【12】僕の役に立て[2]
自分の足がどこかに降り立つのを感じ、フェリクは目を開く。しん、と耳を突くような静寂。フェリクを包むのはただ暗闇だった。またここへ来てしまった。フェリクは左の目元に触れ、辺りに意識を集中する。想定していた通り、ここは世界王の気配で満ちている。世界王の領域に囚われたのだ。
(閉じ込められた……)
とにかくここから出なければならない。世界王の手中に堕ちないために。愛する者の手を取るために。
例え、この命が尽きたとしてもいい。
(今度こそ、僕の役に立て!)
左目に意識を集中する。爆発的な衝撃のあと、視界の左が鮮やかな緑に染まる。体に掛かる負荷、鉛を足に着けられたような感覚。それでも、立っていなければならない。
(耐えてくれ……ムルタを……みんなを守るために……!)
そのとき、背後から瓦礫の崩れるような音がした。暗闇の中、足元が支えを失ったレンガのように落ちていく。フェリクは重い脚を奮い立たせ、駆け出した。
ここに居てはならない。自分の居場所はここではない。
(世界王……お前の思い通りになんて、させるもんか……!)
そのために抗って来た。ただ泣いていただけの自分。泣くことしかできなかった自分。いまはそうではない。そうではないのだ。
「フェリクー!」
不意に聞こえた声に、何も考えずに足が止まった。足を止めざるを得なかった。
振り向くと、少女が手を振っている。その後ろにいるふたりの少年。それと同時に広がる光景。アロイ村だ。大きく手を振っていたディナが、呆れたような表情になる。
「遅い! もう剣道場の訓練が始まっちゃうわよ!」
「だからそんなやつ放っておけばよかったんだ。いつも遅れて来るんだからな」
「そうだそうだ!」
憎まれ口を叩くウォルズ。その背後で拳を振り上げるルーイ。
無意識に涙が溢れた。何度、帰りたいと望んだことか。故郷に帰りたい。ただ、それだけのことだったのに。
「どうしたの、フェリク。悲しいことなんて何もないのよ」
ディナの手がこちらに伸ばされる。その瞳には慈愛を湛え、穏やかな笑みを浮かべ。
「涙を拭いて。私たちと一緒に行きましょ」
「……僕にはもう、アロイ村に居場所はないよ」
宙に左手をかざす。愛用の剣がそこに表れ、ディナが怯んだように手を引っ込める。
「僕の居場所はムルタだ。レフレクシオ卿の隣だ!」
強い意志とともに剣を振り下ろす。ディナの肩に食い込んだ剣は、なんの感触もなくその体を引き裂く。それと同時に、その姿がもやのように崩れた。ウォルズとルーイも同じように影となり、フェリクの周囲に広がる。
「僕は負けない。僕は……運命の勇者だ!」
* * *
足元の影の中からアンブラが姿を現す。それに気付いたミリアが駆け寄って来て、その報告を待ち侘びていた。
「どこにも坊ちゃんの気配がない。世界王の遣いにどこかに引き摺り込まれたみたいですよ」
レフレクシオは重く溜め息をつく。王というものは強欲な生き物だ。すべての生物を統べる王ともなれば、自分とは比べものにならないのだろうと思う。
そのとき、低い地鳴りがした。それと同時に町から響く悲鳴。土煙の中から、空ろな目をした巨人が姿を現す。
「ついに世界王も本気を出してきたね」ミリアが舌を打つ。「手段を選ぶことができなくなった、ってことかい」
「アンブラ、騎士団を町に向かわせ、民を城に誘導しろ」
「はっ」
アンブラは再び影の中に消えていく。影があればどこにでも移動できる。魔術師というものは便利な生き物だ。
「ミリア、お前は城に留まれ」
「そんなわけにはいかないだろう!」
ミリアは強い意志を湛えた瞳でレフレクシオを見上げる。その瞳には、すでに迷いの色が消え失せていた。
「あたしはフェリクの友達だ。フェリクが危険に晒されているなら、助ける義務があるんだよ」
こうなってはもはや止めても無駄だ。そもそも、ミリアは言って聞かせて納得する少女ではない。
レフレクシオは背後を振り向いた。愛する少年と似た顔が、決意を固めた表情で腰の剣に手を添えた。
「私も戦います。これでも父に厳しく騎士道を叩き込まれました。宝玉を持つ弟のため、いまこそこの剣を振るうときです」
「……いいだろう。ついて来い。その覚悟が確かなものか、試させてもらう」
覚悟無き者は倒れる。自分と勇者が覚悟を決めたとき、すでに何もかも遅かった。だが、いまは足を止めている時間はない。前に進む。ただそれだけのことだ。




