第2話「開発しやすい土地」
開墾と一口にいっても、それが可能な場所は限られる。
たとえば山のただ中。
森を切り開いて岩を砕いて谷を埋める。
そういうことはできない。
いや、やろうと思えばできるが、あまりにも効率が悪すぎる。
耕作に適した場所でなければ労力は100倍になるし。
山の奥深くに畑だけ作っても、人が住み着いてくれなければ意味がない。
田畑を作れるのは平地で地面が柔らかく、土が肥えている場所。
できれば街道の近く。
水資源がたっぷりとあればなおよし。
欲を言えば街がすぐそばにあって、必要な物資を調達できれば最高だ。
いまから行くヘルシイの村。
その中を流れるグリムノートの河川に連なる、広大な沼沢地。
それは世にも珍しく。
開墾のための厳しい条件を、全て満たした場所なのだ。
「妙ですね」
「何が?」
「何がって、見た目からしておかしいではないですか」
馬車の御者台に座っているカルラは道横の沼地を指さした。
何もない。
ただの湿地帯だ。
特筆すべきものは本当に何もない。
いや、この場合はつまり、あるべきものがないと言うべきなのだろうが。
「どーして田んぼがないのです? この一帯はエニウェア侯爵領有数の穀倉地帯のはずなのでは?」
「気候ではそうなんだがな。用水路がないから水が引けないのだ」
治水が雑だから定期的に氾濫するし。
管理もてきとう。
もっと上流の村には貯水池がたくさんあるのだが。
ここ一帯は水の便が悪くて作物が育てにくい。
「なぜこの状態のまま解決されていないのです?」
「そりゃ、放置されてたんだろう」
「ちょっとのんきすぎません? 下水はともかく、川の傍の湿地に用水路が引かれてないってのは異常だと思いますけれど」
「だいぶ昔の話になるが……このへんには強力なドラゴンが住んでいてな」
ヘルシイ村のドラゴン。
その姿は雄大にして強力無比。
青い目。
青い皮膚。
1キロ先から見ても震えが走るほどの魔力を持った怪物。
その竜が縄張りとしてここ一帯を支配していたので、何もできなかったのだ。
「それで?」
「暴虐の限りを尽くしていたブルードラゴンも、100年ほど前に紅眼族の英雄によって退治された。カルラもやっただろ?」
「私がやった竜はそこまで大物ではありません」
「まあ、100年前のドラゴンだって大物ではないだろうさ。老いさらばえていただろうし、英雄ってのも眉唾な話だ」
ドラゴンは強い。
全盛期ドラゴンは超強い。
戦うのは誰にとっても命がけになる。
カルラでも嫌がるのだ。
公爵家の精鋭が戦いたがらないほどの竜を、英雄が倒せたかどうかは疑わしい。
だから。
たぶんその竜は弱っていたのだろう。
老いていた。
いくらドラゴンが長命でも、500年もたてば老いて死ぬ。
ラスト100年ぐらいは民間人でも倒せるようになる。
英雄だらけのパーティーならば全盛期ドラゴンだって倒せるかもしれないが。
個人で倒せるのは死にかけの老竜ぐらいだ。
もしくは若い竜。
生粋ドラゴンではない魔物ハーフのドラゴンであれば、たぶん僕でも倒せる。
「ともかくドラゴンは退治され、その褒美として、英雄はこの付近一帯の領地を与えられて開発を命じられた」
「ドラマチックな話です」
「ところが」
その英雄はドラゴン戦の傷がたたったのか、すぐに死亡してしまい。
領地をまとめるために、その英雄の息子が土着宗教の教祖の娘と結婚した。
英雄の息子はただの人。
他に選択肢はなかったのかもしれないが。
領地の開発をしろという命令は、土着宗教の教義との間で揺れ動いた。
この一帯は川の氾濫が多い。
洪水なんて日常だ。
自然、民間の間では河川信仰が発達する。
氾濫は神の御業。
それを鎮めるためには生贄を毎年ささげればよく。
治水工事は川への冒涜であり。
放置することが神の御心に通じると、そういう教義があるらしい。
結果として領主が宗教を後押しして、生贄の儀式を継続させ。
治水は禁止。
そのせいで耕地の開発がままならなくなって。
収穫量の少なさから、領主はバシッと改易。
取り上げられた領地は僕に与えられた。
しかし領地運営に関心のなかったウォーレンはえんえんと放置を続け。
代理領主の権限では何もできないわけで。
治水工事も妨害されてしまい。
土着宗教がはびこっていたせいで開発も進まなかったと。
つまりはそういう話だ。
「生贄というのは領主が決めるべきですよ?」
「まったくその通りだな」
「民間人が勝手に生贄に決めるなど許されません。それは支配者の仕事です」
「僕も同感だ。誰を逮捕して豚箱に入れて処刑するか。それを決めるのは貴族でなければならない。その権利を独占することで人心が掌握できる」
民間でやっている生贄の儀式を中止させることは、領主の仕事の一つだ。
庶民が悪人を見つけて私刑とか。
やくざが治安維持を担うとか。
それは禁忌である。
重要度が低ければお目こぼしがあるというだけで。
罪を犯したものどもには罰を与えねばならない。
ということで、僕は近衛と軍の一部を引き抜いてヘルシイの村に入った。
総勢200名。
やる気満々である。
治水の仕事に兵を連れてきているあたりに本音がうかがえる。
とはいえ、そこはおろかな村人さんのこと。
僕の護衛という名目で連れてきたので、村人との衝突は起きなかった。
「自分の立場がわかっていないようですね」
「まあ、田舎の村長なんてそんなもんだろう」
わかったところで意味がないとはいえ。
領主の仕事を妨害し続けたのだ。
むくいは必ずある。
なんなら村人を率いて対決姿勢を見せてもいいぐらい。
もちろんそれをやっても勝ち目はないのだが。
自分がいつまでも安全だと思うのは、あまりにも増長が過ぎる。
僕は村の広場にキャンプを作って兵を休養させ。
適当に空き家を何件か借り受けて。
生贄の儀式をやめさせるために、さっそく村長に会いにいくことにした。




