第10話「治水工事」
宗教結社の権威を下げるため、構成員を奴隷階級に落とすことにした。
用水路を引くにあたり、ヘルシイ周辺の村々から人をどんどんと集める。
まだ収穫の前だ。
民力には余裕がある。
僕たちは土着宗教が構えていたでかい屋敷を接収し、そこに拠点を据えた。
とりあえず暇な者が500人ほど集合する。
ぜんぜん足りないが。
まあいい。
おいおい集めて行こう。
ありあわせの人数を編成し、工事隊長を決めて部隊をいくつか作った。
かねてから作ってあった工事計画に従い、まずは地面を掘らせる。
掘らせる。
ひたすら地面を掘らせる。
それだけだ。
超絶単調な作業なので、体力さえあれば誰でもつとまる仕事だ。
しかし、作業員自体は頭筋だが。
彼らを使うためにはそれなりの知能が求められる。
全部任せて放り投げるわけにはいかない。
いろいろと準備がいる。
連れてきた文官や武官と相談し、僕は工事のひな型を作るためにがんばった。
カルラの連れてきた20人には治水のエキスパートが1人いる。
彼に工事計画を全委任。
3日ほどで最終的な完成図までを作成してくれた。
ヘルシイ村の近隣一帯を葉脈のように走る無数の用水路が書いてある。
うむ。
多少は臨機応変に修正するとしても、ひとまずはこの通りに掘り進めるだけか。
工員の募集をどんどん行い、エニウェア侯爵領の内外から広く人を集める。
はじまりの段階で来た人は運がいい。
今回の開拓事業は全世界で見ても屈指のやさしさを誇るものだ。
参加者には土地も与えられる。
使用人ではなく自分の力で生活したい者にとって、まずない機会と言っていい。
親戚や商人や文武の高官など。
コネのある者に向けて優先的に宣伝を打ったのだが。
バカ息子の妄言という可能性もあるので、多くは集まらなかった。
もったいない話だ。
これほどのもうけ話は10年に1度もない。
参加している者でさえそれを理解しておらず、時には非難さえ聞こえた。
作業員の多くは不満を抱えている。
彼らのほとんどは貧民だ。
無理やり上の命令で賦役を与えられ、苦しい作業を強制されている。
文句の種は尽きない。
いったいこのような工事になんの意味があるのかと、みんなが陰口をたたいた。
「ウォーレン様、あまり作業員からの評判がよくないようですが」
「捨て置け」
「彼らの多くは仕事の意味をわかっておりません。説明なされてはいかがかと」
「いらん。もちろん指揮役の者には教えるが、作業員に仕事の意味を理解する知能などない。命令したことだけやらせておけ」
この作業になんの意味があるかだって?
見ただけでわかるだろ。
世界でもこれほど開発しやすくて収穫に直結する仕事はまずない。
それでも文句が出るのだ。
仮に説明したとしても徒労に終わるだろう。
とはいえ、放置もよくない。
せっかく奴隷がいるのだ。
労働者たちの精神衛生のために、がんばってもらうとするか。
僕はひんぱんに炊き出しを行って作業員を慰安した。
嗜好品や遊女なども買い付けてばらまき政策をやった。
ついでに奴隷も集めた。
ちょうど先に滅ぼした土着宗教の関係者がたくさんいるのだ。
彼らを作業の先頭に立たせ、見せしめとして罵声を浴びせて酷使した。
「さっさと働け!」
「おそい!」
「その顔はなんだ! 反抗する気か! 反抗は死罪であるぞ!」
現場監督から怒声が浴びせられる。
つい先日までは地元の有力者であった宗教組織の構成員。
彼らは労働の心得さえないまま現場に放り込まれた。
激務を課すわけではない。
普通の作業員の半分程度の仕事を与えてさえ、彼らはもたなかった。
手の皮がやぶれ豆がつぶれて血だらけになる。
汗だくでボロボロのくたくただ。
疲労でへたり込む人間を抱き上げ、農民の前に立たせる。
そして殴らせる。
以前からうらみのある上官が落ちぶれて地にまみれたのだ。
一般人の皆さんは大喜びで彼らを殴りまくった。
「なんだそのへっぴり腰は!」
「しっかりせんか!」
「奴隷が息をするな! 目障りだぞ!」
もう、狂喜乱舞である。
下賤の民というのは上が落ちることを何よりも喜ぶのだ。
彼らは愉悦の表情で宗教関係者を殴った。
神をも恐れぬことだが。
もともと貧民に神を理解する知能などはない。
