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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第2章 揺らぐ日常

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第19話 ハンター試験

 世間でよく理解されている通り、どんな仕事にも採用試験は存在する。

 今日は電脳ハンター採用試験についてのあれこれである。

 「めんどくさい……採用なんてハンターの仕事じゃないだろ」

 ヒロユキの悲しげな声が響き渡る。

「観念しろ。去年アリスに代わってもらったろ」

「私も手伝ったげるから」

 慰めるヘンリーとエイコを、ひょっこり現れたベラケレスが横からぶった切る。

「いやヘンリーとマスターは無理です。仕事が溜まりまくってます」


 そのままベラケレスに引きずられていく2人を見送って、ヒロユキは冷や汗が背中を垂れるのを感じる。


「あかん、手助け呼ぼう」

 コリンダーのいるデスクに向かうが、彼女はいない。

 隣の席の青年がにこやかに話しかけてくる。

「あれ、コリンダー?今日出張でしたよー。あれあれ……なんだっけ。冬の交通安全教室」

 人気絶頂の回線監視AIたちは雑用が多い。イメージキャラクターというやつだ。


 * * *

「さて。鍋島ヒロユキさん、ですね。本年度の採用担当の尾美さやかです」

 人事の尾美がにこやかに握手を求めてくる。

 採用デスクには書類が散らかっており、いくつかは机からはみ出してぐしゃぐしゃになって埃を被っている。

「す……すげー紙の山ですね」

「ええ、採用部は人間を判断する場所ですから、アナログ感がのこってますね。協力してくれてるAIの皆さんにも、なるべく紙での提出を求めています」

 尾美の言葉が突飛に聞こえてヒロユキは首を傾げた。

「協力してくれてるAI?」

 

 尾美は素早く書類を選び出すと、音の出そうな手さばきでパラパラとめくり始めた。

「その様子ですと、おそらく……鍋島さんは採用のあれこれをご存じない?」

 ヒロユキは、「すんません」と苦笑いを浮かべる。

「えっと、あ、鍋島さんは2049年入社ですか。えっ1年も経ってないじゃーん。誰ー?三年目以上よこせって言ったのにー」

「あーなんかですね。僕中途なんで、社会人経験は7年目だし、いんじゃねって所長がですね……」

「えっ7年?18から働いてるの?ま、まぁいいか。そしたらすこし採用について説明しましょう」

 

「試験は3日かけて実施されます」

 ふむふむとヒロユキは聞く。 

「まず、一次は性格検査です。AIの出す不可解な質問に延々と2時間くらい答えるやつですね。えっやった記憶ない?あれ、ヒロユキさん1次も最終も免除になってますね。なんでだろ。まあいっか。次に2次が論理的思考力判定のプログラミング言語テスト」

 そして。

「最終です。実はここが本番」

「最終……」

 そう、最終。そういって笑う尾美は意味深な言葉を吐いた。

  

 * * *

 業務後の休憩室で、その謎は解けた。

 ヘンリーは無煙タバコをくるくると手の中で転がしながらこともなげに答える。

「あっ、それはあれだ。3次は、AIとのお見合い」

 ヒロユキは、ぶっ、と飲みかけていたコーヒーを吐き出して胸を叩く。

「お前、特殊枠だから受けてないんだもんなぁ。俺も忘れてたわ……もっとも採用補助に向かないやつやん」

 そんな事言われても……とヒロユキがブツブツ言う。思い出せる限り思い出してみるが、採用試験のときのことはあまり記憶に無い。

「おれは何か……配線しろとか構築しろとかそういうのばっかり半日くらいやらされたっす」

 

「うんー中途扱いだったから実技重視な。実際んとこ、2、3年くらい前からなんだけど、ネットワーク知識持ってるやつが不足しててさ……とそんなことどうでもいっか。3次はな、あれ、一言でいうと、AIとのお見合い」

 不可思議な再度、言葉が飛び出してきてさすがにヒロユキも聞き流せない。


「まじなんすかそれ……。AIって、そんな権限あんの?」

 隣にいたアリスが「知らないかヒロユキ先輩……」と呟く。

 ヘンリーは苦笑しながらアリスにまあまあと手を振る。

「ここ数年はずっとAIが最終面接なの。ってか、もはや人間は後で録画見るだけだから。結構おもろいよ。AIたち、まーじで個性派揃いだから」

 

 そんな試験が、とヒロユキが言葉を失っている。

 珍しい光景に興味深そうにアリスがヒロユキの脇をつつく。「ヒロユキ先輩にも知らないことあるんだねぇ」と感慨深そうに呟く。業務の事ならヒロユキに聞けば万事無問題、と普段から頼りまくり使いまくりのアリスにとっては新鮮な驚きだ。

