第3話「エロゲー生物」
季節は秋。
収穫の時期になった。
このころになると、各地に展開している兵士がこぞっていなくなる。
田舎に戻って家業を手伝うためだ。
結果としてトラブルが増え、常備兵のみなさんは昼も夜もないほど忙しい。
人が原因のトラブルについては、人類みな平等に忙しいので逆に減るのだが。
魔物はそうではない。
彼らは年中無休で暴れまわっている。
ダンジョンのモンスターが大繁殖するのはだいたいこの時期だ。
冒険者でさえ何割かは実家を手伝いに戻るため。
天敵のいなくなった魔物たちはこの世の春を謳歌してすくすくと育ち続ける。
増えて増えて増えまくる。
なにせ減らないのだ。
繁殖のスパンが短いモンスターはあふれ出てくるし。
それを食べて成長するモンスターもまた、肥え太って元気よく暴れている。
「えらいことになっているな」
現地に到着した僕はあきれ声でつぶやいた。
エニウェア侯爵領南部。
ハンジュークの村。
ここは本来、花とお日様の香りが漂う風光明美な土地のはずなのだが。
今は死臭がする。
死臭。
死臭。
死臭。
死臭だらけ。
糞尿と鉄さびと、そして腐肉のにおい。
村を覆う鉄柵の入り口付近一帯は、大量のゴブリンの死体で埋まっていた。
『うえええええ、なにこれ!?』
妖精さんが気持ち悪そうに死体を眺めている。
ぼくもびっくりだ。
報告では大発生したゴブリンに困っているということだったが。
すでに死んでいるらしい。
『てゆーかこれ、ゴブリンだけじゃないよね』
『人間もちょっといるな』
ゴブリンの肉は緑色が多い。
人間は新鮮なら赤かピンク色の肉片になる。
時間が経つと茶色からだんだん黒くなってくるわけだが。
死体に混じってちらほら服を来たままの人肉が転がっているのがわかる。
どうやらすでに一戦やらかした後だ。
人の死体は目ぼしいものが運ばれて回収困難なものだけが残っている。
まあ、葬式をするにも現物は必要だからな。
人が中に運ばれ。
後にはゴブリン肉と人のカケラだけが残ったと。
だいたいそんな感じか。
話を聞くためにハンジュークの村の村長宅に行くと、力なく説明してくれた。
「カルマムーンの森にいる精霊蝶々がゴブリンに襲われたのです。卵を産む前の最も栄養のある状態をやられました。精力を得たゴブリンはまたたく間に大繁殖し、もはや一個の軍勢を結成しつつあります」
「なるほど」
精霊蝶々の大繁殖。
それ自体は問題ない。
冬を越すために森で大量発生し、そこらで交尾をしまくって卵を森に落とす。
よくあることだ。
別に害虫ではないし、むしろその可憐な外見から愛されているのだが。
そこにゴブリンがからむと話が違ってくる。
『あー、そういえばあれだよ。ゴブリンって妖精の天敵なんだよ』
『そうなのか?』
『精霊蝶々ぐらいならこの規模ですむけどね。妖精を食べたゴブリンとか、もうゴブリンキングをポンポン生み出すレベルで繁殖するの。やばいよ』
『妖精はゴブリンの捕食対象ということか?』
『捕食ってゆーか、まあ、つまり、その、あれなわけ。捕まってなぶられると妖精化が解けて、受肉して女体化して繁殖モードになるの』
『ああ、なるほど』
エロゲー生物よろしく苗床になるわけか。
おもしろい情報だ。
ノエルはやらせてくれないし。
このさい香山美咲でもいいんじゃないかと心の声が聞こえる。
『僕でもできるか?』
『いや、答えるわけないし。てゆーかまじでやめてね。色々デメリットはあるけど、妖精はマスターを見限ることだってできるから』
なんと。
それは超困るぞ。
妖精さんがどれほど役に立つかというのは痛いほど知っている。
いなくなれば戦力半減、どころではない。
『信じてくれ美咲。僕は君を愛している』
『マスターの脳みそには本当に常識がつまっているのかどうか疑わしい』
妖精さんはすぱっと拒絶した。
うーむ。
これで振られるのは何度目になるだろうか。
この僕がわざわざ、ことあるごとにセクハラしてあげているのに。
なびく気配がない。
なんとも不思議な話だ。
「ということで」
村の被害状況について語り続けていた村長さんが、僕を見て言った。
「現状、この村の産業は壊滅状態です。出歩くのも難しいですし、仕事などとてもとても」
「わかった。治安回復のために兵を残しておこう。10名ほどでいいか?」
「できれば30名は」
「わかった。後は今年の税金だが」
「待ってください!」
話を聞いていたノエルがここで口をはさんだ。
「たった30名でどうなるとも思えません。まだゴブリンの残党はうようよいるのでしょう?」
「それはもちろん。森にはゴブリンがあふれ、ダンジョンは封鎖され、近隣の村からは人がいなくなって荒廃する一方です」
「ならば!」
「防御するだけならなんとかなるだろ。この村の防御力は高い」
僕が横やりを入れると、ノエルはきっと僕をにらみつける。
「それでは根本的な解決になりません! せっかく兵を500も連れてきたのです! 彼らを使って周辺の不安を一掃することが領主の務めではありませんか!」
それはまあ、その通りなのだが。
今回連れてきた500はそもそも村の治安回復のための兵ではない。
他の仕事を処理するためのものだ。
たかだか人口3000程度の村の救済に使うのはあまりにも大げさにすぎる。
しかし、と僕は考えた。
なるほど。
ノエルがそのように主張するのであれば、他者からもそのように見えるかも。
もう少し増員することも可能なのではないか?
手紙を書いて追加の兵を集めることも、この状況ならば決して不自然ではない。
瓢箪から駒というか。
ここで腰を据えて魔物退治をするのは、案外悪くない案であるのかもしれない。
ハンジュークの村は絶妙な場所にある。
物資の集積にちょうどいい。
ここで腰を据えて兵を集結させるというのも、まあ、ありといえばありか。
「いいだろう」
僕は決断を下した。
「村長よ。僕にまかせておけ。この周囲一帯の治安問題を全て解決してやろう」
「おおっ!」
「離れて行った村人を呼び戻せ。ウォーレンの名のもとに付近の魔物を討滅する」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
村長は目に涙を浮かべながら頭を下げ続けた。
金にならない仕事だが。
たまにはいいか。
僕はさっそく妖精さんと相談し、モンスターの討伐計画を立案した。




