発現⑦
すいません
火魔剣コンジロムのひと振りにより、ホールは火蟲の奔流に溢れた。
火蟲の圧により、何者かに閉ざされた入口の扉は吹き飛んでいた。
外から流れるフケノトウの花と、生肉の焼ける臭いが混じった臭いは胃袋を大いに刺激した。
外からの粒子はホールに再び境界を作り上げた。
火蟲の残渣は境界など気にもせず、飛び回っていた。
「すごい臭いですね。」
目を閉じては涙を拭く動作を繰り返しながら、ウィドウがホールに出てきた。
粒子の境界面には紫のもやがかかっていた。
「焼けていますね~。」
鼻をひくひくさせながらカンダモンダも出てきた。
髭は前に広がり、口元から糸を引いた水滴がぶらぶらと垂れ下がっていた。
「猫だからって、食欲出しちゃだめですよ。」
「はい~…この臭いが…。」
ウィドウは懐から刺繍の入った布切れを取り出し、カンダモンダの口元を拭いた。
「…。」
ムタロウは、両膝を軽く曲げ、首を動かしていた。
死体は皆、拳を握り、膝と肘を曲げていて、死してなお、何かと対峙しているようだった。
「ムタロウ!」
「…なんだ?」
ウィドウが肩を怒らせ、大股でムタロウに近寄ってきた。
「こんな密室で、その魔剣を全開で使ったら、私たちもこうなっていましたよ!」
ウィドウは目を吊り上げて、剣を床に叩いた。
剣先は黒焦げとなった豚種に眉間を貫いていた。
乾いた音と砕ける音が足元から聞こえた。
「たまたま、あの扉が吹き飛んだから、火蟲が外に出ていきましたけど、吹き飛ばなければ、逆流です!」
ウィドウが更に一歩詰め寄った。
ムタロウは一歩あとずさった。
「…すまん。」
「えっ…、いや、いいですよ。分かれば。…そう、わかればいいんです。」
ウィドウは、背を向けると黒焦げとなった死体へと走り出し、一つ一つに丁寧に剣を突き立てていた。
二人の様子を見ていたカンダモンダの口元から水滴が糸を引きながら伸びていた。
◇◇
ウィドウが10体目の死体の眉間を剣で刺した時、境界の向こう側で呻き声が聞こえた。
「ムタロウ…なんかいる!」
ウィドウに呼ばれたムタロウは、周りを見渡しながら歩いてきた。
ムタロウは呻き声の発信元まで進んだ。
鈍い音がした。
雑な音とともにそれは、境界まで転がってきた。
転がってきたそれは、豚種ではなく、人間だった。
「人だね。」
「人ですね~。」
「なんだ、こいつは?」
「多分この人が先ほどの豚さんに指示していた人ですよ~。」
ウィドウから貰った布切れで顎を拭きながらカンダモンダが指摘した。
「何で分かる?」
「あの豚さんたちが、陣形組んで攻撃した時の声が、この人の声でした~。」
「そうか…。」
ムタロウは転がっている人をまじまじと見ていた。
両脚は火蟲の熱によって炭化していた。
頭髪もちりちりとなっていた。
顔は酷い火傷を負っていて、元の顔が分からなかった。
「あの豚種、賢かったというか、集団戦してきましたね。」
「豚種は馬鹿だからな。」
「どこかで、訓練した豚種を統率している組織があるとは聞いたことがあるけど…」
「…。」
「ムタロウ、私、ちょっとこの人と話をしてみますので、ムタロウは吹き飛んだ扉の周辺を見てくれません?」
「…なぜだ?」
「扉しまったでしょう?扉閉めた何者かが襲ってくるかもしれないから。」
「…分かった。」
ムタロウとカンダモンダは、遺構入口まで歩いて行った。
ウィドウは、ムタロウ達の姿が消えるまで彼らを見届けていた。
「さて…」
ウィドウは懐から青色の液体が入った小瓶を取り出した。
蓋を取り、床に落ちている人の顔に液体をかけ始めた。
顔からはしゅうしゅうと煙が発生し、人間の顔が形成されていった。
「やっぱりね。」
「お、お前は…」
「豚の鼻で襲ったり、ここで赤目衆を使うとか、色々やってくれますね。ジェル・ローショ。」
「…!」
「誰の指示ですか?矯正委員会?それとも、上司?」
「う…あ…」
ジェル・ローショの瞳孔は小さくなっていた。
口を大きくあけ、空気を吸い込もうと、喉を鳴らしていた。
「狙いは?…私?それともムタロウ?」
ジェル・ローショの左目から電蟲が漏れ出た。
首筋が細かく痙攣した。
「ムタロウさんの火蟲で、扉押さえていた豚さんたちは爆散していました~。」
扉の方から、カンダモンダの声が流れてきた。
ウィドウは、溜息をつきながら、右手を額に当てた。
「ま、仕方ないですね。どちらにしても…」
「ま、待って!!!」
ウィドウは立ち上がり、ムタロウの所へと歩いて行った。
「こっちもだめでした。こと切れちゃって。」
「ああ~それは残念でしたね~。」
「…。」
取り残されたジェル・ローショの目・鼻・耳・口からは白い煙が出ていた。
目と口からは蒸発音が漏れていた。
ウィドウは、振り返り、微笑を浮かべていた。
100回ですね。




