発現⑨
聖堂の空気は極めて緩いものであった。
採光窓から作られた粒子の道は、穏やかな黄色い光を放ち、道の中をちりちりとしたものが飛びまわっていた。
黄色い粒子を受けた乳白色の石は艶を、石の内部に閉じ込めた粒を反射させ瞬きを放っていた。
聖堂の壁に掛けられたインカクの宗教画は、穏やかな表情を称えていた。
カンダモンダは、インカクの下で、転がったり背伸びをしたり、爪を立てたりと、思い思いに動いていた。
ムタロウとウィドウは、壁に寄りかかりながらカンダモンダを見ていた。
「あれで調査しているつもりなのかな。」
「…俺の目から見ても遊んでいるようにしか見えん。」
「ですよね。」
「…まあ、依頼人のやることだから、俺たちが何か言う話ではないが。」
「そりゃ、そうですけど…。」
ウィドウは横目でムタロウを見た。
ムタロウは、懐から薬包紙を取り出し、黄色い粉を舌に乗せていた。
眉間に皺を寄せながら水筒の水を飲み干していた。
口角から漏れた水が顎を伝って首筋まで伝っていった。
ムタロウはぶるっと身体を震わせた。
「その薬、いっつも飲んでますけど、どこか悪いんですか?身体?」
ウィドウは怪訝な表情でムタロウの顔を覗き込んだ。
「…いや、大したことはない。」
ムタロウは懐の薬包紙を数え始めていた。
数え終わると、視線を宙に向け、暫く動かなかった。
「ムタロウ?どうしたの?」
「…あ、いや。」
「「あ、いや…」じゃないですよ。明らかに何か困っていますよね?その薬に関係していること?」
「…。」
「ムタロウ!」
ウィドウは正面に回り込み、ムタロウの目を見ていた。
ウィドウの目元が張りつめた。
ムタロウは思わずウィドウから視線を逸らしていた。
「…そうだ。薬が…なくなる。」
「大変じゃないですか!…どこが悪いの?」
「…それは。」
「…。」
「呪いだ…呪いを緩和させる薬なんだ。」
「…。」
「この仕事が終わったら、薬を取りに行く…しばらく、お前とは仕事は出来ない。」
「その薬はどこで手に入るの?」
ウィドウはムタロウの腕に手を置いた。
ムタロウは、ウィドウの手に視線をやり、息を飲み込んだ。
「…赤竜の砦だ。」
二人の間にある空気の動きが止まった。
ちりちりしたものも姿を消していた。
ウィドウはこめかみを二・三掻いて、息を吐いた。
「それはまた…遠いですね。」
「…ああ。」
ガリガリガリと、カンダモンダが壁に爪を立てる音がした。
カンダモンダが壁によじ登ろうとしていた。
「ほんと、猫だわ。」
「…。」
ムタロウとウィドウは、万歳して壁にしがみついているカンダモンダを見て、大きくため息をついていた。
◇◇
天頂は青一面にもかかわらず、急峻な地形に生える木々は枝と葉を使って青を拒んでいた。
木々の下の粒子は薄暗く、地にはびこる苔の発する湿気を吸い込み、肌を刺した。
苔は、人の足を滑らせ、剥き出しになった木の根は躓かせた。
人を拒む山であった。
白い線が木立の隙間を蛇のように縫い、粒子を散らしていた。
火線だった。
火線はしゅるしゅると風を切って飛んでいた。
白い線の先に、赤毛の少女が駆けていた。
少女の足は地に一切触れていなかった。
一歩前に出るたび、赤い円盤が浮かび、少女はそれを踏んでいた。
白い火線の背後には、深紅の髪と瞳を有した女が跳んでいた。
女も地には一切足をつけず、宙に浮いた赤い円盤を踏んで跳ねていた。
女の深紅の髪がぶわっと、扇状に広がった。
扇状に広がった髪は、団扇の骨のように髪一本一本が視認できた。
次に、栓が抜けるような乾いた音が無数に響いた。
髪は青白い火線へと変化し、少女へ一直線に飛んだ。
青白い火線は、木々を貫き、幹に穴を開けながら少女に襲い掛かっていた。
女は、笑みを浮かべながら、少女と火線を追った。
少女は、後方を振り返り、火線の位置を確認したのち、足の回転を早めた。
迫る木々の速度は増し、接触すればただでは済まなかった。
少女は目を大きく見開き、手を大きく振っていた。
前方の木々の残像が消え、天頂の青が広がった。