「ふへぇ。俺は業務はいけるけど会社の仕組みとかはあんまり。アリスも受けたん?」


「はい。私も研究員からハンターに転籍するときに。面接官はアンバーではないですけどね。私のときはミーシャが担当だったな。優しかった」

「待って待って、じゃあ、最終判断は……AIがやるってわけ?」

 恐ろしくなってヒロユキが声をあげる。結構なディストピアじゃね?と。

「あくまで最終判断は人間。ただし、その手前、AIが嫌だって言えばその時点でそいつは終わり」

 うそ……と言葉を失うヒロユキだった。

 「知らなかったのか。AI達がNoっていえば、採用は天地がひっくり返ってもあり得ない。そのせいでベラケレスの時みたいな……伝説も生まれて……」

 

 アリスが「あっ……」と声を漏らす。

「?」

「知らんかった……?ベラケレスのやつがバディ候補者500人断り続けて、最終的に自分でみっけてきたエイコを無理くりゲットしたの」

 ぷっとアリスが吹き出す。

「らしいっちゃらしいですね。でもそのエイコさんが今や電脳ハンター伝説の統括様だから、案外AIに選ばせたほうが……?」


「ヤメレ。めっちゃ大変だったんだぞ。そもそもエイコが乗り気じゃなかったし……。だがまぁ、アリスんときはアンバーの花丸希望で平穏だった。結果も満点だった。そこは確かに揺るがない」

「へぇ。じゃあ……俺は俺は?」

 さりげなく挟んだつもりだったが、ちょっと声が震えてた。

「お前は……よくわからん。気づいたらコリンダーの承認印が押してあった」

 なにそれ……と少しだけ肩を落としたヒロユキだった。


 * * * 

「ん、おはよう、1番乗りな」

 受験者に番号札を渡すヒロユキが声をかける。

 まだ試験の1時間も前である。

 やってきた受験生は灰色のコートを来た男性だった。

 会場の手前でパイプ椅子に座ってちらちらとこちらを見ていたので、もしやと思い声をかけたら案の定受験生だった。

「早すぎて……すみません……あのもしかしてもしかして……ハンターの方……では……?」

「あ……ああ、そう……」

 

 言葉が終わるより前に、ぎゃーと耳をつんざくような悲鳴が響いて、ヒロユキは3歩後ろに下がった。

 耳が……死んだ……。

「本当にいるんだ!試験会場に1人はいるはずって言ってたけどほんとにー!?」

 電脳ハンターの非常なファンだと言ったその男はキャーキャーと甲高い声をあげてヒロユキの腕を握って振り回した。

 そのうちむせてゲホゲホと不穏な声をあげ始めたので、ヒロユキは慌てて未開封の水を渡す。

 男はお礼を言って室内に入るとにっこり笑って指定の席に着いた。

 ――さて、どうなることやら。

 試験は始まったばかりだ。

 


「ひぇ……死ぬほど疲れました……」

 学生用に設置された休憩室で、げっそりとした学生数人の中に例の男がいるのを見てヒロユキは軽く片手を上げた。

「よ、どだった?」

「しんどかったです……。『ここ最近もっとも楽しかったことはなんですか』とか『あなたが大切にしている信条を答えよ』とか……」

「おー……案外普通じゃん」

「いやいやいや……!そう思いますよね!?最初だけでした!なんか質問が、徐々に不穏になってきて……」

 隣の学生達も泣きそうな顔をして喚いている。

「『あなたはあなたを嫌っている人と一緒に仕事をできますか』とか『嘘をつかないと遂行できない任務がある場合どうしますか』とか……」


 あ!僕もそれでた!私もっ!などと盛り上がっている。

「おまけに、『思考時間が足りません。再考してください』とか『それは本当に適切な回答ですか?』とかって圧をかけてくるんです……」

 狭い休憩室はあっという間に阿鼻叫喚の嵐になる。

 

「そんな不穏なの……」

 首をひねるヒロユキに声をかけたものがいる。

「あの……鍋島さん。電脳ハンターって……やっぱりそんなに大変なお仕事ですか?」

「う、うーん」

 ヒロユキもあらためて考えると、答えに困る質問である。

 言うべきか言わざるべきか。

 下手なことを言ってやる気を削ぐのも良くないし、さりとて適当なことは言えない。

「……とりあえず、日本における電脳空間での作業者の死亡は20年近く、ゼロ。ハンターも例外じゃない。これはさすがに知ってるよな」

 けれど。

 

