発現⑥
遺構は、フケノトウの群生地の先にひっそりと建っていた。
外壁は雨風で黒ずんでいた。
苔は泥緑の染みとなっていた。
フケノトウのドドメ色の花の絨毯が広がっていた。
生臭い臭いも広がっていた。
ムタロウ達は、遺構を眺めていた。
ムタロウは口を軽く開いていた。
「ここですか?カンダモンダさん?」
「はい~。これですね~。」
「なんか、臭いきついし、フケノトウの花が気持ち悪いし、いやだなあ…。」
「だめです~。」
カンダモンダは背を向け、右手でしきりに耳をこすっていた。
こする度に、耳がぴょんぴょん跳ねていた。
ウィドウはカンダモンダの耳を見ていた。
「…ムタロウのせいだ。」
ウィドウはムタロウの前を横切りながら、ぼそっと口にした。
「…。」
ムタロウはカンダモンダの隣に立った。
「あの中に、何か気配は感じるか?」
「はい~。なんかいるっぽいですが、それが何かはわからないですね~。」
「よし…行くか。」
「はい~。」
「ええ、いやだなあ…。」
「…行くぞ。」
跳ねる様に歩く者。
普段通り歩く者。
ドドメ色がない所を歩く者。
三人は、それぞれ遺構へと進んでいた。
◇◇
「思っていたより広いですね。」
ウィドウは天井を見上げた。
「誰か手入れしていますね~。」
カンダモンダは、膝をつき、石畳を見ていた。
扉が開閉する部位は艶を帯び、猫の輪郭が浮いていた。
「なんかいるとさっき言っていたが、魔獣ではないということか?」
「う~ん…そこがちょっとわからないんですよね~。」
「入ってすぐ、ホールなんですね。高いし、広い。」
ウィドゥは、突き当りまで走りだした。
電蟲の残光が尾を引き、静かに消えていった。
「通路ありますよ。どこから行きます?」
「通路は何個だ?」
「ええっと、正面に一つ、左右それぞれに3つですね。」
「他に分かったことは?」
「正面の通路の先には階段みたいなのが見えましたね。」
「左右の通路は?」
「真ん中の通路は階段があったかな・・・。」
「気配は?」
「そうですね…確かに、何かはいるんですけど…。」
「…よし、中央の階段に行こう…よいか?」
「全部まんべんなく廻れるならばどこでもいいです~。」
「行こう。」
ムタロウ達はホール正面の通路に向け進んだ。
背後から薄い粒子がホール内に注いでいた。
粒子はホール内に曖昧な境界を作っていた。
境界の向こう側は黒塗りだった。
空気は決して、薄い粒子に交わることはなかった。
「!」
鼓膜から首筋を這う不規則な音が動いた。
境界は消えた。
黒塗りになった。
つぅ・・と、金属音が響いた。
遅れて火蟲と電蟲が瞬き、ムタロウとウィドウが浮かび上がった。
カンダモンダはウィドウの背後に隠れた。
黒塗りの中から、赤く、丸い光が浮かんだ。
赤い丸が上下に揺れる度に、金属が擦れる音がざわめいた。
「なにか見えます?カンダモンダさん。」
ウィドウが首を動かし、カンダモンダを見た。
「でっかい盾を持った豚種に囲まれていますね~。」
「えぇ…何匹います?」
「うーん…たくさんですね~・・・あ、後ろに槍持った豚もいますよ~。」
「うわぁ…。」
ウィドウは口を半開きにして、吐き出す仕草をした。
「すぐ跳べ…早く跳べ!」
ムタロウの怒鳴り声が割り込んできた。
ウィドウとカンダモンダは上方へ飛び跳ねた。
二人が立っていた場所に向け臭気を伴う空気が押し寄せてきた。
続いて、金属同士がかち合う音が破裂した。
音の方向を見た。
盾を構えた豚がいた。
円陣を組んでいた。
そのまま突進し、空間を潰していた。
槍を構えた豚種と目が合った。
豚種はウィドウに槍を突いた。
ウィドウは目をつぶった。
前方で何かをはたく音がした。
目を開くとカンダモンダが槍をはたいていた。
「ありがとう!」
着地と同時にウィドウの全身から電蟲が噴き出した。
髪の毛は扇状に広がっていた。
ウィドウの背後の白黄の粒子がはじけ、ぱちぱちと音を立てて消えていった。
槍持ちの豚種の後頭部にウィドウの剣が刺さっていた。
宙を跳ねたムタロウは、空中で海老反りの体制をとった。
背中を槍が掠めていた。
海老反りの姿勢で着地したムタロウは尻餅をついた。
ムタロウは横に転がった。
槍と石畳の床が接触する音が響いた。
態勢を整えたムタロウは床を蹴った。
肉が切れる音と共に、豚種の喉笛に剣がめり込んでいた。
剣と肉の境界から泡が湧き出していた。
豚種の赤い目は光を失っていた。
反撃を受けた豚種は狼狽していた。
「ボウスイ!」
脳に刺さる高い声が響いた。
豚種は、紡錘陣形を取った。
先頭には槍を構えた豚種がいた。
槍の先にはムタロウがいた。
ムタロウは床を蹴って前へ進んだ。
槍の間合い寸前で前転し、ウィドウと接触した。
「あぶないです~。」
「どうします?ムタロウ?」
ウィドウの声は普段より高く、かすれていた。
「通路に走れ。」
「え、どうして?」
「いいから走れ!」
ムタロウの怒鳴り声が響いた。
カンダモンダの尻尾は倍の太さになった。
ウィドウはカンダモンダの手を引いた。
二人はホール横の通路へ走った。
二人を見届けた後、ムタロウも通路へと走った。
通路はすぐに突き当りだった。
左に曲がると行き止まりだった。
「逃げ道ないですよ!」
ウィドウの額に水玉が噴き出ていた。
カンダモンダの両耳は後ろに寝ていた。
「ああ、そこで待ってろ。」
ムタロウは突き当りに立った。
左肩を前にだした。
右足を2歩後ろに引いた。
ムタロウの鼻腔が大きく開いた。
ムタロウの胸が膨らんだ。
ムタロウの前に豚種が襲い掛かった。
黒みを帯びた赤い目だった。
捕食者そのものだった。
ムタロウの周囲が熱を帯びた。
口元は歪んでいた。
目尻は吊り上がっていた。
「じゃあな。豚。」
ムタロウはコンジロムを振った。
通路を埋め尽くす火蟲の束は豚種を飲み込んでいた。
断末魔の叫び声が一瞬、もれた。
蒸発音がもれた。
臭いは通路を満たした。
カンダモンダの鼻先は伸びていた。
「え、ここで、それ?」
ウィドウは目を大きく見開いていた。




