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第4話「シュレーディンガーの処女」

 だるい。

 テンションが下がる。

 巫女さんとつないでいた手はすでに放り投げた。

 だって処女じゃないし。

 むしろ手をつなぐのなら金を払えと言いたいぐらいである。


 手を離された巫女さんは不思議そうな顔をしていたが。

 何も言わずに僕の後ろを歩くようになった。

 それでいい。

 よく教育されている。

 目上の人間の求めるところを察知するのは、奴隷の必須スキルだ。


 ビッチ巫女のことはそれでいいとして。

 今はこいつだ。

 僕は夜道を歩きながら妖精さんをにらみつけた。


『おい、余計なことを言うな。処女かどうかなどという情報を僕は求めてはいない』

『え、だって君、処女とか超好きなのでは?』

『もちろんそうだ。僕は処女以外の女に興味はない。しかし、そんな情報を人から聞こうとは思わない』


 首をかしげる妖精さん。

 どうやら僕の言葉の意味がわからないらしい。

 まあそうか。

 自慢ではないが、僕はかなり頑固な処女厨である。

 妖精さんの視点からすれば、処女か否かという情報は重要に思えるだろう。


『妖精の処女鑑定はほぼ確実なんですけど?』

『なおさら悪い。僕は処女が好きだが、事実として処女であることまでは求めない。本人がそう言うのならそれで十分なのだ』

『どういうこと?』

『仮に非処女だとしても、相手が処女だと信じてやるのが男の作法だということだ。その愚かさを笑うのは女同士でやれ。面と向かってバカにされるのは不愉快きわまるし、それは男に向けて口にする言葉ではない』


 僕は次のように説明した。


 未婚の女の子には常に、処女である可能性と処女でない可能性とが存在する。

 処女かそうでないか。

 それを判断するのに証拠なんていらない。

 本人が処女であると申告する限りにおいて、僕は全面的にそれを信頼する。


 少なくとも処女であると言うのなら、貞淑であろうという努力はしているのだ。

 僕はそれだけでいい。

 人の証言など聞きたくもない。

 非処女だという噂を聞いたら萎えてしまう。

 それは不愉快なことだ。


 未婚の女の子には処女と非処女という二つの可能性がある。

 それは本人の口から証言されたときにのみ、はじめて僕の中で確定する。

 僕はこの概念について『シュレーディンガーの処女』と名付けることにした。

 処女は大好きだが。

 少なくとも本人が処女だと断言するのであれば、僕はそれを信じる。


 僕がこの世で最も軽蔑しているのは自称非処女だ。

 事実かどうかではない。

 他の男に抱かれたことがあってなお、僕からの愛情を得られると信じる女。

 過去の男性経験についてぺらぺらと口にする女。

 非処女である自分を許されたいのだろうか。

 ばかばかしい。

 他の男に抱かれたことを公言する女になんて、なんの興味もわかない。


 いや、もちろん交友の相手としてはぜんぜん問題ないが。

 恋愛対象としては異なる。

 どれだけ美人であっても非処女など、道端の石ころにも劣る存在だった。


『処女でない、というのは人への中傷だ。僕にとってはな。それを僕に伝えるのはお前自身の信用をなくすことにつながる。二度とするな』

『……わかった』

『ならばよし』

『それはともかく、シュレーディンガーの処女は盛大にすべってると思う。芸人としては反省するべき』

『うるさいだまれ』


 誰が芸人だ。

 妖精さんは本当に余計なことしか言わないな。

 まあいい。

 彼女は役に立つ。

 索敵とお宝サーチで嘘を言わないのであれば、大目に見るとしよう。



「いらっしゃーい」


 家に着くと、カルラが出迎えてくれた。


「ここは僕の家だ」

「ええー。レンの家じゃないでしょうに。借りてるだけでしょうに」

「僕の領地の中なんだから、僕の家で間違いはない。たしかにカルラの仮宿としてはグレードが足りないが」

「別にそんなのは求めませんよ。もっとひどい条件で寝たこともあります」


 そこで言葉を切って、カルラはまじまじと僕の後ろを見た。


「そっちが生贄さんですか」

「ああ。おい、自己紹介をしろ」

「マリと申します。よろしくお願いいたします」


 緊張で震える巫女さん。

 粛清公女カルラの悪名はほんとうに広まっているな。

 こんな田舎娘にまで恐れられるとか。

 すげえ。

 まあ、過去が過去なので、わからなくもないのだが。


 そもそも、巫女さんからすれば僕の夜伽の相手でもするつもりだったのだ。

 それが何故か知らない女貴族と対面することになった。

 驚きもするだろう。

 どのようにふるまえばいいのか、まったく理解できないということか。


「ああ、そんなに緊張しなくていいですよ。夜は長いですし。儀式の前に、ちょっと遊びましょうってだけの話です」

「あ、遊ぶとは?」

「ボードゲームとか。私の領地で流行っている人生ゲームがあります。かりそめの夜の夢としては妥当でしょう」


 明後日死ぬという人間に人生ゲームとは。

 皮肉が効いているというべきか。

 まあ、今から3Pですとか言われるよりはましだな。

 3PのPはpersonのPらしいが。

 とすると、魔族ハーフ相手の場合は2.5Pとでも言うべきか。


 個人的にはうまいこと言えそうなので話題にしたかったが。

 女二人への評判は悪いだろう。

 沈黙は金。

 黙っているに限る。

 僕はもくもくと準備を進めるカルラを見ながら、ずずずと茶をすすった。


 テーブルの上に巨大な人生地図が置かれる。

 ダイスは硬玉(ヒスイ)。

 駒は青玉(サファイア)。

 チップはゴールド(金)とのことだ。

 無駄に金がかかりすぎである。

 カルラが仲間たちと遊ぶためだけに作った特注品であるらしい。


 場合によっては戦場に持ち込まれ、賞品としてチップが大量に飛ぶこともある。

 壮大な人生ゲームだ。

 ここでの勝敗は現実の勝ち負けに直結する。

 勝った分のチップを売りさばけば何年か遊んで暮らすこともできるだろう。

 放埓なカルラらしい悪趣味な遊戯だった。


「さあ、人生をはじめましょう!」


 やたらと気宇壮大な掛け声を入れたカルラに促されて、僕たちは駒を選んだ。

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