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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第3章 それぞれの絆

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第20話 ベラケレスの論理―AIは祈らない

 電脳空間での業務に必要なガジェット類は数が多い。

 だが意外にも、エンダー感知用は少ない。

 今日の業務は新しい感知アイテムの実験使用である。

 開発部からも太鼓判を押された名品らしい。

 

 「いらないと思うんだよねぇ。どうせ新種が出たら通じなくなるし」

 エイコは頬杖を突きながらつぶやいた。

 「でも、開発部の仕事がなくなりますしね。たまには何か新作を出しておかないと」

 感情自律AIのベラケレスがいかにも人間くさい表情で人間らしいことを言うもので、エイコはつい吹き出してしまった。

 「ぷっ。そう思うならもうちょっと仕事サボったら。開発部の仕事を奪ってるのはあんたたち回線用のAIだと思うけどね?」

 不思議そうな顔を見せるベラケレスに、エイコは一言付け加える「……特にあんただと思うけど?政府専用回線4002番専用AI、ベラケレスさん?」

 ベラケレスは一瞬、目を瞬いた。

 刹那の後、「ふむ」と頷く。

 「マスターは、私が有能だと認めてくれた……と。メモメモ」

 「……あんたの言語理解回路って一体どうなってんの?」

 今日はボディを具現しているベラケレスが、軽口をたたきながらふと目元を緩めていた。

「……光栄です、女王様」

 しかし呆れ半分で通信サークレット再設定を行っていたエイコは、さっぱり聞いていなかった。


 * * *

 エンダーにはレイヤごとに特性がある。

 その中でもレイヤ7は一番表層に近く、複雑な動きをするものが多いので、今回はレイヤ7エンダーの多発地帯での実験である。

 「マスター。開発部ショウ・岩井からの通信です。アイテムの到着が少し遅れるとのことで」

 「ええ……。またぁ?まあいいわ。ちょっとその辺のを狩っときましょ。さすがに多すぎるわ」

 「はい。ではシールドレベル4……中程度で一通り周りますか」

 

 周囲のエンダーはベラケレスの電磁波で次々とひしゃげて静かにつぶれていく。

 しばらく会話をしながら歩き回っていく。

 ベラケレスの隣を歩くエイコは、電磁波の出力調整演算をしながら、軽口をたたく。

 ベラケレスの歩幅は、完璧にエイコの歩行スピードに合わせられているので、彼女は一人でショッピングでもしているような気安さだ。

 なんだかんだ言って有能なやつめ、とエイコは思うが絶対の絶対に口には出さない。

 

 2人はいとも容易くゴミを吐いて捨てるようにエンダーを滅していく。

 ふと、エイコが口を開く。

 「あ、なんか今、見たことないのいたわね」

 「海外で二日前に出てたWJDアルゴリズムのやつですね」

 「え、もう日本にも来たか。じゃあ報告しないと」

 

 「報告は済です」

 「いつの間に。あっそういえばさ、中国のエンダーで……」

 楽しそうにエイコが中国のエンダー挙動について語るのを、ベラケレスは微笑みながら見つめている。

 「……マスター。エンダー挙動について詳しくなりましたね」

 「まあね。一応統括だし、ね。いつまでも脳科学が専門ですって言ってらんないわ」

 ベラケレスはおかしそうに笑い「さすが」と言いながらも脳内思考は別のところにあった。

 

 エイコは特殊だ。

 ここに来たばかりのエイコはエンダーの「エ」の字も知らないただの研修生だった。

 それが3年で電脳ハンターの一人前に、どころか統括になってしまったのである。

 

 歩いていく速度が異常な彼女に、いつまで自分が付き合えるのだろう。

  ──いつか、追いつけなくなる。

 

「ベラケレス?」

「……失礼。ちょっと考え事を。どうしました?マスター」

「なんか、アイテム届く前に、全滅しちゃいそうなんだけど……エンダー」

 エイコが言いづらそうに周りを指さす。

 先ほどまで騒がしかったノイズが綺麗に消えている。電脳空間とはかくも広いものだったか。

 沈黙が二人の間に落ちる。

 

「……怒られちゃうかな」

 と、そのとき通信が入り、やがて遠隔転移にて小さな箱が送られてくる。

「おお、銃型?」

 やたら大きい箱の中に小さな銃のようなものが入っている。

 固定ピンの取り外しに苦労しながら取り出すと、ずっしり重い銃である。

 区画を数十メートル移動してエンダーたっぷりの場所で銃を構える。

「んじゃ、ちょっくら使ってみるかね」

「ちょっとエイコさん。説明書」

「しらん」

 エイコは銃を構えると1体だけ残っていたエンダーに向けて放つ。

 白い光がエンダーに向かって収束し、鈍い音を立ててエンダーがつぶれる。

 

