
サオリはいい加減イラついた調子で新人を叱る。
気の長いことでは定評があるサオリだが、この新人ときたら、本当に信じられないくらいミスばかりなのだ。
今も監視用のダウンロードボタンでなく真逆のアップロードボタンを触っている。
なんでも触りたがる割にはおどおどとした態度で「ごめんなさい」しか言わず、メモも取らなければ改善の兆しもない。
だが、その日は違った。
「あっ。ごめんなさいー」
なんだか軽い声が返ってきてサオリは拍子抜けする。
新人、関口祥、と言ったか、彼はすっと画面から手を離すと地味な茶色いカバンを軽く肩にかけて、肩をすくめて言った。
「もう、やめまーすこの仕事。先輩、怖いし、俺この仕事あんまり向いてないみたぁい」
あまりの唐突な豹変にサオリは、は?と間抜けな声を漏らした。
「もう退職届も出してますんで。それじゃ、今日は有給にしますね。お先に失礼しまーす」
何が何だか分からないサオリには目もくれず、彼は扉をぎりぎりに開けて体を滑り込ませる。
部屋から去っていく彼の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
しっかりと目にした、「関連ログ、削除完了」の画面の文字を見ていたため、鼻歌でも歌い出しそうな様子だった。
「滑り込ませた分まで掃除してくれて、助かったよ。表の回線の番人さん。伝送路の番人も、物理的に面接を通って採用されてきた人間には手も足も出ないって……最高の皮肉かよ」
彼の雇い主の冷徹なAIにそっくりのほほえみだった。




