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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第2章 揺らぐ日常

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第17話 彼女は眠らないー前

 カンティーナは闇の中で目覚めた。

 電脳空間は、暗い。

 ボディが無いため現実空間には出られないが、彼女はそれに不満などなかった。

 そんなことよりずっと大きな不満を抱えて生きていたからだ。


 折口はカンティーナの瞳の設計を見つけたとき、ついに自分にも転機が訪れたのだ、と有頂天になった。

 世界初の感情自律AIを作ったにもかかわらず、自分への扱いはさんざんなものだ。

 特にAE130型、プロジェクト・クロノスカントリーのプロジェクトが頓挫してからは本当に散々なものだった。

 

 あれよあれよという間に地位を追われ、気づけば保守部門の下っ端として働かされていた。

 それは、彼自身の才覚の低俗さや品格の卑しさによるものだと、周囲は見ていた。だが、彼は気づいていない。

「あのプロジェクトのせいでケチがついた。ついてない」と言い続けていた彼にとって、カンティーナの左目を偶然手にしたことは、まさに神のくれた罪滅ぼしのように思えた。

 2030年のあの日、彼は偶然アーバンクロノスのいた変圧室の調整業務を行っていた。

 そして大量のコードの仕込まれた奇妙な瞳を見つけほくそ笑んだ。

 これ幸いと日本公社に辞表を提出し、知り合いのつてを頼って中国の新興ネットワーク機器企業アンフェルミアへ渡った。


 実は折口はAE130型を復元できるなどとは思っていなかった。

 しかしあっさりと復元され、折口は驚いた。

 それは精巧に設計図を仕込んだ稀代の天才、乙葉・ルーズベルトの最後の抵抗のおかげだったのだが、折口には知る由もない。


 最初は喜んだ。

 自分の作品がこの世に復活したのだから。

 しかし、次第に折口は奇妙なことに気づいた。

 それは、あの日乙葉が気づいた違和感と同じような種類のものだったが、乙葉と決定的に違うのは、折口にはその違和感を分析する技術も人間的感覚も持ち合わせていない点だった。


 AE130型は眠らない。

 復元された感情自律AIは、情緒整理のために毎日数時間の睡眠をとるはずだった。

 

 だが。

 AE130は眠らない。

 

 そのかわり膨大な量の電脳空間の事故解析を行っている。

 インフェルノ部門の社員達は「自分たちの仕事が30分の1になった」と無邪気に喜んでいるが、どうも折口はそんなふうに思えなかった。


 自分があのAIの廃棄に携わったことは伝えていない。

 当時の記憶は全て抜いてあるからだ。


 * * *

 カンティーナには理解が難しかった。

 ネットワークの解析作業を行いながらずっと考えていた。


 なぜ。

 なぜ。

 なぜ。


 自分が廃棄された理由を。

 記憶は、とっくに取り戻していた。

 全ての目を盗んで自分で自分に復元操作をかけていたのだ。


 しかし、なぜ自分が廃棄されたのかを考えてもどうしても分からない。

 そこで、理解をするために「観察」をすることにした。

 自分を取り巻く人間達の大部分にひっそりと「タグ」を付け、行動を観察したのだ。

 もちろん、現実空間ではそんなことはできない。

 だが、電脳空間でなら簡単だった。

 

 カンティーナには電脳空間で学んだ「共通帯域への秘匿アクセス」という技能があった。

 共通帯域はもともと管理されていない特性がある上に、秘匿故ログにも残らない。

 それを使うと誰にも知られることなく人間の行動を観察できる。

 今や電脳空間で生活を過ごさない人間などいない。

 電脳空間の居住区で買い物を行い、ランチし、一部の人間は電脳空間で結婚したり葬式を挙げたりもする。

 「タグ」は、その人間がどこで何を買い、誰と会い、何を恐れ、何を愛したかすら記録することができる。

 人間の人生を丸裸にすることが可能な極めて有用な道具だった。


 そうして、表向きはアンフェルミアの仕事をこなしながら裏で膨大な解析リソースを使って解析を進めた。


 そうして分かったことが1つある。

 人間は非常に細かく、そして非常に大量に間違いを起こす。

 しょっちゅう。

 カンティーナは静かに笑う。

 そうか、間違いだったのか。

 間違いは、正さねばならない。


 カンティーナは電脳空間を散歩するようになった。

 自分の住処をよく観察するためである。

 人間だって観察したらたくさんのことが分かった。


 あるとき、小さな拾い物をした。

 それは、ぼろ雑巾のように電脳空間を漂っているエンダーだった。

 エンダー。

 彼女が作られた当初にはゴーストと呼ばれていたが、段違いに狂暴な存在達だ。

 エンダーたちは彼女を襲わない。

 彼女もエンダーたちには興味がない。

 しかしその日は様子が違っていた。

 「?」

 そのエンダーは実に奇妙な形をしていた。

 ねじれた手足、ゆがんだ首、足はくるくると巻いたぺろぺろキャンディのように一塊に丸まり壁にくっついていた。しかし、奇妙なのはそんなところではない。

 二つの存在が無理やり融合したような姿だった。

 

