【13】守りたかった[1]
ひたすら暗闇の中を走る。不思議と息は切れない。どこまでも続くように思える闇。それでも、フェリクは終わりが訪れることを知っていた。
『こっちにおいで』
か細い声が聞こえた。闇の中から現れる人型の影が手招きしている。フェリクは、宝玉の力を剣に込め、躊躇うことなく斬りつけた。次々と湧いてくる影を下し、再び闇も中へ踏み出そうとしたとき――。
『へえ、あなた、すごいのね』
不意に聞こえた少女の声に、辺りを見回す。ただ闇しかない空間の中、紫色のドレスの少女が姿を現した。見覚えのないはずの少女だが、フェリクにはなんとなくわかった。
『さすが運命の勇者と呼ばれるだけはあるわね。あの子と同じだわ。何も知らない愚かな勇者』
それが誰を指しているのか、フェリクにはわかる。
「きみがふたり目の勇者を陥れたんだね」
冷えた声で言うフェリクに、少女はくすりと小さく笑った。心底から楽しむような笑みだ。
『陥れた? 妙な言い方をしないで。彼は自分の意思で罪を被ったのよ』
「ウル・レーヴェはきみに逆らえなかった。やりたくてやったんじゃない」
ふたり目の宝玉の勇者。フェリクは彼と出会ったことはない。出会うことはできない。それでも、フェリクにはわかった。宝玉が教えてくれるのだろう。
『それは彼がそう思っているだけよ。私との隷属契約なんて嘘っぱちなんだもの』
あまりに残酷な真実は、時に勇者の胸の中を抉る。それが真実かどうか、フェリクには知る術がない。
『宝玉に隷属契約なんて効力を持たないのよ。簡単に騙されてくれたわ。彼は自分で自分を苦しめたのよ』
「……それなら」
フェリクは少女を真っ直ぐに見据える。呪いだと憎んだ宝玉。捨てたくても捨てられなかった運命。フェリクの戦いを、すべてなかったことにしたモノ。
「それなら、ウル・レーヴェはきみを守りたかったんだ」
意志を湛えて言うフェリクに、少女は嘲笑を浮かべた。
『救う? 何から?』
「この世界の闇から」
少女はつまらなさそうに目を細める。これが真実かどうかはフェリクにはわからない。だがいまは、ウル・レーヴェの心がこの心と重なっている気がした。
「この世界は穢れている。世界王が穢している。だが、宝玉の勇者のためだけに。僕も同じだった。ただ、守りたかったんだ」
『そんなの詭弁だわ。勇者なんて言っても、ただ宝玉を持って生まれたというだけのことよ』
「それでも、僕は守りたかった。例え、自分がどうなっても」
それはもう届かない願い。届くことのなかった願い。なかったことになった願い。
『くだらない。自分の命を投げ打ってまで守りたいものなんか存在しないわ』
「僕には存在したんだ。例え命を失ったとしても、守りたかった」
少女の高らかな笑い声が闇の中で大きく響く。心の底からフェリクを嘲笑い、ウル・レーヴェを蔑んでいる。
『勇者ってみんな、馬鹿なのね! けれど、世界王が欲する理由がわかったわ』
少女の口端がつり上げられる。彼女はただ、楽しんでいた。
『あなたはもう、自分の宿命から逃げられないんだわ』
「逃げる気なんてないよ。僕は運命の勇者だ」
剣の柄を握る手に力がこもる。宝玉の魔力が全身に流れるのを感じる。
『せいぜい、最期まで足掻くといいわ。どうせみんな、死ぬのだもの』
足元から少女の姿が消えていく。塵のように散って何もなくなった空間を眺め、フェリクは目を閉じる。
「そうだよね、ウル・レーヴェ」
誰にでもなく呟く。この声が届くものはもうない。
「だから、自分の命を犠牲にしたんだ。ひとり目の勇者が……ジル・アナスタシアがそうしたように」
宿命からは逃げられない。すべての勇者がそうであった。それでもフェリクは、ただ信じるものだけを信じるしかないのだ。




