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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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襲撃

空を塗りつぶしていた青の粒子は、鮮やかな茜色となり、やがて深い藍色へと移り変わっていた。

藍が深くなるにつれ、白い点が瞬き、半円の月から注がれる黄色い粒子がノーブクロを照らしていた。

ノーブクロ郊外の牧草地にあるムタロウの家も、粒子を浴びて黄色い輪郭を作っていた。

影絵の様に形だけを浮き上がらせた木々は、風を受けて、左右に揺れていた。


ムタロウの家の窓から黄色く、暖かい粒子が漏れ、暗闇に色を落とした。

窓に人影が映り、カーテンが擦れる音とともに影は消えた。


ムタロウは、食卓の椅子に座り、自ら淹れた茶を手に取った。

ムタロウは音を立てながら茶を飲んだ。


背後から扉が開く音がした。


「お風呂ありがとう!」


ウィドウが鼻歌を混じりで広間に入ってきた。

タオルで揺れた黒髪を雑に拭きながら、ムタロウの隣に座った。


「最後、慣れちゃっていたけど、やっぱり、フケノトウの匂いは、きついですね。」


ウィドウはタオルを頭に巻き付けた。

ウィドウの髪から跳んだ水滴がムタロウの鼻先に付着した。

ムタロウは、手で水滴を拭きとった。


「ムニューチンさんは、どうです?」


「…ああ、よく寝ている。相当疲れていたのだろう。」


「今日はゆっくり休んでもらって、詳しい話は、明日以降ですね。」


ウィドウは食卓の茶を手に取り、音を立てずに茶を飲んだ。


「…それは、俺のだ。」


「あ、ごめんなさい。…ってか、別にいいじゃないですか。」



「…まあ、そうだが。」


ムタロウが目を泳がせる様子を見て、ウィドウはにっこり笑い、手にした茶を飲み干した。


「おかわり、淹れてきますね。」


ウィドウは席を立ち、台所へ歩いて行った。


「…。」


その時、ムニューチンが休んでいる部屋から扉の開く音がした。

ムタロウとウィドウは表情を強張らせ、扉に顔を向けた。


「風呂あきました~?」


部屋から出てきたのは、大欠伸をするカンダモンダだった。


「いや、なんであんたがその部屋から出てくるの?」


「いや~。ベッドが気持ちよさそうで~。」


ウィドウは腰に手をやり、首を振った。

ムタロウは、表情を変えず二人を見ていた。


「丁度いい。二人とも座ってくれ。」


「ちょっと待ってくださいね。三人分のお茶を淹れますので。」


「温めでおねがいします~。」


「はい、はい…。」


ウィドウはムタロウ達に背を向け、竈にやかんを掛けていた。

ウィドウは唇を尖らせていた。


「なんであの猫は帰らないのよ…。」


椅子に座り、目を瞑っていたカンダモンダの耳がぴくりと動いた。

カンダモンダの口元から犬歯がにやりと見えていた。


◇◇


食卓に、ムタロウ、ウィドウ、カンダモンダの三人が座っていた。

ムタロウはウィドウが淹れた茶を手にしながら、暫く考える様子を見せていた。


「ウィドウ、豚の鼻のアジトが何処にあるか分かるのか?」


「ええっと、大体の場所はわかるけど、正確な位置はわからないかな。」


「非合法組織ですもんね~。」


「そう。まさにそれで、恐らく、王都の貧民街にあるとは思うけど、襲撃を恐れて定期的に場所は変えている筈だと思う。」


ムタロウは腕を組んでウィドウの話を聞いていた。

時折、首を回し、乾いた音を立てていた。


「…先に王都に戻ってくれないか。俺は後から行く。」


「なんで?一緒に行けばいいじゃないですか。」


「そうですよ~。なんでですか~?」


カンダモンダの言葉にウィドウは少し驚き、カンダモンダに顔を向けた。


「え!? あんたも来るの?なんで?」


ウィドウは勢いよく立ち上がり、カンダモンダを見下ろした。

カンダモンダは、右手で顔を洗いながら、横目でウィドウを見た。


「いや~、だって怖いじゃないですか~。一人でいたら殺し屋さんたちに、わたし殺られちゃいますよ~。」


「…確かに、ムニューチンの件もある。」


ムタロウが静かにカンダモンダに同意した。

ウィドウは、ぐぬぬ…という表情を見せ、黙り込んだ。


「それに…いつ殺し屋さんが来るか分からないじゃないですか~。…今みたいに。」


カンダモンダの全身の毛が逆立っていた。

ムタロウは立ち上がり、剣掛からコンジロムを取った。

ウィドウは周囲を見渡しながら、電光の魔導を自らに掛けた。

広間を満たす粒子はひりひりとしたものへと変わり、周囲の音を消した。


粒子は、時間の経過も変化させた。

ウィドウは帯電した全身を逆立てながら、慎重に移動し、気配を探った。

