発現⑧
遺構に降り注ぐ黄色い粒子は弱々しくなっていった。
周囲は橙から藍、そして黒へと変化し、遺構の内部と外界は一体化しはじめていた。
ムタロウ達は火を囲んでいた。
「ムタロウが焼き払っちゃったものだから、豚から何も取れなかったよ。」
「あの人間からは取れなかったのか?」
「調べたけど、何もなかったよ…なんなんだろうね?あの人?」
「…あの豚種はオーシマルで見たことがある。」
「ええ?」
「とある者から討伐を頼まれたが…。」
「…頼まれたが?」
ウィドウは、唾をのみ込んだ。
「それどころではないと断った。」
「そ、そうですか…。そこで断るんだ。」
ウィドウは頭を掻いた。
「そんなことに時間をかまけている訳にはいかなかったからな。」
「何がそんなに忙しかったんですか?」
ウィドウは、ムタロウの鼻先まで顔を寄せた。
ムタロウの鼻息がウィドウの前髪に当たり、かすかに揺れてた。
「…そのうちな。」
ムタロウはウィドウを素通りした。
ウィドウは頬膨らませ、口をへの字にしてムタロウをにらみつけていた。
◇◇
遺構入口から、黄色の粒子が注がれた。
一つになっていた外と内は、境界が敷かれていた。
ムタロウは目を擦りながら、周囲を見渡した。
視線はカンダモンダで止まった。
カンダモンダは四つん這いになっていた。
尻を持ち上げ、肩を伸ばしていた。
「何を見ているんですか?」
「…ああ、なんとなくな。」
「こっちは素通りのなのに、なんで猫には…。」
ウィドウはムタロウを背に、唇を動かしていた。
「おはようございます~。」
伸びを終えたカンダモンダが、「くあああ」と大口を開けながらやってきた。
「今日は、2階と3階の調査をしますよ~。」
「…分かった。」
「…わかりました。」
ムタロウはウィドウを見た。
視線に気付いたウィドウは、大袈裟に顔を横に向けた。
「…。」
ムタロウは、大きく息を吐き出し、ホール正面の階段へと進んだ。
◇◇
2階は、1階のような大広間はなく、多数の部屋で構成されていた。
扉を蹴っては内部を調査することの繰り返しだった。
扉を蹴破るたびにカンダモンダの尻尾が逆立り、耳を寝かせていた。
「…兵士の居住区だったようだな。」
「そんなかんじですね…質素というか、何にもない。」
「さっきの人や豚さんが使っていたみたいで、撤去したみたいですね~。」
カンダモンダの髭が重力に負けていた。
ウィドウはカンダモンダの顎の下を撫でていた。
カンダモンダは目を糸の様に細めた。
「…。」
ウィドウが勝ち誇った目でムタロウを見てきた。
ムタロウは大きく息を吐き出した。
◇◇
「何かありますね~。」
ムタロウとウィドウはカンダモンダのもとに駆け寄った。
2体の死体が転がっていた。
死体は腐敗が進み、染み出した液が床面に染みを作っていた。
赤紫に変色し一部骨が露出した二人の手は繋がれていた。
死体の周囲には干からびたフケノトウが散乱していた。
ウィドウは、2体の死体をじっと見ていた。
「…どうした?」
「この2人、どういう関係だったのかなって、手を繋いでいる事とフケノトウは多分関係あるよなって。」
「…あまり考えない方がいい。…そういうのは、疲れる。」
「そ、そうですよね。」
「じゃあ、3階行きましょう~。」
ムタロウ達は3階へ続く階段へ進んだ。
階段手前でウィドウは振り向き、前を向いていった。
◇◇
「おおおおおおお・・・・ん…」
カンダモンダが全身の毛を逆立てていた。
ムタロウとウィドウは、呆気に取られていた。
3階は聖堂だった。
側面には採光窓が設けられていた。
窓から建屋内にかけて、いくつもの路が床に注がれていた。
路には、ちりちりと光る粒が浮いていた。
中心には、乳白色の石が敷き詰められていた。
カンダモンダは飛び込み、ころころと転がり始めた。
「どうしたんですか?いったい?」
ウィドウが興奮しているカンダモンダに駆け寄り、頭を撫でながらなだめた。
「あ、す、すいませんです~。」
「いきなり狂いだすから、びっくりしましたよ。」
「も、申し訳ないです~…この神殿をみて、つい…。」
ムタロウがカンダモンダの傍らで膝をつけ、鼻筋を撫でた。
ウィドウの目は大きく見開いた。
「なぜ神殿を見てなんだ?」
「は、はい~。旧帝国の建築様式なのですが、聖堂を最上階に設けるんです~。」
「最上階に…だと?」
「はい~。それでこの遺構ですが、規模こそ控え目なんですが、様式はまさに帝国の様式そのもので~。」
「それで興奮しちゃったんですか?」
「はい~・・・。」
カンダモンダは申し訳なさそうに頭を掻いた。
頭を掻く度に耳が潰れ、ぴょこんと立った。
「それと、あれなんです~。」
カンダモンダが差した指先には、女性の宗教画が飾られていた。
「生の神、インカクの宗教画をこの目で初めて見ましたので~。」
「あれが…ですか。」
「はい~。まさしく、インカクです。」
◇◇
宗教画のインカクは、銀の糸の様に繊細な髪を持つ女神だった。
閉じた瞼から見せる睫毛は蛾の触角の様に長く、銀色に輝いていた。
微笑を浮かべた唇は鮮血の様に鮮やかであった。
整った目鼻立ちは、宗教画の中の神に相応しかった。
「綺麗な神様ですね…。」
「はい~。旧帝国ではインカクは、生の神であり、美の神でもあったのです~。」
「そうなんですねえ。」
「でも、この前もお伝えした通り、手癖が悪くて気に入った男がいると、すぐ手を出してしまって~。」
「それは…困りますね…。」
「…。」
「旧帝国が分裂した原因が、インカクが皇帝、王子、有力貴族をあらかた手を出してしまったのが原因らしいんです~。」
「うわぁ…それは…。」
「自業自得と言えばそうなんですが~、排斥を受けて治癒魔導士が減るとか、ほんと迷惑な話です~。」
「…ほんとですね。それは、ちょっと…。」
「…おれは、そんな話、初めて聞いたぞ…カンダモンダ、なぜおまえがそんなことを知っている?」
「それはですね~。」
カンダモンダは、肖像画に向けて指を指した。
差した先には、インカクの背後にかしずく猫種が描かれていた。
「あれ~私のご先祖さまなんです~。」
カンダモンダは照れ臭そうに耳を擦っていた。
肩を竦めて首がなくなっていた。
「ええ!そんな偉いの?カンダモンダさん!」
「そうなんです~。私の家は神官の家系なんですが~。なんにゃかんやで、資料ありまして~。」
「ただの猫かと思ってましたが…カンダモンダさんすごいんですね。家が!」
「家が、…は余計です~。」
二人のやり取りを他所に、ムタロウはインカクの宗教画をじっと見ていた。
手癖の悪い銀の髪を持った女神。
ムタロウは、焦点を外していた。
不意に首筋に手を寄せた。
うなじの産毛が総毛立っていた。
後半です。