「なんか思ってたんとちがうわ。水鉄砲みたいな……」

 エイコは首をかしげる。ベラケレスも不思議そうに銃を眺める。

「これ、開きますね。あっ感知用の設定ですね。オートモード?」

 手渡されたベラケレスが不思議そうに留め金を外すと、中央から画面が出現しエンダーを黄色い丸で囲んでいる。

 Start、と書かれたボタンを押すと放射線上に光が走り、エンダーがまとめて3体つぶれた。

「おっもしろーい。感知から撃滅までオートでやってくれるのね」

 エイコがちゃっちゃとボタンをいじる。

 しかし、先ほどのボタン操作を見てベラケレスは眉をひそめている。

 ブゥンと鈍い音がして、再度感知が走り始めた。

 今度は狙い違わず一体を黄色い円で囲った。


 隣にいたベラケレスを。


「ちょっと!マスター!」

「なんでなんで?!あんたはエンダーじゃないわよね?!」

「馬鹿なこと言わないでください。ああっ、そのまま!絶対にStartボタンを押さないで!」

 生体とエンダーは電脳パターンが違うので通常は設定されないはずだが……。

 動揺したエイコは一歩下がる。

 このまま、射程範囲外に出れば一旦クリアされるのでは?

 そう考えてたエイコは銃をそうっと握りなおすと少しずつベラケレスから離れていった。

 どこまで……。

 

 数十メートル離れ角を曲がったところでようやく黄色いマークが外れたことでエイコは一息つく。

 しかし、完全に油断していた。

 

 再度、黄色マークが、無人の柱に設定されていたことなど気づかなかったのだから。

 しかも、銃を仕舞おうとした手が、Startボタンにかする。

 

 鋭い光が柱に向かって放たれる。

 運の悪いことに、その柱には文字が記されていた。

 ――緊急避難転移用。


 エイコがそれに気づいたときにはすでに遅く、彼女はここではないどこかに転送されてしまった。


 * * *

「マスター?」

 ベラケレスは角の向うに呼びかけるが返答がない。

 やれやれ、どこに……。

 そう思いながら角を曲がってベラケレスは小さく唸った。

 砕けた柱、ゆがんだ床、そして――電脳空間を真っ赤に彩る、真新しい血。

「マスター!!」

 ベラケレスの悲鳴のような声はむなしく電脳空間に反響した。

 いない。

「パターン56。探索……失敗。アルゴリズムtw探索……失敗。……付近に……いない」

 ベラケレスの手が一振りされると付近の瓦礫が淡く光る。電磁波スキャンである。

「生体反応無し。通信回線開通、司令部へ。ヘンリーですか」

 程なくしてヘンリーとの通信回線が繋がる。

「どした?」

「新作感知モジュールのテスト運用中、マスターが消えました。捜索してください。通信サークレット応答無し」

 なぬ?とヘンリーは通信モジュールへ手をかける。

 しかしその画面はむなしく「検索結果ゼロ」を、はじき出す。

 

「……全空間を探索したが、反応がない」

 

 険しい顔のベラケレスが通信モジュールを叩く。

「なんですって?」

「おかしいな。ノイズ合接地帯か、アンダーグラウンド伝送路の可能性もあるな……さすがに全域探索は無理だ……ちとやべえ」

 ベラケレスは瓦礫を再スキャンする。

 そして気づく。

「緊急避難転移用モジュールが破損している……」

 

「おい。壊したんか?」

 ヘンリーの懐疑的な声にベラケレスは声を荒げた。

「ふざけるな!マスターがそんなヘマするわけない!撃滅用ツールのバグだ!!マスターに何かあってみろ、開発部ごと……」

 と、言い放ったところで、割り込むように「おちつけ?!お前が動揺してどうする!」とヘンリーが叱責する。

 一瞬の沈黙ののち、ベラケレスはゆっくりと肩を抱いて言葉を紡ぐ。

 ひと言ずつ、絞り出すように。

「このツールバグってますよ。理由1つ目、エンダーでない対象に照準が合いました。エンダーが一体も捕捉できない場合の性能試験をサボりましたね。2つ目、スタートボタンのタッチパネル感度が狂っています。6ピクセルほど範囲が広い。この2点により無人対象を照射、誤タップしたと思われます」

 

