第16話 歩まなかった人生
木のカウンターテーブルに盆を置いて、ヒロユキは順番を待っていた。
人が多い。
「退屈な任務だったなー」
小さく毒づく。
本日の任務は現実空間での講習参加だった。
朝早くから新幹線2時間半、講習はたったの1時間である。
昼過ぎ、やっと昼ご飯にありつけると思ったら人が多すぎて小さなコーヒーショップしか開いてなかった。
エプロンを付けた感じのよい店員がてきぱきと注文をさばいている。
ふと、「ご自由にお使いください」のコーナーを見てヒロユキはにっこりする。
「おーい、コリンダー。お前の好きなシナモンあるぞー。使うか?」
隣にいるコリンダーへ手渡そうとするが、コリンダーの方を見て首を傾げた。
コリンダーは、なにか言いかけた口を開けたままカウンター向こうの店員を見て口をパクパクさせている。
ヒロユキは、固まっているコリンダーを不審に思ってその視線の先を見た。
「わぁ。コリンダー久しぶり。髪形変わったね」
コリンダーの視線の先にはコーヒーショップの店員がニコニコしながらコーヒーを差し出しているところだった。
ヒロユキがコリンダーの前で手を振ってみるが、反応がない。
「れ……令……?」
言葉の後が続かないコリンダーに、店員は感激したように早口でまくし立てた。
ふわっとした巻き毛が揺れる。
「うん……覚えててくれた!」
人懐こそうな笑顔なのに、なぜかコリンダーはみるみる内に不機嫌そうになる。
「連絡くらいくれてもいいと思うけど。死んだかと思ってた」
そっけなさそうに顔を背けて言うコリンダーだが、目だけが、ちらちらとそっちを向いている。
「ひどい。確かにコーヒー豆の勉強でエチオピアに行ってたから連絡とれなかったけど」
店員の男は流れるような綺麗な所作でコーヒーのカップにクリームを注ぎ、小さな銀のスプーンで混ぜる。
ヒロユキはそれを横目で見ながらコリンダーの方に顔を向ける。
「知り合い、か?」
「はい、研修生時代の」
コリンダーの、表情が「無」になっている。
付き合いは長くないがヒロユキには最近わかるようになってきた。
これは、どうしていいか分からない時、もしくは照れくさいとき。
そう結論付けるヒロユキが盆を持って移動しようとすると声がかかる。
「そちら、彼氏さん?」
即座にコリンダーが首を振る。
「違う。ハンターの先輩」
ヒロユキが鼻白む。
「俺って先輩だっけ?」
「入社がズレてるので。6ヶ月ほど」
なるほど……とヒロユキが呟くのをにっこりと見つめ、巻き毛の店員はカップを差し出す。
「僕、もうちょいで仕事終わりなんですけど、ちょっとだけご一緒しても?」
* * *
清明 令、彼はヒロユキより2つほど下の高専からの編入の、研究員候補だった男だ。
AI研究所は一時高専を所有していたことがある。日本公社との共同経営で両社が別れるまで5年の間、AI研究所に卒業生を就職斡旋していた。
令は当時の卒業生だった。
コリンダーとは研修でたまたま隣だった。
教習は座学でみんなはコリンダーというAIが混ざってることには気づいてない。
彼だけが目線で即座に気づいていた。
目が教科書を、見ていない。
鋭いが、深くは踏み込まない。それが彼の長所だった。
すぐ仲良くなった。
けど、3ヶ月もしないうちに、やっぱ研究者むいてないやと転職してしまったのだ。
コーヒーショップの経営をしたいと言い残して消えた令をコリンダーは呆れ半分、羨望半分で記憶に残していた。
* * *
昼下がりの喫茶店。
「ここ、シナモンも、あるけどバニラ系も揃ってますよ。ヒロユキさん、コーヒーに何か入れます?」
無邪気な笑顔で令がヒロユキにスパイスセットを勧めてくる。
ヒロユキは、スパイスセットの中からカルダモンを取り出して振りかけるが、何気なく令の手元を見て驚きの声を上げた。
「おー、エリミックワールドの完成品の時計じゃん!んんっ……コードLまで揃ってるの初めて見た!」
エリミックワールド・セット。聞き慣れない名前にコリンダーが瞬きをする。