ムタロウは、ゆっくりと抜刀した。


強い力で木材が割れる音が広間に響き渡った。

ムタロウはコンジロムを上段に構えていた。

継ぎ接ぎ補修されていた屋根から四体の影が落ちてきた。

ムタロウはコンジロムで影が突き立てる短剣を何とか受け止めた。


「…また修理か。」


短剣を受け止めたムタロウは、そのまま剣先を受け流し、襲ってきた影の体勢を崩した。

影を屠ろうとした時、残りの三体の影が一斉にムタロウに飛びかかってきた。

ムタロウは、影に突きを入れることを中断し、踏み出した右脚に力を入れた。

床が激しく軋む音が広間に響く。


「やっぱり、豚の鼻。」


ウィドウが四体の影を見て、声を上げた。

四体の影は、それぞれに豚種の面を被っていた。

以前の襲撃と同様に、だらりと下げた手に短剣を持ち、じりじりとムタロウを取り囲んでいた。


「未來視持ちだ。複数で掛かれ。」


豚面の一人が、残りの三人に指示をした。

一瞬、ムタロウの瞳に焦りの粒子が滲んだ。

ムタロウと豚面に割り込むように、ウィドウが文字通り電光の如く、直進した。

指示をしていた豚面は、ウィドウの動きをあらかじめ知っているかのように、ウィドウの前に立ちはだかり、ウィドウの斬撃を受けていた。


「…ッ。」


ウィドウは再度、ムタロウの横につこうと突進を試みた。

豚面は、ウィドウの動作と同時に正面に立ちはだかり、ウィドウの斬撃を跳ね返した。


◇◇


三人の豚面は一斉にムタロウに襲い掛かった。


心臓


三者による同時攻撃に、ムタロウは前に出れず、後ろに、横に小さく跳んで攻撃を回避した。

ムタロウの踵に硬いものが触れた。

ムタロウはコンジロムを持たぬ片方の手で、硬い物の正体を探った。

漆喰の壁だった。

退路を断たれていた。


「…気に喰わんな。」


三人の豚面から、愉悦の粒子が流れていた。

豚の面で表情は見えなかったが、放つ粒子は、愉悦そのものだった。

三人の豚面は再び三方向から飛びかかってきた。

ムタロウは、眉間に深い皺をよせ、目を細めた。

三人の豚面の短剣が、ムタロウの身体に触れる直前、


何かが陥没する音がした。


喉と胸を両腕で防御したムタロウが、勢いよく前に飛んだ。

喉と心臓を狙った豚面の短剣はムタロウの両腕に刺さった。

脚を狙った短剣は、ムタロウに躱され、漆喰の壁に突き刺さった。

短剣が刺さった壁のすぐ上は、ムタロウが蹴って出来た陥没穴が広がっていた。

短剣がすぐに抜けなかった豚面は、明らかに狼狽していた。


「…ビビらせやがって。」


ムタロウは神速の三段突きを放った。

剣の軌道に遅れて、僅かに残った火蟲が流れる。

三体の豚面の額に、菱形の穴が開き、どろりと血が漏れた。

三体の豚面の動きが止まったところでムタロウは首を薙いだ。


◇◇


ウィドウと対峙していた豚面は、仲間がムタロウに屠られた事実を目の当たりにして、嗤い始めた。


「…面白い。」


「何が、面白いのよッ!」


ウィドウは黒髪をたてがみの様に広げながら、豚面に斬り込んだ。

豚面は剣の軌道をあらかじめ知っているかのように身体をセンチ単位でずらし、斬撃を悉く回避した。

二人が剣を交わすたびに、ウィドウの両脚は切り刻まれ、やがて赤黒く染まっていた。


「…。」


豚面の身体から電蟲が漏れ始めた。

豚面の髪の毛が帯電し、逆立つ。


「まずッ…。」


豚面はウィドウの鼻先まで踏み込んだ直後、電光の速度で背後に回り込み、短剣でひかがみを薙いだ。


「あッ…」


ウィドウの両膝は糸が切れた様にがくんと折れ曲がった。

両手を床につくことで、何とか身体を支えたものの、立ち上がることは出来なかった。



「…もう立てん。」


豚面は、ウィドウに近付いた。

ウィドウの周りは赤黒い液体がゆっくりと、生き物のように広がっていた。

ウィドウは目を瞑った。

目尻から水玉が湧き上がった。

歯を食いしばり、声を出さないように耐えていた。


「…。」


「……。」


「……?」


ウィドウは恐る恐る目を開いた。

豚面は戸惑った様子で自らの身体を何度も見回していた。


「…?」


ウィドウは目を細めた。

豚面の全身が蒼くぼんやりと発光していた。


「なに、あれ・・・?」


ウィドウに何かが、覆い被さってきた。

胸が圧迫され、呻き声が漏れた。


轟音と、びりつく振動が周囲を揺らした。


ウィドウは顔を上げた。

ウィドウの目の前には首の無い豚面が、赤い霧を噴き出しながら立ち尽くしていた。


視線を横に向けると、額に大粒の水玉を浮かべたムタロウがウィドウを庇っていた。


「…今回は、感謝だな。」


「…何を?」


「…さあ、な。」


ムタロウは安堵の笑みを浮かべていた。


「なによ、それ。」


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