第12話「基本は大切」
治水工事は特に問題もなく進んだ。
強いて言えば、旧支配者の奴隷さんが減りすぎたぐらいだろうか。
彼らは現場監督から丁寧にいじめられた。
神の加護があればもっと働けるだろう、などと殴る蹴るの暴行を受けた。
ボエボエ聖教の人からもいじめられた。
邪教とののしられて嫌がらせを受け、性的な奉仕さえ義務付けられた。
そんな働かせ方をしていると、土着宗教の皆さんは過労でばたばたと倒れた。
動けない体にムチを当てる。
さらに働け。
もっと働け。
労働が君を自由にする。
あっという間に目が死んでしまった奴隷たち。
気が付くと全滅寸前になっていた。
やりすぎはよくないな。
彼らは差別階級として、これからの村人の生活を健やかにしてもらわねば。
現状、治水工事はつつがなく進んでいる。
以前であれば治水工事の最中にトラブルがあったはずだ。
資材置き場には火がついたし、堤は切られて決壊も起こったという。
人工的なテロが日常だったわけだが。
指揮役の幹部たちが川に沈んだせいで、実行役だけでは何もできないのだろう。
反抗の気配はない。
あとはまかせていいか。
問題がなさそうだったので、僕は作業規模を拡張することにした。
どんどん人を集める。
農家の次男三男に呼びかける。
ゆたかな土地を持てると宣伝して都市部から難民を誘致する。
人が集まり、ドヤ街が生まれ、怪しい者たちが村にあふれ出した。
彼らを活用するための食料、資材、給金、仕事の整備など。
またたく間に金は飛んだが。
問題ない。
ウォーレン基金は潤沢だ。
本来ならば過年度にやるべきだったことを今やっているだけだし。
土着宗教のみなさんがためこんだ財があったので、支出も少なくて済んだ。
「なんだこの土地は」
「何もないじゃないか」
「こんな沼地を開墾するだなんて……だまされた。俺の未来は終わりだ」
庶民の意見はそんな感じである。
無理もない。
彼らは本当のことなど何もわからないのだ。
全世界で有数のうまい話に乗っていてなお、そのような意見が出る。
世の中に詐欺がはびこるのも道理である。
ものごとを判断するための最低限の知能さえ、庶民は持ち合わせていない。
「ウォーレン様、民からの怨嗟の声が聞こえます」
「捨て置け」
「せっかく割のいい仕事を与えているのです。もっと自分の幸福を自覚させるための宣伝を行うべきではないかと」
「金の無駄だ。そんなことをせずとも今回の場合、土地を手に入れて収穫に加われば不満はおのずと収まる。宣伝は人をだますために行うものであって、事業が誠実なら最低限でいい」
もちろん広告は打っているし、アピールもしているが。
人を増員して宣伝するなんて、あまりにもコストがかかりすぎる。
投資に対して回収が釣り合わない。
役所での宣伝と、諜報部による情報操作。
それで十分だ。
人気があるに越したことはないが、大金をかけてまでやるべきことではない。
庶民が上の悪口を言うのは本能だ。
上が間違っているから悪口を言うわけではない。
気持ちはわかる。
彼らは下等でみじめな存在だ。
文句を言うぐらいは許してやらないと、哀れすぎるではないか。
「では、現状維持で?」
「うむ」
「ウォーレン様が連れてきた兵の中にも、上官批判をする者がいるようですが」
「知っている。あいつらは処分する。準備しておけ」
「ははっ」
民間人からの批判はどうでもいい。
しかし、部下からのものは対応がまるで異なる。
ウォーレンはいままで極めて寛容だったため。
僕から給料をもらっているのに、僕を非難して平然とする者もたまにはいた。
彼らいわく、
「生贄が美人だなどという理由で儀式をねじまげるとはけしからん!」
「それが君主として正しい態度なのかどうか」
「情にほだされて統治のありかたを変えるとは。ウォーレン様の君主としての資質には疑問があるのではないか?」
と、そのような話が流れている。
悪いうわさだ。
とはいえ、出どころを探るのはたやすい。
すでに兵士たちの中には僕直属の密偵が入り込んでいる。
うわさの出どころは3人ほどの兵長だったため。
すぐに特定し。
僕の前に全員を連れてこさせた。
「さて、僕の悪評を口にしていたのはお前たちだな」
近衛や正規兵を並べて取り囲み、まずは今回の件について説明を与えてみた。
「生贄の儀式を変えさせたのは、治水の仕事をスムーズにするための方便だ。河川信仰を廃さねば農地の拡大はできん。あれは正しい措置だった。にもかかわらず、お前たちは浅い見識に基づいて上の方針を非難した。申し開きはあるか?」
釈明をさせてみると、彼らは胸を張ってこう言った。
「そのようなこと、事前に聞いていなければわかりません!」
「私は自身の良心に基づいて思うところを述べたまでです!」
「やましいところなどありませぬ!」
堂々とした態度である。
おそらく、彼らの脳内においてはそれでいいのだろう。
人の寛容を引き出すためには卑屈な姿を見せることはできない。
そう考えている。
ウォーレンは若くてバカだから潔く主張すれば通ると、だいたいそんな感じか。
我ながら舐められたものだ。
「わかった」
僕は近衛を見た。
「反省の弁があれば罪をそそぐ機会を与えてもよかったが、この上は是非もなし。拘束せよ」
近衛が近づいて動きを封じ込める。
彼らは慌てたように叫んだ。
「な、なんのつもりですか。忠言を放った部下を処刑するなど、君主たるもののすることではありませぬぞ!?」
無視して罪状を読み上げる。
「なんじ、名をバーナバス。自身の無能を悟ることもなく、いたずらに虚言を広めて場を乱した。その罪は死でしか償えぬ。首をはねよ」
剣がふるわれる。
首が飛ぶ。
広場が血でぬれた。
予想外のことは何も起こらなかったので、僕は処刑を続ける。
「次、ハイラム。その罪は同様。首をはねよ」
「わ、私は由緒正しい侯爵家の」
首が飛ぶ。
「次、ロト。その罪は同様」
「お、お待ちください! 私が間違っておりました! どうか反省の機会を!」
「首をはねよ」
全員の首が飛んだので、広場が静かになった。
ふん。
よく回る舌だったが。
さすがに胴体と離れてしまっては、さびしくて声も出せぬか。
僕は近衛を見る。
淡々とした様子で剣に付着した血を拭いていた。
うむ。
ようやく誠実な近衛になりつつあるようだ。
味方を殺すことにためらいがなくなった。
いい傾向と言える。
本来の近衛とはそうである。
彼らは味方を殺すのが第一の仕事なのだ。
敵と戦うのはあくまでもおまけであり、近衛の使い方の本質は督戦と言える。
憲兵の親玉みたいなのが近衛だ。
いずれは細分化して専門職を作るとしても。
今はこれでいい。
ドラマチックな組織運営なんていらない。
僕はこう見えて、けっこう基本を大切にする男なのだ。