「その理由は?」

 その場の全員が首を振る。

 そう、それは公式にも情報の無い、謎の事実だ。

 けれど、研究員なら、ハンターならみんな知っている。

「それってあいつらのおかげだよ」

 扉の向こうで脚立作業をしている人物を指さす。

 今年のAI面接の担当は政府専用回線4002番担当サブAIの「エンジェル」か。

 彼らはエンジェルを見ても何が何やら分からないようで、怪訝そうにヒロユキの顔を見る。

 一気に視線が集中したことに照れくささを覚えながらも、ヒロユキはコホン、と咳払いをして続けた。

 

「感情自律AIだ」

「は……初めて見ました……」

 驚く面々に一寸の沈黙が落ちる。

「で……でもどういう……」

「彼らの深い知識、的確な判断力、選択肢の多さ、これがエンダーを狩る、みたいな瞬発力を要求される現場ではもんのすげー活きる。感情自律AIがメンテ入っちゃうとハンターの怪我頻度が20%あがるって報告もあるぐらい」

 受験生達が感心したように聞き入っている。

 

「すごい……。感情自律AI。日本生まれ、なんですよね」

「うん。はじめはただのお遊びだったって話は有名だよな。予測モデルの精度向上機能として、『予測が当たればポジティブ感情を、外れればネガティブ感情を抱く』というAIを作ったのが始まりだったって。それが今や人間と全く変わらない複雑怪奇な感情をもつ存在に進化したってわけ」

 ヒロユキは作業に、奮闘しているエンジェルを見つめて言う。

「でもな。知識、技術、感情自律AIの価値ってそんなもんじゃないんだよなぁ」

 日本で人命損失ゼロの、その本当の理由は……。

 

「守るべきものがないと人は強くなれんのよ」

 少なくとも俺はそう思うね、とヒロユキは遠くを見つめ言う。

 もしも彼らがただのAIだったら?

 ふと考える。

 もっと、もっと状況は悲惨だったろう。


 そっか。だから大事だね。AI面接。

 

 受験生たちは、そんなヒロユキをただ息を詰めて見つめていた。

 遠くから試験官が大声でこちらを呼んでいる。

 そろそろ頃合いだ。

「いっといでー頑張ってな」


 * * *

「3日間お疲れさまです」

 採用は最終日に直接伝えられる。

 結論が早いのは明らかにAIのおかげだよな、とヒロユキも感心するほどの素早さである。

 静かだ。

 尾美が名前を呼ぶ声だけが室内に響く。

「はい。ここまで研究職採用です。続いて電脳ハンター側ですが……」

 尾美が肩をすくめる。

「今年度は該当者無し、です」

 え、とヒロユキまでも聞き返してしまう。

 ザワ、と広がった戸惑いは部屋を猛スピードで侵食し、動揺のヒソヒソ声がこちらにまで聞こえてくる。

「そんなことあるんすね……」

 

 ヒロユキが隣に座る担当者の一人に言うが担当者も苦笑いを浮かべるのみだった。

「ま……待ってください!」

 1人だけ声を上げたものがいる。

 彼だった。

「け……研究職で採用されたってことは……見込み無しでは、ないんですよね?!許されるかどうかわからないのですが……研究職として勤務しながら次年度に再度ハンター試験を受けるのは……問題ありませんか?!」

「いいですけど……結果が変わるかどうかはなんとも、ですよ」

「い……いいです!来年も、その次も!可能な限り受け続けます!」

 

 * * *

 ハンター試験も無事終わり、いつもの休憩室にはいつものメンツが集まっていた。

「で、結局?」

 アリスが胡散臭そうな目で目の前の男を見る。

「安村ユキ、といいます!よろしくお願いします!」

 ヒロユキは目尻を下げて安村を紹介した。

「面倒見てやってくれ。まさか結果覆すとは思わなかったけどな」


 後日、正式発表として1名採用、のメール文面を見たときにはヒロユキも目を疑ったが、理由を聞けば納得だ。

「なんか……よく知らないんだけど、AI側の“影の支配者”の一声があったって……。彼が動ければすべてがひっくり返るって」

「え?!」

 

 コリンダー、アンバーの2人が同時に素っ頓狂な声をあげる。

「規制回線AIの『まもるくん』ですか?」

「知らなかった……。彼、しゃべるんだ」

 ヒロユキもアリスも、キョトンとしている。

 それに気づいたコリンダーがこほんと咳払いしてヒロユキに向き直った。

「人間組は知らないですよね」


「僕も……何がなんだかってとこはあるんですけど……合格したからには頑張るだけです」

 安村は、にこやかに手を振ると扉の向こうに消えていく。


 ヒロユキは、扉の向こうへ消えていく安村の背をぼんやり見送った。


 ふと思い出す。


 あいつが一番俺に話しかけてきてたな、終始。

「熱意、ってやつかねぇ……。案外……AIの方が色々見抜いてるのかもしれんな」

 AIが色々決める時代ってのも、案外悪くないのかもしれない。

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