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電脳ハンター[カンティーナ編]  作者: 秋野PONO(ぽの)
第2章 揺らぐ日常

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第15話 親子パケットー後

 コリンダーの脳も、遅れて音源の検索を仕掛け、それが子守歌であることを理解した。

 

 どういうことだろう?

 コリンダーはさっぱり訳が分からず、不思議な顔をしているが、ヒロユキは押し黙ったまま、考えこんでいる。

「この2つのエンダーモドキの、発生地、発生時刻、ヘッダ、本文、プロトコル……とりあえずそのあたり、解析してくれ。あとついでに大きいのと、小さいの、DIffって」

 

 『Diffって』、つまり比較差分することだ。

 

 コリンダーは、「承知しました」と答えた。エンダーの全体をサーチ波で覆って解析にかけていき、小さな声で言う。


 ――……発生地、プロトコル、ヘッダ、本文、全て同一です。発生地:栃木県○×市▼▼町1-34番地、プロトコル:第1層xrrp、第2層mErp……、ヘッダ……。

 

「サンキュ。分かったよ」

 遮るようにそう言ってエンダーの分析結果を空中マップに出力してスクロールしながら続ける。

 

「なるほど、な。3か月前の栃木県○×市……。わかるか?」

 ――わかりません。

 あんまりにも間髪入れない返答にヒロユキは苦笑する。

 「はやいって、検索してねーだろ……。ま、いいけど」ぶつぶつ言いながら比較差分値を指さし続ける。

「……これは那須震災の被害者、だな。間違いない。電脳空間に接続中に巻き込まれたんだろうな……」


 災害で死亡してそのままエンダー化。いわゆるミッシングエンダーというやつである。

 非常に低確率だが、偶然人間が死亡の際に、エンダーになることは、ある。

――ああ、なるほど……。一般人の接続が近年増えましたからね。

 2体の比較差分を静かにスクロールしながら確認している。

 その手が、ふと止まる。


「あぁ、やっぱり。こいつら、一か所差分、あんね……」

 2体のエンダー、一か所だけ差異がある箇所。

 ――TTL……生存時間ですか。

「うん。想像だが、多分時間差で亡くなったんだろうな」

 なるほど、ようやくコリンダーは検索を掛け情報を、抜いてくる。

 土砂災害だった。

 電脳空間接続中は、本体ボディはすべて生命維持装置で保証されているとはいえ、災害には無防備状態だ。

 ボディが生命維持を停止すれば電脳空間における思念体は死亡、そのうち思念が残ればエンダーとなってさまよう。

 

「TTLから計算するに、大きい方がもってあと1日、小さい方があと2日ってとこか」

 

 よく見ると大きい方は周辺の輪郭も崩れかけ、くすんだ灰色で周囲の景色に溶けかけている。

 端的に言ってボロボロだ。

 初見で2人とも気づかなかったのは外套のような外側の殻が周囲に幕を作っていたためだ。

 

 ヒロユキはじっとエンダーモドキとスクロール画面を見比べている。

 ――どうかしましたか?

 返事なし。

 ――……両方とも、小出力電磁波で処理可能です。つぶしますよ?

 

 「なあコリンダーちゃん。形状とプロトコル、あとヘッダ情報全般から、延伸TTL値って計算できたよな」

 

 サークレット脇の小型監視用カメラをオフにしてから静かに言う。

 

 ――は……?なんですって?……まさか……。

 

 「このままじゃ、寝覚めわりーよな。親子なら最後まで一緒がいいさ」と言って、よっと、と軽い声を出しながらエンダーの設定値に接続しようとするヒロユキに……。

 

 コリンダーは、「だ、め、で、す」と通常音量の10倍設定で反論する。

 

「なんで?俺結構得意よ。パケット情報上書き」

 ――……そういう問題では。「生存時間の書き換え」は犯罪ですよ。電脳通常法6条……。

「まてまてまて。大丈夫だって。あれはぁ、正常なパケットを偽装するのを禁止してる法律なの!こいつエンダーだから関係ないの!」

 ――エンダーでも、もともとは伝送路で変質したパケットデータです。

 

「分かったよ。伸ばすのはダメな。んじゃ子供の方を1日縮めるか……よっと」

 

 ――あぁ……!

 コリンダーは、あまりの暴挙に思わず音量最大のまま叫んだ。

 子供って……。


 ――どうしてあなたはそうなんですか!電脳軽犯罪法違反です……。

「大丈夫。監視カメラ切ったったから」

 ――そういう問題ではないのですよ……。

「なんだよ頭かてーな。大丈夫だって。こういう軽犯罪系は裁量の余地が広いからさ。

 あ、そだ。コリンダーちゃんはボディも出してないし見なかったことにできっから心配すんなって」

 

 その口調は今日の天気についてしゃべってでもいるような気安さだ。それが、今日に限ってコリンダーの精神のささくれを逆方向に撫でてくるのである。

 

 違う、ずっとそうだ。

 

「そうだな」だってもしかすると同意ではないのかもしれない。ただの枕詞。

 そんな風に、コリンダーはくさくさした気持ちで思い返しはじめた。

 

 結局、どれだけコリンダーが何を言おうと、結局ボタンを押す。結局何もかも一人で背負う。


 「そうだな」は、永遠に揃わない互いの温度だ。それを象徴する言葉のように、その瞬間、彼女には、思えてしまった。

 干からびて、電脳空間の奥に消えていく乾いた風のように、むなしく響く言葉だ。

 

 ――……そうですね。親パケットが消えた後に子だけが残るなんて、あのメロディを聞いたあとでは、耐えられないかもしれません。

 ヒロユキの目が逸らされて遠くを見ている。

 わが相棒は根が優しい。優しすぎるくらいに。

 コリンダーはそう思うが、同調するのはダメだ。それは違う。

 

 ――それでも私達は電脳ハンターですよ。法と規約に沿って電脳空間に存在を許された電脳ハンター、なのですよ。

 コリンダーは規律をまもる。それは彼女の、矜持でありあるいは呪いでもある。

 やっとで絞りだした言葉はヒロユキに届いたろうか。


「……そうかもな。まぁ正しいよ」

 ヒロユキは笑う。

 けれどそれは同意ではないようにコリンダーには思えた。

 

 「……でも、真面目過ぎる」

 少し掠れた声でヒロユキが言う。

 

 うそ。うそです。

 あなたの中に、真面目か不真面目かなんて基準はないのです。

 ただ、背負うか背負わないか、それだけ。

 

「なんだそれ。俺の知らない俺を知ってるコリンダーちゃん、こわーい」

 

 おかしそうに笑うヒロユキ。

 いつのまにか消えている2つのエンダー。もはや、どこへでも行けばいいと二人とも思っている。

 

 ――電脳空間では、すべてが不可逆。一度施せばもとには戻らない。

 

「まぁな。そこがいいところだよ。いつだってどこかに向かって進んでる」


 

 ――そういえば、子守歌だとすぐわかったのはどうしてですか。

「さあね。知らない。どっかで聞いたことあったのかもな」

 その口調に何となく、隠したい何かを見たような気がするが、それ以上コリンダーは追求しない。

「そうだな」も「そうじゃない」も今はもう、何も聞きたくない気分だったからだ。

 

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