第4話「仕事の準備」
僕は領地の中でも最大級の港であるクロノ港に入り、そこで拠点を構えた。
拠点は港にある集会所を改装したものだ。
ぼろい。
手入れがされていない。
質実剛健と言えば聞こえはいいが、単にウォーレンがものぐさなだけである。
彼は領地運営に興味がない。
ゆえに、例年は仕事もせずに宿を渡り歩き、だらだら遊んで過ごしている。
『侯爵家の跡継ぎの住居とは思えないね』
『まあ、その分だけ金はあるのだ。それだけが利点だな』
ウォーレンの領地には港が5つある。
港から上がる莫大な交易収入は毎年大量にプールされている。
ウォーレン基金とも呼ぶべきその貯蓄は潤沢だ。
予算を組むのに何の不満もない。
むしろこれだけの金を遊ばせておくとか、僕からすれば理解を超えた話だ。
無駄な事業に使わなかったという点は評価できる。
バラマキを続けた結果として借金を抱えるなんて悪夢だ。
新しいことが何もできなくなる。
いらない部署を取り潰していけば恨みも買うだろうし。
ウォーレンは極めて器の小さい男だが、それが逆に僕を自由にしてくれた。
『それで、ひとまず住む場所はできたわけだけど』
『うむ』
『領地運営って何をするの?』
『何もしない』
僕はぴしゃっと断言した。
そう。
現状でできることは少ない。
領地運営に関心がなかったウォーレンは、部下のことを何も知らないのだ。
『情報が足りないからな』
『何の情報?』
『どの部下がどれだけ使えるか、誰を切って誰を引き上げるかだ。それを知るために最低でも一年はかかる』
『じゃあ、今は何をするの?』
『人気取りと、接待と、宴会と、あとは親衛隊の編成だ。同時に諜報網も作る』
『諜報網?』
『スパイ組織だ。秘密警察と呼んでもいいし、お抱え忍者でもかまわん』
まあ、作るというか、もともとあったものを整備するだけだが。
ウォーレンはトップの一人としか面識がない。
実態は闇の中だ。
場合によっては組織を分割して再編する必要があるだろう。
『ただ、諜報網よりは親衛隊の編成が先だ。手足がないと何もできん』
『親衛隊ってゆーと、フィルさんとかサディアスさんみたいな?』
『あいつらはトップだ。その下にも50人ぐらいいる。見習いを除けば10人程度だから、もっと増やしたいところだな』
親衛隊は僕の手足。
貴族の発言力そのものといってもいい。
彼らがどれぐらい有能で忠実かによって、物事の解決スピードが決まる。
反抗的な人間を殺すにしても。
尋問するにしても。
既得権益の持ち主を弾くにしても。
実働部隊の制圧力がなければ何もできないのだ。
命令してすぐさま動いてもらえるほど、ウォーレンには信用がない。
『家に帰ると同時に招集をかけたのだが……さて、どれほど集まるだろうな』
『え、そりゃ、全員なんじゃないの?』
『妖精さんは人を使うということに不慣れのようだ』
『もとは学生ですから』
『命令というのは聞くやつと聞かないやつがいるのだ。ウォーレンはずっと放置していたからな。必ず変なのが混じっている』
『ええー。小学生じゃあるまいし、集合日時に遅れる人なんているのかなあ』
半信半疑、という感じで、妖精さんが気ままな疑問を発した。
まあ、見ているがいいさ。
親衛隊の到着を待つ傍ら、僕は領主としての仕事を進めた。
諜報員からの報告を聞いて組織図を把握したり。
各地の責任者と会って話をしたり。
宴会やら接待やら。
いろいろな場所に出席して、そこで顔を売った。
しばらくすると学校でスカウトしたバレンティーンなどの人間が訪ねてきた。
総勢10名。
さすがに教養があるだけあって時間には正確だ。
指定した日時に狂いはない。
僕は彼らを一堂に集め、各々に金を渡した。
「全てまかせる。一年ほど好きにせよ」
戸惑う学生たちに向けて、僕は説明を進めた。
「お前たちに仕事を与えるのは簡単だ。今ある部署の長に対して推薦状を書けばいい。すぐに雇ってもらえる。しかし、それでは退屈だという者もいるだろう」
なにせ、王立貴族学校は世界最高の学府だ。