こちらで連れてきた新任の教会関係者の話をよく聞き、旧勢力をいじめ抜いた。
「いや、まったく。邪教徒というのはどうしようもないですなあ」
にやにや笑っているのは赴任してきたボエボエ聖教の司祭さんである。
土着宗教とは違う。
ボエボエ聖教は全世界レベルで広まっている宗教だ。
一般の宗教というのは武装兵力の保有がつきものなのであるが。
彼らは他の組織とは違って武装兵を制限しているので、支配者に愛されている。
「まったくだ。彼らが反抗してきたときは頼むぞ」
「お任せください。この土地の民を慰安するのは我らの使命でありますれば」
「何か問題があれば言ってくれ」
「でしたら、ウォーレン様の屋敷に捕らわれている教祖の養女などとお引き合わせ願えればと。まだ若くて美しいそうですし」
「ああ、そういえば美人だったな」
「未開の蛮族に対して説教を施すことも、私のつとめかと考えます」
司祭さんはわかりやすく下劣に笑っている。
説教。
説教ねえ。
まあいいけど。
現金を要求するよりは、わかりやすくていい。
民の慰撫をしてくれるのであれば教会を拡張して寄付もしてやろう。
僕が手配を約束すると、司祭さんは真摯な表情でこう言った。
「ところでウォーレン様。邪教集団を滅ぼしたのはつい先日とのことですが」
「その通りだ」
「残党を叩くことについては問題ないようですが、おそらく民から搾取した財産は各地に隠ぺいしてあるでしょう。構成員を拷問して聞き出すのをお勧めします」
「ほほう」
ずいぶん善良な助言だな。
なるほど。
ボエボエ聖教はおそろしく誠実なようだ。
ほんらいであれば捕虜の拷問については彼らがやるべきだろう。
魔女裁判とかなんとか理由をつけて。
旧支配者層の財産を尋問して聞き出すことは、ほとんどセオリーと言っていい。
しかし、必要ない。
僕には妖精さんがいるのだ。
妖精さんサーチを駆使して村の要所を巡り、隠し財産は全て抑えてある。
本来ならば見つけられないものも含めて。
旧支配者がためこんだ富は残らず回収したので、反攻の原資はないはずだ。
「忠告感謝する。司祭殿の心証は極めてよくなったぞ」
「ありがたき幸せ」
「しかし、こちらでもすでに手は打った。回収しきれなかった分については、見つけたらそちらで処分してくれてもいい」
「なんと!」
「本業を忘れては困るがな。あくまでも片手間でやれ。普段は民の慰撫に努めよ」
司祭さんは鼻息荒くハッスルしてうなずいた。
なまぐさいお人だな。
まあいいさ。
ボエボエ宗教が土地に根付いてくれれば、僕にとっても役に立つ。
宗教組織には税金がかからない。
どこの世界でもだいたいがそうである。
庶民はバカで貧しい。
現世では幸せにはなれないのだ。
彼らに対して来世での幸せを約束してくれるのは、宗教をおいて他にない。
宗教が世の中にはびこるのは必然だ。
規制してどうなるものではない。
毒のない宗教を選んで育てるのは支配者の義務みたいなものである。
勝手に生えるに任せると、ゲリラ兵の予備軍みたいなのができてしまう。
悪い宗教団体はテロや火付けや盗みを行う。
時には国を作る。
そうなってしまえば悲惨だ。
国家に対して公然と逆らうのであれば滅ぼす以外に選択肢はまったくない。
治安は乱れに乱れるだろうし、国力だって落ちるだろう。
ボエボエ聖教はまだましな宗教である。
彼らは軍を最低限しか持たない。
神父やシスターは刃物の所有を禁じられているし、庶民の教育だってこなす。
文化の発展に寄与する。
国を豊かにしてくれるありがたい存在と言える。
よっぽど極まった無神論者でもなければ、率先して保護するだろう。
それぐらい有用な組織だ。
もちろん、別に彼らから利益を徴収できるわけではないが。
別にいい。
それでもいい。
ようするに宗教にはまるタイプの精神構造を持った人を吸い取ってくれるのだ。
結局のところ、神を信じる人間はなくならない。
彼らが道を外れないように教えを説く人間は絶対に必要だ。
孤独に耐えられるほど強い人間なんて、そうはいない。
ボエボエ聖教に任せておけば、土着宗教が抜けた穴は埋まるだろう。
僕はひとまずそれでよしとして。
次の仕事場へと向かった。