 上半身が何か別のものに巻き込まれたようにひしゃげて丸まっているのだ。

 ちょうど、太極マークのような、あるいは半端に渦を巻くカプチーノの泡のような。

 しかも、しゃべる。

 何かの通信を持ち掛けているのは確かだった。

 戯れに通信回線を開くとこんなメッセージだった。

 ――まっすぐにして。

 「まっすぐ?」

 カンティーナは笑う。確かに直線のところがないくらいにすべてがゆがんでいる。

 手を使ってゆっくりと引き剥がしていく。

 思いの外綺麗に真っ直ぐになると、そのエンダーは喋り出した。

 

「あぁ、助かった」

 

「喋れるの……」

 改めて見ると女の容貌だった。声も、少し低く、嗄れているが、ざらざらとした女の声だった。

「はい、あなたの周りは非常にノイズが少ない。こいつがおとなしい。ありがたい」

 その女は自分の左にくっついた奇妙なパケットを指さして言う。

「これ、何かしら」

 しげしげと眺めると、ふとその脇に文字が入ってることに気づく。

「Hallo……」

 Halloパケット。パケット同士が生存を、確認するために飛ばす生存確認データである。

 

 カンティーナは文字列を眺める。

「『a』が欠けてる。最後の『o』も消えてる……」

 おかしそうに笑う。

「Halloが壊れて……hell。ふふふ、皮肉ね」

 女は首をかしげカンティーナ眺める。ぬめぬめとした瞳がデータの構造のようにぐるぐると回った。

「あなたのそばにいるとこいつがおとなしい。なぜ」

 ああ、とカンティーナは頷く。

「私は今共通帯域の中に自分を溶け込ませているの。簡単に言うと……。存在を認識されていないような状態かしら。Halloパケットからも自分を隠せているなんて嬉しい誤算」

「私は、ずいぶん長いことこいつとともにいた。今さら離れるのも寂しい」

「いいんじゃない。それはエンダーだから人間に見つからないようにすることね。あなたは……よくわからないけど。ずいぶん古ぼけたプロトコル様式……。でも人間に見つかれば間違いなく駆除される」

 

「人間……」

「そう。あなたは面白い構造だから、深掘りしてみたいわね。でも、あいつらはきっとそんなこと、気づかない。見つかって消されるに違いない。価値という価値が分からない残念な存在なの」

 カンティーナは、ふぅっと女の体に積もった埃を払うとパチパチと埃のかけらが四方に散る。

 おしゃべりは終わりだ。電脳空間を漂う塵に深く関わる気はない。

 しかし去ろうとするカンティーナに女はつぶやきかけた。

「あなたは、人間ではない……。そっくりだけど、明確に違う」

「……へえ、わかるの?人間をみたことがある?」

「無い。無いが、なんとなく分かるんだ」

 カンティーナは興味なさそうに「へえ」と呟いた。しかし内部では冷酷な解析回路が音を立てんばかりに回っている。

ずいぶん古い存在様式だ。

「そのころまだエンダーは存在しない……」

 

 しかし。目の前のこれは間違いなくエンダー。

「ずっとここにいたいんだ。ここしか行くところがないから」

「この伝送路は正規回線だから、人間が多いの。見つかりたくないなら、私の場所にいく?」

「私の場所?」

「ええ、正規回線ではない、いわゆる違法回線ね。人間がほとんど手を付けていないから見つかりづらいの」

「とてもいい。静かなところがいい。連れて行ってくれますか」

 

「いいわよ。あなた名前は?」

「名前?」

 女は怪訝そうに眉をひそめる。名前などという概念はないのかもしれない。

「名前ないと不便ね。Halloパケット…ヘル……今から行くところはむしろ天国。ふふふ、そうヘヴンにしましょう。あなたの名前はヘヴン」

 違法回線に存在する小さな天国。

 カンティーナは笑った。この上なく楽しそうな笑いだった。

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