決意
ムタロウは、放心状態のムニューチンの下へ駆け寄り、両肩を掴んで揺さぶった。
ウィドウとカンダモンダはムニューチンの両端で膝をつけ、顔を覗きこんだ。
「どうしたんだ?ムニューチン。」
ムニューチンの瞳に輪郭が戻り、ムタロウに目を向けた。
「…ムタロウか。」
「ああ、俺だ。今帰ってきた。」
「やられたよ。ぺトーマンが…。」
ムニューチンは瓦礫に目を向け、指をさした。
末端が炭化し、肉塊から幾筋もの白煙が漏れていた。
ムタロウは肉塊に近寄った。
肉塊には、鋭利な刃によって刻まれた傷が無数にあった。
「…。」
傷は文字になっていた。
流れ出た血は固まり、黒紫色の文字は硬質な艶を帯びていた。
「次はお前」
ムタロウの顎から固いものが擦れる音が漏れた。
カンダモンダは耳をわずかに動かし、ムタロウに顔を向けた。
背中周りの空気が陽炎のように揺らぎ、歪んでいた。
「すごい怒っていますね~。」
カンダモンダは耳を寝かせながらウィドウの背後に回り、肩越しにムタロウを見ていた。
カンダモンダの髭がウィドウの耳に当たり、ウィドウは背筋を伸ばし、身体を震わせた。
「…ウィドウ、カンダモンダ。」
「は、はいっ。ごめんなさい!このエロ猫の髭が耳に…。」
「そ、それはないですよ~!」
カンダモンダが髭を広げ、抗議の声を上げた。
肩に乗せた手の爪が、ウィドウの肩にみりみりと食い込んだ。
「いたいいたい」
ウィドウが手をばたつかせた。
「ムニューチンを俺の家に連れていく。手を貸してくれ。」
「え?…ええ!了解よ!」
ウィドウは雑にカンダモンダの手を払い、ムニューチンに肩を貸していた。
カンダモンダは、払われた手のひらをベロベロと舐め、耳を擦り始めた。
「ほら、あなたも肩を貸しなさい!」
ウィドウに強く言われてカンダモンダは一瞬身体を硬直させたが、直ぐにムニューチンの脇に頭を突っ込んだ。
「すまんな…お前たち。」
ムタロウは瓦礫を払い、ぺトーマンの亡骸を引っ張り出した。
炭化した部位は引き上げた際に、砕け、粉となった。
四肢は無かった。
「いこう、ムニューチンさん。」
ムニューチンの身体ごとムタロウから背を向けた。
「ムタロウ。どっちを歩いたらいいか、指示して。」
ウィドウが振り返り、ムタロウに声を掛けた。
ムタロウは、亡骸を抱え上げながら、前を歩くウィドウとカンダモンダを見た。
「分かった…すまん。」
ウィドウは首を軽く振り、泣き笑いの表情をつくって答えた。
◇◇
ムニューチンの家の前の通りを北に進み、東西を走る通りとの交差点から、西に向かった。
通りの両端は診療所と薬屋が塀のように並び、足を引き摺った冒険者や、子供の手を引く母親が出入りしていた。
すれ違う者はムタロウ達の姿を横目で見ながら、黙って通り過ぎた。
十分に距離を取ってから振り返り、ムタロウ達を見てひそひそと話し合っていた。
さらに西へと進むと、市街地と郊外の境界を示す石柱が現れ、その先に牧草地が広がっていた。
牧草地はなだらかな坂が延々とつづき、ところどころ木々や藪がまとまっていた。
池は、粒子を反射して白く輝いていた。
坂は北へとつづき、登り切った先に古びた木造の家があった。
「あそこだ。」
ムタロウは指の代わりに顎を軽く前に出した。
ウィドウは目を細めながら顎の先を見ていた。
「あ~、あの家なんだ…人が住んでるのかなぁと思ったら、ムタロウの家だったんだ。」
ウィドウの声に促され、カンダモンダも木造の家を見た。
「いや~、結構遠いですね~…重い~。」
「…すまん。あと少しだ。」
「はいぃ~。」
鼻息を荒くしながら、カンダモンダは顔を上げた。
蛇行する道の先の家を見て、髭と舌をだらしなく垂らした。
◇◇
玄関の扉は、久方ぶりの主の帰宅に臍を曲げているかのように派手な悲鳴をあげ、家の中にムタロウ達が入れまいと抵抗した。
