第8話「遅れてきた近衛兵見習い」
それから、僕たちは10ほどの村を巡って盗賊狩りにいそしんだ。
先行している兵士が村で雑用を集める。
彼らを率いて森に入り。
山を探索し。
その日のうちに敵の拠点を発見。
交戦して勝利。
戦利品を集めてから帰還して宴会と、そういうルーチンワークだ。
ちょろい。
なんというか、盗賊が弱すぎるのだ。
ダンジョンで戦っているモンスターよりもまだ弱い。
人間だから知恵があるはずなのに。
罠もなければ集団戦法もない。
逃げ出して追い詰められて降伏と、負け犬根性が染みつきすぎている。
よっぽどアジトが見つからない自信があったのだろうか。
確かに山の奥深くにある拠点は見つけにくい。
僕でなければ発見は不可能だろう。
そもそも近衛兵が盗賊退治みたいなしょぼい仕事に出張るなんて、まずないし。
盗賊にとっては身の不運を呪うしかないケースなのかもしれない。
「ウォーレン様、申し訳ありませんでした」
「なんの話だ?」
「いえ、出発前のことです。私は盗賊退治が困難であると進言いたしました。その不明を恥じ入っております」
なにやら、とてつもなく思いつめた表情で謝罪する近衛兵。
ふーむ。
そりゃまあ、こんだけ盗賊退治が成功していればそう思うか。
アジトが簡単に見つかるし。
退治もらくちん。
戦利品はたくさん。
治安維持にも貢献しているわけだから、文句のつけようはないな。
しかし。
それが常識的な結果かというと、もちろんそうではない。
僕は肩身が狭そうにしている近衛をフォローすることにした。
「気にするな。お前は常識的な発言をしただけだ」
「は、出過ぎたことを申しました」
「問題ない。今回はたまたま僕が正しかった。しかし命令に逆らうのでなければ、正しいと思う意見を述べるのは部下として備えるべき美点だ。今後も助言せよ。僕は喜ぶだろう」
「ははっ!」
もちろん、反論のための反論をするやつはいらんが。
今回のことはわかる。
盗賊狩りなんて誰が見ても非効率的なことなのだ。
妖精さんサーチの力があったから上首尾に終わったというだけで。
常識はそれとは異なる。
盗賊はずるがしこい。
罠も使う。
無理に討伐すれば死者も出るだろう。
実のところ、僕は連れて行った近衛の何割かは死なすというつもりでいた。
なのに、運がいいのか悪いのか。
父から紹介された忠臣の10人は当然としても。
最前線で戦い続けてきた引き抜き組でさえ一人も死んでいない。
完全に予定外だ。
過剰なほどの大成功だと言える。
今回は失敗を積んで、それをまとめる形で指導力を発揮するはずだったのに。
成功しすぎれば要求のハードルが上がる。
無傷で勝つなんて当然だと思われるようになる。
それは無理だ。
常に勝つなんて人間業ではない。
もっと強い反撃を受けて、近衛が何人か死んでいてもよかったぐらいだ。
いや、もちろん失敗するよりは成功したほうがいいのだが。
勝ちすぎるのはまずい。
僕はちょっとだけ考え、手柄のいくらかを人に押し付けることにした。
「まあ、今回は諜報部の面目躍如というところだな。常にこうはいかん」
「たしかに。ウォーレン様の情報部隊はすばらしいですな」
近衛が納得したようにうなずく。
実働部隊が情報部をほめるなんてよっぽどのことである。
しかし気持ちはわかる。
妖精さんサーチは強力無比。
この世界ベスト3ぐらいの索敵能力を持っているとのことだし。
本来ならありえない情報なので、感心するのも無理はない。
それにしても、妖精さんほどの怪物で世界第3位とは。
こんなのが何人もいるのか。
やばいな。
絶対に戦いたくないぞ。
今回は盗賊相手だからいいとしても。
全世界レベルで強いとされている軍とはやり合わないほうがいい。
それが大人の選択だ。
決して慢心することのないように自戒しておくとしよう。
「質のいい情報があったので討伐はうまくいったが、それでも怪我人は出た。戦場はおそろしいところだ」
