第8話「人も投げられた」
儀式の日になった。
川へと突き出した崖に500名ほどの人間がずらりと並んでいる。
村長と神官と巫女、村人と兵士たちだ。
不幸なマリさんを見て楽しみたい。
そういう目的で集まったギャラリーなので、みんなわくわくとしている。
彼らの身なりは貧しい。
土地は豊かなのだが。
領主と土着宗教が二重に税を取っているので、負担が重たいのだ。
似たような村の平均と比べても豊かさは2分の1。
呪われた民衆と言える。
そりゃー、儀式でたまのガス抜きでもしなければ暴発するというものだろう。
「それでは、生贄をここへ!」
太った大巫女が叫んだ。
マリさんが連れられてくる。
堂々としたものだ。
手を引いて歩いているのがカルラとその護衛のため、目立って仕方がない。
どよめきが走った。
そりゃそうだ。
天上人ともいうべき公爵家の跡取りなわけだし。
カルラは金ぴかの鎧を仕立てた護衛を5人ほどはべらせている。
魔力も圧迫感を感じるほどに強い。
マリが舞台に立った。
音楽に合わせて踊りを披露し、祝詞をあげて神に祈る。
後はその身を川にささげるだけ。
というところへ進んだので。
僕は待ったをかけた。
「ちょっといいか?」
ずかずかと舞台に上がり、マリの傍によって彼女の腕を取った。
周囲の視線が集まる。
いったい何ごとか。
そのように無言で問いかけられたので、僕は最前列にいる巫女頭に向けて言う。
「大巫女よ」
「ははっ」
「この娘のことだが、少し生贄にするには問題があるのではないか?」
「と、申されますと?」
「神秘性が足りないように思える」
「そのようなことは……」
「あるのだ。彼女が生贄では川の神に対して申し訳がない。ということで、お前は川の神のところへ行って交渉をしてきてくれ」
「こ、交渉とは?」
「他の子を選ぶゆえに、少し待ってもらうように頼むのだ」
ぽかん、としている大巫女に向けて、僕は指をさした。
「やれ」
「ははっ」
またたくまに僕の近衛が駆け寄り、巫女頭を担ぎ上げた。
止めるほどの間もなかった。
太った体を持ち上げられた老婆は舞台へと運搬され、そして、空を飛んだ。
「わっ」
舞台から川の水面までの高度は10メートル弱というところ。
大巫女は弧を描いて落ちた。
川ぽちゃだ。
岸から5メートルほどの地点に投げ込まれ、そのままあがき、沈んだ。
痛いほどの沈黙が場を貫く。
何が起こったのか。
誰もいまだに理解できていない。
1分ほどの静寂。
さすがに、多くの者は思考力を取り戻しつつあった。
特に儀式の責任のある者たち。
土着宗教をまとめる神官や教祖などは、顔色を変えて僕に詰め寄ってくる。
「ウォーレン様!」
「どうした?」
「このようなこと、許されませんぞ!」
「ううん? 何か問題が……ああそうか、そういうことか!」
相手に発言を続けるゆとりを与えずに、僕は手を打って話を進めた。
「僕としたことが。大切なことを忘れていた。巫女頭一人を送って、供回りの者をつけないとは!」
これはしたり、失敗だ、あっはっはっ、と僕はひとしきり爆笑し。
そのまま指を向けて、
「やれ」
と一言、近衛に向けて命令した。
神官は空を飛んだ。
「ひっ!?」
僕に詰め寄っていた教祖がガタガタと震えている。
視線を向けると反転して逃げようとした。
しかしだめだ。
近衛が取り囲んで離さない。
舞台に引き上げられた教祖は近衛に担がれて運ばれ、そして空を飛んだ。
「や、やめろ! やめてくれ! うわあああああああああああ!?」
今度は恐怖を知るための暇があったらしい。
叫ぶ余裕がある者。
叫ぶ暇もない者。
どちらが幸せなのだろうか。
生贄の儀式というのは深遠な哲学を僕に投げかけてくる。
さて。
これでひとまず、彼らは川の神へと交渉に向かったわけだ。
あとは待つだけか。
何を待つかって?
もちろん、彼らの帰りを待つのだ。
無駄だとわかってはいるが。
それでも。
きっと。
儀式とはそういうものだろう。




