第1話「バレンティーンにおまかせ」
ひとまず、文官のトップ5人に追加の仕事を指示する。
あくまでも指示しただけ。
やってくれるかどうかはまた別のことだ。
無理かも。
無理だろうな。
しょせんは借り物の部下だし。
彼らは自分の判断で仕事をしてしまうため、上の指示は受け付けない。
将来的には全員を解雇するとしても。
今は使うしかないか。
彼らを解雇してかわりを起用する、というほど、ウォーレンは人を知らない。
まあ、当面の問題はそれでいいとして。
足元を固めねば。
僕の指示に従って動く忠実な手足を作る必要がある。
まずは素材集めからだ。
若くて優秀な者を探すことにしよう。
地位が足りないから大きな仕事はできないが。
何を任せても知恵と体力と情熱とでそれなりにこなしてしまう。
そういう人間だ。
若くて優秀な者はどこにでもいる。
仕事はできる。
しかし活躍はできない。
能力だけあったとしても無意味だ。
金と権限を与えて「やれ」と命じなければ、彼らは何もできない。
組織社会においては壮絶極まりない足の引っ張り合いが起こる。
同僚を友達だと思っている人間は特にそうだ。
友達とは対等なもの。
決して一人だけ突出することのないもの。
優秀な人間だけが昇進するなんて許されない。
そういう不公平感や嫉妬から、出る杭はガンガン打たれるのだ。
仕事とはチームプレイである。
仲間に足を引っ張られながら働くことは難しい。
なので、えこひいきをする。
あの子は君たちとは違うんです、と、上司の権威をもって断言する。
それでようやく優秀な人間が生きる。
まわりの目を気にすることなく活躍することができる。
彼らを活用するためには、上から引き上げて保護してやるしかない。
上司の役割は優秀な者を引き上げることである。
出る杭を引き抜いて飾り付ける。
金と権力を与える。
そうしなければ無力だ。
どれだけ才能があっても、金と権力とがなければ何の活躍もできない。
まあ、活躍させすぎると上司を裏切るので、多少の調整は必要だが。
「バレンティーン」
「はい」
「各地から人を呼べ。使える文官を推挙させるのだ」
「はい。わかりました」
面接に次ぐ面接を行い、僕はどしどしと人を集めた。
推挙には本来、責任が発生する。
クラスの学級委員を選ぶようなお気楽なものではない。
推薦された者が失敗を犯したら推薦した者にも厳しい処罰がある。
最悪の場合は死罪だ。
国を裏切って他国に走りでもしたら、推薦者も連座で首が飛ぶ。
そういう風になっている。
しかし、今はぜんぜん人がいない時期なので。
最大でも謹慎程度の罰にとどめると明言しておいた。
その結果。
またたく間に人が集まり。
100人程度の文官集団が簡単に結成された。
「お前たちは見習いだ」
僕は勘違いしないように、全員を一堂に集めて解説した。
「これから上げた功績によって、正式に使うかを決める。チャンスは多くあるが、淘汰される機会も他よりは多いだろう。激務に耐えられないと考えるものは去るがいい。止めはしない」
一人も抜けなかったので、僕はひとまずそれでよしとすることにした。
「バレンティーン」
「はい」
「やつらに仕事を割り振れ」
「はい。わかりました」
開墾、治水、治安維持、商業振興、税制、道路整備、港湾整備、法整備など。
かねてから問題となっていた案件に着手させる。
幸い予算はある。
ウォーレン基金はものすごく潤沢だ。
逆に言えば今まで何もしてこなかったということで、褒められた話ではないが。
第一第二第三志望までを書かせて。
適当に分配。
あとはランダム配置だ。
ぶっちゃけ全員ランダムでも問題ない。
それまで培ってきた得意分野を生かせるというのなら、まあ、それはそれで。
「こんにちはー」
しばらくすると、カルラとノエルとがやってきた。
彼女たちだけではない。
もちろん部下もいっしょだ。
ノエルが連れてきたのは3人程度だが。
カルラのほうは約束通り。
20人ほどの文官武官を引き連れて、僕の領地に来てくれた。
ノエルについては放置しておいていい。
歓迎してプレゼントを贈って一番いい家をあてがい、観光でもさせておく。
重要なのはカルラだ。
彼女が連れてきた20人は公爵家1億人を代表する人材である。
もちろんトップ20なんてことはありえないが、相当に期待していい。
「さっそくなんですけど、部下の紹介をしてもいいですか?」
「助かる。歓迎会については後日行おう」
「おかまいなく」
仕事については淡泊なカルラは僕に紙の束を渡し、指さして説明した。
「それ、武官文官のリストです。連れてきた人の得意分野がまとめてあります」
「ありがたい」
「待遇としては、それなりのものを求めます」
「わかっている。給料は弾むし、部下にも周知させる。不満があればその都度言ってもらえれば対応する」
「よろしくお願いしますね」
なにせ、大貴族間における親善交流のための人材なのである。
無碍な扱いはできない。
ちょうど仕事がたまっている時期でもあるし。
何人か部下をつけて、おのおの好きなように活躍してもらうとしよう。
技術顧問や軍事顧問として何人か割り振って。
残りは仕事を頼む。
集めた文官を預けて活用してもらおう。
ついでに護衛を1人2人つけて、監視をさせておくか。
さて。
簡単な仕事はそれでいいとして。
問題は難しい仕事だ。
政治と軍事がセットになったような案件については、僕自身がやるしかない。
「カルラ、さっそくだが、僕はヘルシイの村に行く。観光していてもいいが、よければついてくるか」
「何をするのです?」
「治水の仕事だ。少しめんどうな場所でな。代理領主の権限では手が出せなかったらしい」
「そうですね……せっかく来たのですから、レンといっしょがいいです」
そういうことになった。




