第2話「120キロになりました」
ノエルは嬉しそうな表情で馬に乗っている。
ご機嫌だ。
放置プレイから解放されて気分がいいらしい。
僕と一緒だからさらに嬉しい……などと考えるのは希望的観測か。
ずっと屋敷にカンヅメだったのだ。
好感度にいっさい関わらず、開放感から気分はよくなるだろう。
僕がノエルでもそうなる。
特に彼女の場合、圧倒的にアウトドア派なわけだし。
ノエルは室内で空想して楽しむといった種類の感性を持っていない。
「そういえば」
「なんだ」
「ウォーレン様はやせましたね」
「うむ。現在120キロだ。もっと減量したいところだな」
つい最近、僕は馬に乗れるようになった。
馬車は卒業したのだ。
ウォーレン号は非常に健脚である。
おとなしいし。
一日に300キロを駆ける。
以前なら気持ち悪くなっていただろうが、今は体力がついたので平気だ。
「それ以上やせる気なのですか?」
「当然だろう。目標は70キロ前後だ」
「そこまでいくと戦闘に支障がでそうですが」
「体重が50キロ減ったところで戦闘時の質量は大差ない。魔力自体は増えたしな。むしろ緩急をつけやすい分、スピーディーな戦法も取ることができる」
パワーファイターを卒業して、技巧派のウォーレンになるのだ。
華麗な動きで戦うのだ。
女の子にモテモテになるのだ。
その姿を想像しようとして失敗したらしく、ノエルは顔をしかめた
「ウォーレン様が飛んだり跳ねたりして動くのは考えられません。違和感がものすごいです」
「今だけだ。いずれそれが普通になる」
「まあ、たしかにこのペースなら、来年の夏ぐらいまでには70キロを達成しそうですが」
「イケメンウォーレンの誕生だ。モテすぎて困ってしまうな」
「まずは痩せてからうたいましょう」
「わかっているとも」
120キロだからな。
まだ贅肉だらけ。
女の子から好ましいと思われる肉体には程遠い。
というかそれ以前。
太っている状態は不健康である。
人生を楽しむためには健康が必要なのだ。
知力も魅力も精神力も、まずは体力の充実あってこそついてくる。
ダメなダイエットの場合。
体重が落ちて体力も落ちるという意味不明な状況になるわけだが。
僕はそうではない。
脂肪分と砂糖さえ取らなければ勝手に体は痩せる。
人体というのはそういう風になっている。
以前のウォーレンは砂糖菓子や揚げ物を大量に取っていた。
生クリーム、ベーコン、ソーセージなどといった過酸化脂質も取りまくりだ。
これでは体を害する。
ただでさえ魔力を使えば血管は痛むというのに。
砂糖なんて論外。
炭水化物はでんぷんで取らないと、体力は弱っていく一方だ。
「まあ、僕はもともと健康体だからな。食事さえ改善すれば自然とやせる」
「そんな超理論ははじめて聞きますが」
「現にやせているだろう?」
「最近よく働いているようですから。そのせいなのではないかと」
「人は運動してもやせない。疲れるだけだ。体にたまった脂肪というのは血流がすみずみまでいきわたることで初めてエネルギーになる。動いてやせるのは一時的なものだ。継続的にやせるのならば食事を変えるしかない」
やせるというのは体内におけるエネルギーの変換効率を向上させることである。
運動でやせても動かなくなればすぐ戻る。
それでは意味がない。
野菜や果物、タンパク質、発酵食品、食物繊維、抗酸化物質などを毎日取る。
ひたすら取る。
ダイエットはそれだけでいい。
詰まっていた血管の中のゴミが徐々に掃除されて。
別に努力なんてしなくても、月日の経過と共にやせていく。
「ウォーレン様の理屈はむちゃくちゃです」
「僕は真実を口にしているのだが」
「そういうことにしておきましょう」
「むうう。人に説明するのは難しいものだな」
まあ、そりゃそうか。
言って信じるのならこの世にデブはいない。
病気で太っているというケースもあるわけだし。
生鮮食品を常に入手できるほど恵まれた人間自体、それほど多くはない。
コーヒー、ココア、鮮魚、茶、香辛料などは高価だ。
庶民には入手できない。
できたとしても毎日取ることは無理である。
一般になじみのない以上、ノエルに理解できないのは当然か。
そもそもノエルの場合。
ダイエットの必要がないのだ。
彼女は生まれつき魔力耐性が高く、スタイルは抜群にいい。
年を取ってからはわからないが。
少なくとも現状において、魅力はありすぎて困っているほどである。
ノエルはむしろ、自分の魅力を削ることに苦労するぐらいの立場だ。
その輝くような美貌があったから侯爵家の正室候補になれたとも言えるし。
なってしまったとも言える。
いくら僕が上級貴族だとしても。
年頃の女の子から好かれる外見でないことだけは一目瞭然だった。
「まあ、期待しているといい。いずれ抱いてくださいウォーレン様! などとおねだりする日が来るだろう」
「…………なにか勘違いしていらっしゃるようですが、私がウォーレン様を拒んでいるのはウォーレン様が嫌いだからではありません。単に淑女としての心がまえの話です」
「そういうことにしておこう」
「信じてもらえないかもしれませんが、私は私なりにウォーレン様のことは尊敬していますし感心もしています。お間違えなさらぬよう」
「ふーむ」
さすがにそれは信じられないが。
まあいいか。
いずれ結婚する関係にある以上、それは些細なことだ。
だから、まあ。
あともう少しぐらいなら、このままでもいいのかもしれない。