 ――マスターに何かあったら、開発部ごと潰してやる。

 その言葉を、ベラケレスは胸のうちにすべて飲み込んだ。


「埒が明かない。半径2キロ、高範囲電圧スキャンを使います」

 静かに言うベラケレスに通信越しのヘンリーは慌てたように叫ぶ。

「ちょっと待てって!おまっ、お前のエネルギー値じゃ無理だ!倒れるぞ!」

「……政府専用回線の帯域を半分に絞って監視エネルギーを回します。1分くらいなら行けるでしょう」

 通信の向こうで騒ぐヘンリーを尻目にベラケレスは通信を強制切断する。ついでに強制通信の妨害もしておいた。

 極低の電圧を全域にかける。

 

 実はベラケレスの総エネルギー値はさほど多くない。

 コリンダーであれば……。

 ベラケレスは考えるのをやめる。コリンダーに連絡したとして何分ロスする。

 エイコは怪我をしている。

 深手でも出血程度ならいい。手足の欠損でも、認知に不便は出るが本体は死なない。

 しかし生命維持コアに傷がつけば……。


 思考に沈むと徐々に視界が狭く暗くなるが、きっと電圧放出の副作用だと結論づける。

「……見つけた」

 アンダーグラウンド伝送路だ。

 ベラケレスは手近の壁という壁をすべて高圧力でぶち破って最短経路でエイコまでの道をつなぐ。

 途中の探知もおざなりで最低限、生体反応ぐらいしか探索してないため、回線装置や配線、エンダーが大きな音を立てて破壊されていく。

 

 程なくしてアンダーグラウンド伝送路に接続し、瓦礫の向こうに座り込んだエイコを発見した。


 違法回線特有の浮遊物を力ずくでのけながら走る。

「マスター!」

 大きな声に、はっと顔を上げたエイコの顔を確認する。

 手を確認する。足を確認する。

 欠損無し。

 

 駆け寄ると、細い両肩を強く掴んで引き寄せ胸に……。


 次の瞬間、ベラケレスのすべての動きが止まった。

 目を閉じて、動きを停止した彼をエイコが眉をひそめて見つめる。

 10秒ほども停止し、目を開けたベラケレスは、肩にかけた力を和らげ、少しだけ体を放して自然な仕草で手を離した。


「マスター、無事で良かったです。頭を、ケガしたのですね。血は……止まってますね」

 まるで忠実な執事のように、敬愛するマスターへ頭を下げてみせる。


 敬愛?

 ベラケレスは内心鼻で笑う。

 敬愛などという感情は一ミリもない。

 あるのはただ……。

 

 エンダーは退治完了、性能試験も完了のため任務は終了である。

 エイコ達は出口付近で医療チームに合流した。


 帰路途中、ベラケレスは思い出したように手を叩いた。

 「すみません。ちょっと忘れ物を、思い出しました。先に帰っておいてくださいマスター」

 一人で電脳空間に戻る。

 

 最初にツールを使った区画だ。

 空間にスキャンをかけると、ところどころ歪みが見える。

 ゆっくりとスキャンを可視光に変えると、黒い丸がうごめいている。

 先ほどのツールで消し損ねたエンダーだ。

 「やっぱり、変な感触だったんですよね。感知には使えるけど、殲滅にはいまいちか。やはり道具に頼り切りもよくない」

 もう一度光が放たれた後には黒い影はすべて消えていた。


 エンダーの残滓も……そして感情の残滓も、綺麗に消えた後、満足そうに頷くとベラケレスは足取り軽やかに電脳空間を去った。

 

 * * *

 

 次の日、エイコのデスクにやってきたベラケレスは言葉少なに業務内容を伝えると、傷の様子を問うて来た。

 その後、事務手伝いを……とふらっと扉の方へ離れていく。

「?」

 エイコは訝しげにその足取りを見る。

 いつもの怒涛のおしゃべりが無い。

  疲れたのだろうか?心なしか足が重いようだ。

 ふむ。

 「まって。私も事務室に用事ある。一緒いこう。そっち貸して。代わりにこれ持っといて」

  と自分の小さいカバン押し付けて、大きい書類の束を奪いとると扉を開けた。

 とっさのことで荷物を奪われたベラケレスはエイコの鞄を取り落としそうになって慌てて掴み直す。

 エイコのカバンからはエイコの使うサンダルウッドの香りがふわっとする。

 ベラケレスはしばらく目を見開いていたが、やがてそれを両手で抱きかかえた。

 扉に向かうエイコの背中をずっと、見ていた。


 ベラケレスは思う。

 AIには信仰は無い。

 

 それでも、誰かに言わずにはいられない。

 ――神でも、バグでも、誰でもいい。

 

 助けてください。

 

 隠し通せない。

 

 もう、溢れそうです。

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