少女の下に広がっていた、落ち葉と苔と、木の根もなくなり、眼下には、はるか下方に沢が流れていた。
深い渓谷だった。
少女は円盤を強く踏み抜くと、そのまま身体を半身捩じった。
「囲ってください!」
少女の周りに水蟲がわらわらと現れ、球体となった。
球体が、少女の身体をすっぽりと包むと同時に、何本もの白と青白い火線が球体に刺さっていた。
「おっ!?」
女は目を吊り上げながら細めた。
「やるな!」
女は深紅の瞳を上下左右に動かしていた。
渓谷の石に火蟲が集まっていた。
渓谷の岩の隙間で生きながらえてきた木の幹に火蟲が集まっていた。
沢に火蟲が集まっていた。
轟音とともに、三方向から同時に火柱が上がり、火蟲の激流は女を飲み込んでいた。
「おもしろい。」
火蟲の激流の洗礼を受けた女は無事だった。
女は額をぬぐったのち、少女に目を向けた。
「あれま!」
女の目に映った少女は、火蟲で作られた網で身体を支えられながら、指先を女の額に向けていた。
鈍器で殴ったような音とともに衝撃で、女の頭が背中にめり込んだ。
「わっ・・私の勝ちですね。」
「ふふ、そうだな。」
火網に支えられているクゥーリィーの口元はうれしさを隠しきれていなかった。
クゥーリィーの頭からぱちぱちと生物が焼ける臭いを伴う煙が立ち上がっていた。
女は、クゥーリィーを怪訝な顔つきで見ていた。
「のう、クゥーリィーよ…熱くないのか?」
「あっ…熱い・・・。」
我に返った瞬間、火網を形成していた火蟲は散り散りになった。
「わっ・・・わっ・・・!」
水飛沫を上げながら岩と身体がぶつかる鈍く、嫌な音が響いた。
◇◇
「ばかじゃのう…」
「…。」
ラフェールはクゥーリィーの頭に手を翳していた。
背中から尻にかけて、網目の火傷跡が出来ていた。
「まあ、よい作戦だった。私でなければ、普通に勝っていたな。」
「いぇ…まだ、とっさの火蟲の温度調整が出来なくて。」
「わしがいなかったらお前さん、普通に死んでいたぞ。」
「はい…ごめんなさい。」
クゥーリィーの背中から火蟲が弱々しく零れ落ちた。
クゥーリィーの口元が波打っていた。
「まあ、そう意地悪を言うな。ラフェール、クゥーリィーの攻撃は見事だったぞ。」
「ムセリヌ。甘やかしすぎじゃ。温度調整に自信がないならば、地表付近で火網を展開すべきだったのじゃよ。」
「ま、そりゃそうだがな…。」
ムセリヌは、ふんと鼻息を飛ばし、心配そうな目をクゥーリィーに向けた。
「わしはそろそろムタロウの元に戻らんといかんのじゃよ…。」
「ん?なんでだ?」
「呪いを軽減する薬がそろそろ底が尽きる。わしが、あいつのところに行って薬を渡さなければならんのじゃ。」
「呪い?…、ああ!にょうどうの薬じゃな!」
「そうじゃ。今頃、あやつも焦っておるじゃろうからな。」
「それは丁度いい。私もムタロウの所に行くわ。」
「ええ?それはまたなぜじゃ?」
「あのバカ、またコンジロムを全力で振りやがってな。コンジロムの中の火蟲がほとんどおらん。」
「なんじゃ。あの火魔剣は永久じゃないのか?」
「普通に使えばな。しかし、あいつは加減を知らなさすぎる。ついこの間、コンジロムの中に火蟲を全部追い出す勢いで使いやがった…今のあいつの剣は、ただの剣だ。」
「なるほどのう。じゃあ、直ぐにノーブクロにいかんとな!もちろんお前さんがわしらを乗せてな。」
「ふん…ほんとお前は昔から…。」
ムセリヌは歯茎を出してにたついているラフェールを見ながら舌打ちした。
「まぁ、いい。乗せてやる。準備があるから明後日くらいでいいだろ?」
ラフェールの歯茎が全開となった。
ムセリヌは反射的にラフェールの口に手を押さえた。
「わしは構わんよ。クゥーリィーはどうじゃ?」
「えっ…あっ…私は…」
もじもじしたクゥーリィーの背中から火蟲が花火のように噴き出した。
火蟲がまともにラフェールの顔に直撃した。
「あっ・・・あち!熱い!!やめろ、このばか!」
ラフェールが両手をばたつかせながら、クゥーリィーの背中を引っ搔いていた。
ムセリヌは、二人を見ながら横に転がり大きな欠伸をしていた。
大変でした。




