第9話「自分でやるか」
翌日。
よく晴れた夏の日だった。
僕は屋敷前の広場に近衛全員を集め、そのただ中で彼らに弁明をさせた。
「さて、お前たちは確か、僕の器に疑問があるなどと言っていたな?」
「そ、それは、我々が愚かでした!」
「もしかしたら、僕の部下にもそういう者がいるかもしれん。僕の近衛であることに不満があるものは挙手をせよ。彼らと交換することを考える」
僕は周囲の近衛兵を見渡した。
誰も手を上げない。
まあ、さすがにこの場で手を挙げるやつは解雇するしかないが。
全員が元近衛兵に対して白い目を向けている。
ひとまず問題はないか。
「ふうむ。誰も立候補しないなら、近衛の席は空かないことになるな」
「そんな!? ウォーレン様!」
「残念だが、お前たちを雇う余裕はないようだ。今後は一般の軍人か民間人として生きていくがいい」
「お願いです! どうか慈悲を! お慈悲を!」
近づこうとした男があっさりと近衛に止められる。
僕が合図をすると、バシバシと顔を殴りつけて教育してくれた。
うむ。
いいじゃないか。
短い期間ではあったが、主の意図を汲んで動けるぐらいには学習したらしい。
「お前たちはどうやら、僕の部下としてふさわしくないようだ。再雇用はしない。今後は自らの才覚で生きるといい」
「ウォーレン様!」
「話は以上である。近衛たちに命ずる。今後、彼らが僕の近くに現れたら、不審者とみなして拘束せよ」
近衛が剣を抜いてにらみつけたので、彼らはあわてて退散した。
ちっ。
せっかくなら一人二人死んでくれればいいのに。
そうすれば見せしめになったし、近衛の誠実さも上がったはずなのだが。
まあいいか。
「ウォーレン様、よろしかったのですか?」
「何がだ?」
「その、近衛が10人ほども一度に抜けるというのは、一般的には大事件なので。再雇用して少しずつ矯正するという手もあったかと」
「おいおい」
僕は呆れたような視線で部下を見た。
「集合に遅れるようなやつは完全に使い道がない。何をどう考えたとしても再雇用するのは無理だろう」
「ですが」
「僕は寛容であろうと心掛けているが、命令違反と遅刻、裏切りは絶対に許さん。この禁を犯した者には厳しい罰がある。仕事の失敗については多少大目に見るが、誠実さを損なう行いについてはその限りではない。肝に銘じておけ」
「失礼いたしました」
強い意志を込めてにらみつけると、近衛はあわてて頭を下げてきた。
ううむ。
まだまだ教育が足りないな。
遅刻者がゴミだなんてのは常識だと思うのだが。
命令不服従が二番目に重い罪であるとすれば、三番目は遅刻である。
なにせいないのだから。
使いようがない。
学生が友達との約束をぶっちするのとはわけが違う。
積み上げてきた信用を一瞬で失う行為だと言って間違いない。
とはいえ、そういう質の低い近衛を雇ったのは僕の判断なわけだし。
以前の基準に従えば部下の進言は正しい。
ウォーレンが伝染していた甘さが抜け切っていないということだ。
この問題についてはいずれ解決しなければならないが。
その時は今ではない。
「それでは、本日は解散とする。お前たちは今後、僕の信用を失わないようにつとめよ」
この屋敷を出発した時と同じセリフを言ってみたのだが。
誰もが重々しくうなずいている。
さすがに今回は、多少の敬意と共に受け止められたらしい。
僕はそれで満足することにして、屋敷の自室に戻って領主の仕事をはじめた。
読む。
読む。
読む。
報告書を読み進める。
留守の間にバレンティーンや文官などが作成してくれたものだ。
僕の領地の状態がまとめられている。
各地の人口。
税収。
収穫量。
交通量。
特産物。
などなど。
今後どのように開発していけばいいかの解説付き。
非常にわかりやすい。
さすがはバレンティーン。
優秀だ。
これを読めばかなり無能な君主でもやるべきことがわかる。
さて。
誰にどの仕事を振るか。
それが当面の問題だ。
ウォーレンは今まで人を使ってこなかったので、部下の能力を知らない。
名前はわかるのだが。
地位と肩書と経歴だけでは不十分なのだ。
やはり人となりがわからなければ仕事を任せるのに不安がある。
とはいえ、こればかりはな。
使ってみるしかないか。
金と人を与えて「やれ」と命じておけば、その部下の能力はすぐわかる。
戦略シミュレーションゲームなら、部下の能力は事前にわかるのだが。
正直なところ、君主が持つべきチートはそれ一つだけでいい。
運や偶然も含めた政治戦闘能力の数値化。
最強だ。
いかなる仕事を与えても想定通りの結果が出せるのだから。
間違いようはない。
妖精さんはそういう力を持っていないのだろうか。
どうだろう。
かすかな希望を込めて聞いてみたところ、もちろん否定された。
『てゆーかさ、能力と結果とが直結するわけないじゃん。ゲームじゃあるまいし』
『そりゃそうだな』
『たとえば政治力100とかの武将がいたとしてさ。その評価は部下とかの家臣団こみこみでの力なんだから。史実で活躍した浪人をIF戦記で雇ったとしても、そのままの活躍なんてできるわけがない』
もっともな話である。
ゲームでは数値通りの力が出せても、現実ではそうはいかない。
人の能力が結果に占める割合なんて微々たるものだ。
現実は予算とコネ。
それで決まる。
あとは運によって左右されるぐらいか。
常に結果を出せる怪物なんて地上に存在しない。
『しかし、文官の数は限られている。総当たりというわけにはいかん』
『増員すれば?』
『それは無理だ。優秀な文官はどこでも引く手あまた。すぐに増員できるやつは使えない人間になる』
『自分で育てるとか』
『それには時間がかかる。いま必要なのは誰にどの仕事を任せるべきかという情報だ』
妖精さんはくるくると部屋を飛び回り、僕の前でビシッとポーズを決めた。
『面接するしかないと思う件』
『まあ、そうなのだが……めんどうだな』
『何人ぐらいいるの?』
『直接指示を出せるやつは5人だ。その下にはうじゃうじゃいるが、僕とは滅多に会わない』
どこの世界でもそうである。
人が直接的に影響力を発揮できる数は10人を超えることはない。
100人ぐらいに個別指示を与える、なんてのはフィクションの中だけだ。
もちろん任命や解雇などは直接行うが。
それ以外。
現場での運用面については、隊長を何人か決めて判断を任せるしかない。
『5人ぐらい、ちゃっちゃと面接するべき』
『それはそうだが。あいつらは多忙なのだ。予定を合わせるだけでも苦労する』
『ここに呼べば?』
『それはちょっとな。ただでさえ人望がない上に、仕事の邪魔までしたくはない。ウォーレンの領地が持っているのは彼らががんばっているからだ』
『いっそのことバレンティーンさんに任せるとか』
『それもダメだ。彼はいま仕事を覚えるのに忙しい。なにせ新しい領地に来たばかりだからな。さすがにキャパシティーオーバーだろう』
『自分でやるって手もあるけど』
妖精さんは唐突にそう言った。
ふむ。
なるほど。
それもそうだな。
暇してる文官を集めて、直接指示を出すか。
人に任せるよりも確実だ。
仕事の邪魔をしないで済むし、現場の状況を目で見ることもできる。
僕はバレンティーンを呼び出して、今後の予定について相談することにした。