「あ、あれだけ勝ちっぱなしでその感想が出るというのはすごいですな」
「戦いの恐ろしさは今回でよくわかった。しばらくは内政にいそしむとしよう。お前たちは次の戦いに向けて精進せよ」
「ははっ、かしこまりました」
近衛たちがうやうやしく頭を下げている。
初日とは大違いだ。
盗賊退治が成功し続けたおかげで忠誠心が上がっているらしい。
古株の忠臣もいることだし。
彼らに教育を任せておいたので、多少は態度も改善されたということか。
「……それじゃあ、そろそろ戻ろうか」
盗賊退治もすでに10回を超えた。
治安も回復しただろう。
村の若者の中から実力者を引き抜くこともできたので、成果は上々である。
それよりなにより、部下の近衛がどういう性能を持っているのかがわかった。
一番大事なことだ。
有能なやつには任務を与えてどんどん使っていこう。
優秀な近衛見習いについては、後日、正式に近衛兵へと就任させるとして。
そろそろ、カルラやノエルがやってくる。
里帰りを済ませたころだろう。
彼女たちとのいちゃいちゃ生活のために、やることはたくさんある。
僕たちはクロノ港にあるボロい屋敷に帰り、歓迎の準備を進めることにした。
しばらくすると、招かれざる客がやってきた。
「ウォーレン様!」
「遅れて申し訳ありません!」
「我々が間違っておりました! どうかもう一度、忠誠を示すチャンスをお与えください!」
屋敷の前で頭を下げている男達。
彼らは初日に遅刻して解雇された近衛兵の見習いだ。
盗賊退治の最中には追いついてきたのだが。
僕が追い返した。
もう近衛じゃないし。
今後は勝手にしろと命令した。
それを聞いた近衛見習いたちは顔を赤くして激怒した。
「後悔しますよ!」
「ウォーレン様には部下を見る目がない!」
「我々ほどの人材を簡単に捨てるとは! しょせん人の上に立つ器ではありませんでしたな!」
という感じで、一度は身分を捨てて僕の前から去ったのだ。
その彼らが。
もう一度雇ってほしいと目の前で頼み込んでいる。
ぷるぷる震えている。
意味がわからない。
いったいどういう風の吹き回しなのだろうか。
いや、意味はわかるか。
近衛利権は強力だ。
給料が高いのはもちろんだし、他にも特典がある。
近衛の家族や友人の多くが税の恩恵を受け、賦役を免除されている。
就職のあっせんもある。
補助金もどしどし出ているし、出身地の村ごと優遇されりといった例もある。
至れり尽くせりだ。
間違っても裏切り者が現れないように、何重にも保護されているのだ。
もしも近衛が失職した場合。
それらの特権は全て失われてしまう。
庇護のぬるま湯につかっていた彼らの身内はひどいことになるだろう。
最初から持たないのならともかく。
一度得ていた特権を失うわけだから、悲惨さは比較にならない。
借金取りに追われての夜逃げとか。
強制労働とか。
近衛の身内という立場を失っての失職とか。
あらゆる災難が襲ってくる。
近衛の関係者ゆえに許されていた犯罪なんてものも摘発されるわけだし。
侯爵家の庇護がなくなることによって、庶民からのいじめも受けるに違いない。
「お願いです!」
「どうか再雇用してください!」
「これからは身を粉にして働きます!」
港にある屋敷の大広間。
そこに通された近衛見習いは必死で媚びを売った。
そりゃー必死にもなるだろう。
近衛利権はそれ一つで10人20人の人生をまかなえる。
それほど強力な力だ。
自分たちが何を失ったのかに気付いた元近衛兵見習い。
彼らはバカだったが。
周囲の人間にはまともな者もいる。
こんこんと諭されればさすがに気づくのだろう。
あわてて僕の元へと参上し、もう一度雇ってくれと頼んできたわけだ。
「ふむ。ならば、部下の意見を聞いてから答えを出すとしようか。明日また来るといい」
僕はそう言って彼らを追い返した。
いい機会だ。
身内の引き締めもかねて、彼らには見せしめになってもらうことにするか。