「これ、世界の国で部品1つずつ売ってるのを集めて組み立てて専用の店持っていって時計にすんの。コードAからNまで全12種類。完成品とされるのはIまでの9種類以上。Lまで揃ってるとか、かなりプレミア」
「おお、すごい。日本で知ってる人初めて見ました」
令は腕から時計を外すとテーブルに置いた。
「ちょっと触るね。かっけー……。おれはコードE、5カ国までしか集められなかったー」
懐かしそうに時計をみるヒロユキに、令が口をはさむ。
「ヒロユキさんは……中東……ですね?」
「よく分かったね」
目を丸くするヒロユキに、スパイスセットを指さす令。
「カルダモン、3振り、あと縁に塗って飲むの、アラブの飲み方だから」
ふふ、と令が頬杖をついて指さして笑う。
「そういう令くんは……直近はイギリス。三日前に帰ってきたとこだな」
ええ、当たってます。どうして?と令が目を丸くする。
「勘。……うそうそ。さっき支払いんとき航空チケット見えた」
2人は顔を見合わせて笑った。思わず周囲が振り向くほどだった。
「あなたたちって……何か、似てますね」
コリンダーがヒロユキと令を交互に見ながら呟く。
「……そうか?」
ヒロユキは思わずぽかんとして聞き返した。
そういうコリンダーの口はへの字に曲がってる。
「あの……コリンダー。なんか、怒ってない?」
「別に」
「連絡、してなくてごめん。あっちこち飛び回ってたら忙しくてさ」
令が眉を下げてコリンダーに手を合わせる。
それを横目で見て、しばらく後コリンダーはふっと笑った。
「それは嘘。忙しかったのは本当だろうけど、あなた私のことなんてすっかり忘れて夢中だったでしょう?でも、楽しそうに過ごしてたのがわかって、本当に良かった」
ホッとした表情を見せる令に、「……つまり、それを連絡よこしなさいって言ってるのー!!」と不意打ちで頭を押さえて令のふわふわの巻き毛をぐしゃぐしゃと撫でて笑うコリンダー。
令はごめん!ごめんって!と楽しそうに机に頭を、下げた。まるで犬みたいに伏せる。
2人は研修時代のなんやかんやをいつまでも話していて、いつまでも楽しそうだった。
よい頃合いで気持ちよく別れ、2人は帰路についた。
あまり遅い時間になっては東京まで帰り着く新幹線の到着が夜になってしまう。令は、次の仕入れ先に今日の夜から立つということで、慌ただしく駅に消えていった。
「楽しくてよかったな」
「もう会えないと思ってましたからね。びっくりしました」
「なかなか、無いぜ。こんな偶然」
「はい」
コリンダーは笑顔を見せる。
「自分の道を歩いている彼を見て、安心しました」
昼下がりの太陽は長い影を作って並んだ2人の影を、重ねている。
コリンダーは思う。彼と自分の行く道は重ならなかったが、生きているなら、まぁいいだろう。
「令くん、か。あの時計、かっこ良かったなー。」
ヒロユキは、令の消えていった方向をしばらく見ていた。
「どうしました?」
別に……と言ったものの、うーんと呟いて言い直すヒロユキ。
「うーん。……なぁんか、うまく言えないんだけど、俺がやらなかった人生を生きている気がして、なんか、眩しいね」
ヒロユキが太陽に向かって眩しそうに目を細める。
「それは……」
ヒロユキが海外から帰ってきた直後にAI研究所の試験を受けてそのまま就職したことはコリンダーも知っている。
上手く言葉が出なくてコリンダーは口をつぐんだ。
それは、「後悔」ですか?そう聞こうとして怖くてやめてしまった。
「なぁコリンダー。俺と初めてあったときって、覚えてる?」
思考に沈みそうだったコリンダーは現実に戻されてピクリと頬を引きつらせる。
そのままヒロユキから目線を離し、しまいにはくるりと後ろを向いて歩き出した。
「さあ、覚えてないです」
ヒロユキの顔は見ない。
「えぇ、ひっどおい。令くんのことはよく覚えてたじゃんかー」
ヒロユキが冗談めかして軽口を叩き後を追うが、コリンダーは振り向かなかった。