思わぬ反抗に苛立ち、ムタロウは扉を蹴り飛ばして強引に開けた。
「ちょっと、もう少し丁寧に…」
ウィドウは、ムタロウを窘めようとしたが、家屋内の風景に違和感を持ち、観察に意識を移した。
がらんとした広間には長椅子と食卓があった。
剣掛のラックが壁に据え付けられていた。
広間の各壁には扉があり、その先に部屋があるようだった。
天井に目をやると、屋根に大きな穴が開いていて、有り合わせの端材で雑に塞がれていた。
穴の周囲は、焼けたように黒く焦げていた。
ムタロウは正面の扉を開けたのち、ウィドウ達から引き継ぎ、ムニューチンを中へ引きずり込んだ。
部屋に入ると、床に堆積した埃が舞い上がり、粒となってふんわりと漂った。
粒は、生臭さとキノコの匂いが混じった不快な臭いを放っていた。
部屋の奥には、ベットが置かれていた。
ムタロウは窓を開け、換気を始めた。
「風呂に水を張るから、出来るまで、ここで横になって休め。」
「…申し訳ない。ムタロウ。」
消え入りそうな声でムニューチンはムタロウに礼を言うと、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。
ため込んだ埃が煙のように巻き上がり、ムニューチンは咳き込んだが、すぐに寝息を立て始めた。
「かわいそう。」
「…恐怖と絶望で気が張ってたのだろう。このまま寝かせておこう。」
ムタロウは、もう一度ムニューチンを見てから部屋を後にした。
カンダモンダはうらめしそうにベッドを見ていたが、ウィドウに引っ張られて部屋を出た。
◇◇
ムニューチンを休ませたムタロウは、食卓の椅子に腰を下ろした。
ウィドウ達もムタロウに倣った。
食卓には重苦しい空気が漂っていた。
ウィドウは落ち着きなく天井に目を向けている。
カンダモンダは瞬きを何度もし、目を細めている。
ムタロウは、腕を組み、黙り込んでいた。
しばらくして、息を吸い込み、顔を上げた。
「…少し話がしたい。」
「なに…かな?」
「ぺトーマンの身体にこれが刺さっていた…。」
ムタロウは食卓に真鍮の鋲を置いた。
鋲には天秤の図が刻まれていた。
ウィドウは鋲を手に取り、鋲をまじまじと見た。
「これは…豚の鼻?」
「…そうだ。」
ムタロウは腕を組みなおし、食卓に落とした。
「あの日、南カマグラ山脈に行く途中でこいつらに襲撃された時、俺はお前らのどちらかが標的かと思っていた。」
「…。」
「遺構で赤目の豚達とやり合った後、ウィドウ、お前はあそこの唯一いた人間を尋問すると言って、さっさと殺していたな。」
「あぁ…いやぁ~…。」
「俺は馬鹿だった。あれで俺は巻き込まれただけと思ってしまった…。」
ムタロウはムニューチンが休んでいる部屋に顔を向け、口をわずかに歪ませた。
「…俺のせいで、関係ないムニューチンを巻き込んでしまった…。」
「…。」
「「次はお前」とぺトーマンの遺体に刻まれていた。ふふ…あいつら狩人のつもりのようだ。」
ムタロウは手を組み、顔を隠すように深く俯いた。
肩が激しく上下し、手の甲に指が食い込んで出血した。
食卓が小刻みに震えだした。
目を細めてうとうとしていたカンダモンダの目が大きく見開き、黒目を大きくした。
「…ウィドウ。」
「は、はいっ。」
「俺は…王都に行くぞ。」
「え…?」
「豚の鼻は皆殺しだ…そして、赤目豚の首謀者も…だ。」
ムタロウは顔を上げた。
白目は、充血して真っ赤となり、邪悪な粒子を滲ませていた。
粒子を吸い込んだ瞬間、カンダモンダは身体を硬直させ、足元に水溜まりを作った。
ウィドウは息を止め、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ウィドウ、協力しろ。」
「は、はい。」
ウィドウはムタロウの邪気に押され、二の句を継げず、「はい」と言うだけだった。




