第13話 うまくできないバーベキュー―後
助手席にコリンダーが乗り込むのを見るとヒロユキはすぐに車を発車させた。
「何か聞く?」
とオーディオのスイッチを入れるが、コリンダーの応答は聞かず、軽快なポップスをかけている。
車を数分走らせて大きなスーパーにたどり着いた。
まだ朝早いからだろうか立体駐車場はガラガラで、しんとした空気が満ちている。ヒロユキは飲み切った缶コーヒーの殻を脇のゴミ箱に捨てた。カラン、と軽い音が静かな駐車場に響いた。
思いのほか大きな音にコリンダーは一瞬、びくっと肩をすくめるが、ヒロユキは気にも留めず、「さ、行こっか」と先に歩き出した。
店内は心地よい焼きたてパンの香りが漂っている。
軽快なポップスのリズムに少し心が和む。
「んじゃ、まず肉からだな。豚バラと鶏肉買い忘れた」
「豚バラ……」
コリンダーは手近にあった豚らしき塊を手に取ると籠に入れようとする。
「ちょい!そのブロックは無理だろ。包丁は無いから切るの無理よん」
ヒロユキの制止が入る。
コリンダーは突然の制止に少しだけ目を見開いた。
慌てて籠から取り出して棚に戻す。
冷凍食品コーナーの冷えた氷の匂いが鼻に届いたような気がする。その手は少し緊張に強張っていた。
「鶏肉……」とつぶやくヒロユキに、鶏……と今度は棚の向うに冷えている鳥を1つ手に取るが、またもや制止が入る。
「おいおい、胸肉……は向かないよ。モモ取って?」
モモ……と取り換えるが今度は「いや、ひき肉はいらん」と返された。
戸惑うコリンダー。
「おっ……おもしれー!コリンダーちゃん」
ヒロユキはおかしそうに笑う。
しかしコリンダーはあまり平静ではない。どちらかというと困惑状態だった。
「……今の、どこが面白いんですか?」
自分が何もかも間違えてふさわしくないものを選んでしまった場面だ。
困惑がコリンダーの眉を下に下げた。
その後もコリンダーはあまり役には立てなかったと振り返る。
それなのになぜかヒロユキはこの上楽しそうでコリンダーは困惑する。
どこからか届く果物の甘いにおいも、籠に入れた肉のハーブの香りも、コリンダーの鼻を戸惑わせるだけだ。
怒ってない、悲しんでもない、どうして私が間違うと楽しそうなんだろう。
そんな風に思ってちょっとだけ胸の奥が痛むような不思議な感覚を覚える。
ヒロユキはカット果物コーナーで何か物色しているが、コリンダーはもう何も触る気にはなれなかった――手を伸ばすと、かちんと音を立てて、拒絶されたような気すらする。
* * *
バーベキューが始まってしばらく、ものめずらしさからか、コリンダーの周りには人だかりができていた。
「このお肉食べる?」とか「お酒持ってきたよ」だとか、男も女もコリンダーに構いたがる。
コリンダーは「あっ……」と話しかけられた方を向きながら答えるが、その続きがなかなか出てこない。
どうしても一拍遅れてしまうのだ。
どう答えようか戸惑っているうちに会話が途切れ、沈黙が流れる。
周りに集まっていた人たちも最初こそ物珍しそうにそんなコリンダーを見ていたが、だんだん解散していく。
若い女性が野菜を並べながら笑い声をあげている。
ヒロユキの隣にいる、彼の同期らしき男は皿を持って忙しく女性陣の周りを飛び回っている。時々皿を落としそうになって慌ててダンスのような不思議な動きをしている。コリンダーも何とか手伝おうとするが、そんな慌てた様子の人々を避けるので背一杯で、しまいには目を回してしまった。
何度かみんなに話しかけてみようとはしたのだが、上手く話題が出てこない。
1時間も経たないうちに、コリンダーは一人でぽつんと座っていた。
バーベキューは宴もたけなわだ。
ヒロユキは、なぜか皿に山盛りの肉を乗せてコリンダーのところにくると「こんなに取っちった」と子供のように頬を膨らませて笑っていた。そのまますべてをコリンダーの皿に入れようとするので慌てて「こんなには……私の咀嚼能力では扱い切れません……」と言うコリンダーに、おかしそうにヒロユキが笑う。結局肉はコリンダーの皿に山盛り残され消化するのに非常に苦労した。