気力と知力が無駄にありすぎて困る。
あふれる情熱をもてあましているのに、金と権力が足りない。
だから何もできない。
そういう人間がそろっている。
もちろん、全員がそうというわけではないのだが。
将来的には使う側の人間だ。
彼らに対して丁稚奉公からはじめろというのでは、才能の無駄づかいである。
「僕はまだ自分の領地の人事を把握していない。この状況でお前たちに与えるべきポストが何なのか不明なのだ。お前たちはこれから、自分でそれを調べろ」
「一年かけてですか?」
「そうだ。その間何をしてもいい。僕について回ってもいいし。僕の領地を見聞して回ってもいい。事業を始めてもいいだろう。一年後、また新たな指示を出す。それまでは好きにせよ」
「せめて、何の仕事を任せるのかだけでも明確にしていただきたいのですが」
「ふむ。自分で決めろ、と言いたいところだが」
僕はざっと集まったメンバーを見た。
「今すぐの就職を希望するものはいるか?」
彼らは顔を見合わせ、そのうちの三名ほどが手を挙げた。
「では、ドーンにはトムソヤの港を。キャシーにはサガツの港を。ファブリスにはイデンの街での就職を命じる。バレンティーンは、特に希望がなければ僕の傍についてまわれ。不満があるものは発言せよ。今なら希望は通るだろう」
「推薦状を書いていただきたい」
「用意してある。これを持っていけばそのまま働ける。後は指示に従え」
僕はあらかじめ用意してあった推薦状に一筆を加え、希望者に手渡した。
と同時に預けていた金貨入り袋を回収する。
はずだったが。
就職に立候補した三名のうちの女一人が、なかなか金を差し出さない。
「おい、さっさと金を返せ」
僕がそのように命じると、言われた女は目に見えてうろたえた。
「え、その、ウォーレン様。推薦状だけですか? 資金は?」
「必要ない。職に就くのなら上司の指示に従うだけでいいのだ。働きながら属している組織のことを調べろ。金は給料だけあれば足りる」
「そんな……あ、あの。やはり私も、自分の意志で働きます」
ばかかお前は、と言いかけたが。
いかんいかん。
王立貴族学校に通うようなやつらはそれなりの教養人だ。
官僚としては十分な伸びしろがあるため、一言で切り捨てるのはもったいない。
「それはやめておけ。お前はおそらく雇われる方が向いている。一年ほど周囲を見て経験を積んだほうがいい。できる人間なら、金を渡された段階で使い方ぐらいはわかるものだ」
女は茫然と立ち尽くした。
「何をしていいのかわからないのであれば、日を置いて僕に会いに来い。細かい指示を与える」
僕はそれで女のことを頭の中から追いやり、続けて指示を出した。
「残った者は好きにせよ。強いて方針を出すのなら、各地の情報を集めて定期的に報告に来ることだ。半年に一回でいいし、毎月来てもいい」
「他の任務としては?」
「使えそうな人材を探したり、問題を抱えた場所を見つけて調べろ。渡した金は人を雇うのに使え。自信があるなら、何か商売をしてもかまわんぞ」
「この金を持って逃げるとは考えないのですか?」
「お前たちには各々、家族がいるはずだが……まあ、それでいいなら、そうせよ」
預けた金を横領されるなんて、よくあることだ。
いちいち気にしてはいられない。
彼らがその一部を自分の懐に入れたとしても、まあ、それはそれで。
その分以上に活躍するのであれば文句はない。
「命令は以上である。追加の資金を借りる場合は、理由を記して僕に手紙を書け。確実に援助を受けたい場合は僕に会うことがベストだ。わかったか?」
「はい」
「では行け。今日はもう、これ以上話すことはない」
3名程度は素早く屋敷を出たが、残りはまごまごと動かない。
「さっさと出ろ。相談なら外でしろ。邪魔だ」
僕に促されたことで、彼らはようやく出発した。
やれやれ。
あの分だと、遅れた者のほとんどは渡した金を無為に失うことになりそうだ。
とはいえ、それは運の絡む領域。
考えても仕方ないか。
僕は彼らのことを忘却し、バレンティーンに今後の予定を相談した。




