第14話 親子パケットー前
こんな日がずっと続けばいい。
そう思うぐらいいつもお互いに顔を合わせている。
しかし、実際のところ2人がコンビを組んでから、まだわずか9か月しかたっていない。
そうするとこの気持ちはどこから出てくるのか。
コリンダーは首をかしげる。
正確には、今はかしげる首がないので、思考を巡らしただけであるが。
自分に問うてみる。
9か月の間で、何度、電脳空間で任務をこなしたか。
回答:142回。
今日は143回目。どうでもいい計算にリソースを使ってしまったことにため息をつきつつ、コリンダーは顔をあげた。
電脳空間の小道をゆっくり歩きながらの見回り任務である。
――このあたり、見通しが、いまいちですね。
「伝送路領域」は人間向けの道はないので、どうしてもわかりづらくなる。
標識も案内版もない。車も店もない。なんにもない。
「ん-ここ、本来パケット用の通り道だからなー」
ヒロユキはのんびりとした口調で答えた。
彼らがただの見回り任務を頻繁に続けているのにはわけがある。
最近、伝送路上のエンダーが増えるスピードが速いと上層部がピリピリしているのだ。
例年、冬前には増えるものなのだが、今年は異常に多いらしい。
ヒロユキは、「花粉症とかと同じだな。季節のあたりはずれ」と通達メッセージを眺めながらつぶやいている。
――ええ、ただし。花粉症と異なるのは原因が100%人間由来の活動によるもので、不確定要素がないことです。
コリンダーが平然としてした声で答える。
「はは、言い訳の持って行き所がねーな。人間ですんません。
ただ、根本原因は違うぞーー今年は、災害が多めだった」
そう、災害が多くなると通信経路は混雑しやすくなり、結果エンダーも多めの当たり年になるのだ。
災害の混乱による迷子データと、大きな感情に伴う思念体の増加が顕著になるため、現在伝送路には警戒警報が出ていた。
それはその通りだ。
でも、コリンダーはその言葉にすっとCPU温度が下がってしまうような錯覚に襲われる。
最近、こういったやりとりが多いのだ。
ヒロユキから、「そうだな」という肯定の言葉を聞くことがなくなった。
必ず何か反対のことを言われる気がする。
否、多分、気のせいだろう。
そうは思うものの記憶ログを確認し回数を数える気もしないコリンダーなのだった。
――そう、ですね。
ヒロユキがいつもの調子の気軽な口調に戻る。
「ま、俺たちのやることは同じだ。エンダーを潰せれば、万事おっけー」
手でくいと「OK」の文字を作るヒロユキのシルエット全体は見えるが、表情までは見えない。センサーが向いていないので。
「お。そうこう言ってるうちにお出ましだな。よろしく、コリンダー」
――はい。前方、斜め40メートル付近。悪魔番号4519<<フィームド>>素早いタイプです。電磁波で焼きますか。
「……」
ヒロユキからは返答がない。
?
珍しく返答がないので、コリンダーは2度尋ねる。
「……おっと。すまんすまん。いや、つぶさなくていいよ。多分あれ、すっげぇ弱いやつ。手でつかんだだけで消えるような感じ」
言ってヒロユキが近づいて手で払おうとする。
だがその瞬間、ピタ、と手を止めてジッと考え込む。
――どうしましたか?
不思議に思ってコリンダーが聞くが、ヒロユキは何も言わずジッとエンダーを見つめると、左手でそっとエンダーの外套のような外側の外格を引いた。
とたん、エンダーが不思議な声を上げる。遠くで雷が鳴る前の予兆のような、ごろごろ、という音だった。
ヒロユキは反射的に後ろにのけぞった。
「うぉい、コリンダーちゃん……。こいつ、エンダーじゃなくね?」
――いいえ。エンダーです。悪魔番号4519<<フィームド>>検知機能にブレはありません。
コリンダーは何を今更?と思いながらも繰り返す。
ヒロユキはじっとエンダーを見つめている。そのうち、きわめてゆっくりした動作で、よっと……とつぶやいて両手でエンダーの「外側」をはぎ取るようにめくる。
「やっぱり……。エンダーは……こっちじゃね?」
めくられた中に、小さな黒い塊があった。
――!!なんですかこれは……。
「うーんなんか、エンダーの中にエンダーが入ってるような……いや、外側の大きいやつはエンダーじゃないな。思念データみたいなんだけど、「エンダーなりかけ」みたいな……気持ち悪いかんじ」
ヒロユキのなんとも抽象的なその表現がつかめず、コリンダーは再度回答範囲を広げて検索をかける。
――なるほど……理解しました。外側の大きい方は、「思念体、エンダー未分化」確かにエンダーなりかけです。でも、中身の小さい方は、悪魔番号4519<<フィームド>>ですね。エンダーで間違いありません。
くっついた2つのエンダー。正直、コリンダーの辞書にはない形である。
――どうやって気づきましたか……。
「おー、悪魔の場合、なんつーかもっと乾いてんのよ空気。今回は、湿っぽい。思念データってちょっと、ざわっとして濡れてる感じするんよなー。でもこいつはすごく弱い。まさに、なりかけってやつだ」
ふふん、とヒロユキが得意げに胸をはるので、コリンダーもつられてわずかに笑った。
それにしても、とても珍しい。思念データ自体、遭遇する確率は0.1パーセント未満だ。その思念データの中にエンダーがくるまれているなど。
エンダーモドキ(思念データ)は、袖でエンダーを覆っている。
ゴロゴロ、という音がずっと響いている。
「コリンダー、聞こえるか?」
――ゴロゴロ、言ってますね。
「ちゃう。それに紛れて……なんだろ。別の音、風が鳴るみたいな。
ちょっと悪いんだけどさ、受信音の低域をカットして、高域だけ残して録音、再生してみてくんない?」
コリンダーは言われた通りに実行し、再生する。
とたん。
はやてのおかのかみのこや……、と電脳空間では極めて聞きなれない音域の音声が再生される。
――これ……音楽……?
「いや、あ、子守歌、だ……」とヒロユキがつぶやく。
電脳空間で、子守歌。
そんなもの、存在するはずがない。