しかし時間が経つにつれ、ヒロユキは忙しそうになっていった。
メンバに呼ばれている。
コリンダーは、楽しそうに笑いながら周りとじゃれているヒロユキを遠くから見ていた。
もう、いいか。
そう思って彼女はそっとカバンを手に取った。
ヒロユキが一瞬、ちらりとこちらを見たような気がしたが気のせいだと結論づけた。
そそくさと帰り支度をするコリンダーをじいっと見ていたものがいる。
エイコだ。
「もうお腹いっぱいだわ。食べすぎ、良くない。ダイエットの敵ね。あら、コリンダーちゃん、帰るの?」
とコリンダーのそばに寄ってきて目を細めた。
はい、と短く答えるコリンダーにエイコはそっかぁ、としばらく腕を組んでいたが、やがて手をぽんと打って言った。
「じゃあさ、一緒に帰ろう。ついでに、駅前のチェーンでコーヒー飲むの付き合ってくんない?」
コリンダーは困惑しながらもエイコの勢いに押されてこくりと頷いた。
* * *
空は快晴、雲1つない青空だった。
10月は肌寒いと思いこんで厚めのカーディガンを持ってきたのだが、無駄だったとコリンダーはため息をつく。
注文したホットコーヒーはコリンダーには少し苦くて、ミルクを追加してため息をつく。
「疲れました……。みんなエネルギッシュですね……」
「ねー。よく頑張ったわコリンダー。買い出しありがとう」
「いえ……私なんて、本当に役に立ってないんですよ……。むしろ足ひっぱってばかりで。焼きも、焦がしてばっかりで全然……」
「えっ。焼きも手伝ってたの?ったく、ヒロユキのやつ、あなたにちゃんとお礼言ったのかしら。ぎゃーぎゃー騒いでばっかりで……」
コリンダーはコーヒーのスプーンを行儀よく回しながら、少しだけ立つ泡をジッと見つめていた。
「エイコさん。私、不思議なんです」
エイコが首をかしげる。コリンダーは構わず続ける。
「私、今日何の役にも立ってません。肉の種類も分からないしみんなから預かったお金の計算もできてない。なのに、ヒロユキは顔色一つ変えないんです。私は何のために今日来たのかわからないくらい役に立ってないのに……」
店に流れるゆったりしたジャズが二人の沈黙の間に落ちた。
そうねぇ。とエイコは口の端を持ち上げてブラックコーヒーを一口すすった。
少しだけ考えるように目を伏せてから言った。
「それでもあなたが今日来てよかった。意味あったよ」
エイコの謎の一言。コリンダーの顔に困惑が広がる。
どうして、という前に1つ指をコリンダーの前に突き出す。
「だってそうでしょ。ヒロユキが、あいつが来てほしいなって言ったんでしょ」
それは……と思うがよくわからない。
「私は今日何のために呼ばれたんですかね。枯れ木も山の賑わい、の盛り上げ役にもなってませんよ」
人が少しずつ離れていったのを思い出して少しだけ悲しくなる。
誰かに何か言われたわけじゃない、攻撃されたわけじゃない。それでも、重苦しくて胸やけがしそうな感情だった。
「人には適材適所ってあるからね。でも、それでもみんなあなたを望んでたわよ」
「私を?そんなわけないです。最新AIだって言ったって野菜1つ切れないし、気の利いた配膳1つできないし。みんなびっくりしたのではないでしょうか」
「えぇ……。そうねえ。私から見たら……うん。あなたはすごくかわいいのよ。完璧ガールよ」
「エイコさん。こんな落ち込んでばかりのぽんこつのどこが?」
エイコはいたずらそうに笑う。
「そういうところよー」
エイコは何一つ具体的に答えない。
「うーん。かわいいなぁ。ヒロユキに見せるのはもったいないわねこりゃ」とブツブツ一人でつぶやいている。
コリンダーは何がなんだか分からないのだが、エイコがあんまり楽しそうに笑うので、つられてちょっとだけ笑ってしまった。
コーヒーがすっかりなくなったころ、なぜかちょっとだけ気分が浮上しているのだった。




