↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/120

第4話「仕事の準備」

 僕は領地の中でも最大級の港であるクロノ港に入り、そこで拠点を構えた。


 拠点は港にある集会所を改装したものだ。

 ぼろい。

 手入れがされていない。

 質実剛健と言えば聞こえはいいが、単にウォーレンがものぐさなだけである。

 彼は領地運営に興味がない。

 ゆえに、例年は仕事もせずに宿を渡り歩き、だらだら遊んで過ごしている。


『侯爵家の跡継ぎの住居とは思えないね』

『まあ、その分だけ金はあるのだ。それだけが利点だな』


 ウォーレンの領地には港が5つある。

 港から上がる莫大な交易収入は毎年大量にプールされている。

 ウォーレン基金とも呼ぶべきその貯蓄は潤沢だ。

 予算を組むのに何の不満もない。

 むしろこれだけの金を遊ばせておくとか、僕からすれば理解を超えた話だ。


 無駄な事業に使わなかったという点は評価できる。

 バラマキを続けた結果として借金を抱えるなんて悪夢だ。

 新しいことが何もできなくなる。

 いらない部署を取り潰していけば恨みも買うだろうし。

 ウォーレンは極めて器の小さい男だが、それが逆に僕を自由にしてくれた。


『それで、ひとまず住む場所はできたわけだけど』

『うむ』

『領地運営って何をするの?』

『何もしない』


 僕はぴしゃっと断言した。

 そう。

 現状でできることは少ない。

 領地運営に関心がなかったウォーレンは、部下のことを何も知らないのだ。


『情報が足りないからな』

『何の情報?』

『どの部下がどれだけ使えるか、誰を切って誰を引き上げるかだ。それを知るために最低でも一年はかかる』

『じゃあ、今は何をするの?』

『人気取りと、接待と、宴会と、あとは親衛隊の編成だ。同時に諜報網も作る』

『諜報網?』

『スパイ組織だ。秘密警察と呼んでもいいし、お抱え忍者でもかまわん』


 まあ、作るというか、もともとあったものを整備するだけだが。

 ウォーレンはトップの一人としか面識がない。

 実態は闇の中だ。

 場合によっては組織を分割して再編する必要があるだろう。


『ただ、諜報網よりは親衛隊の編成が先だ。手足がないと何もできん』

『親衛隊ってゆーと、フィルさんとかサディアスさんみたいな?』

『あいつらはトップだ。その下にも50人ぐらいいる。見習いを除けば10人程度だから、もっと増やしたいところだな』


 親衛隊は僕の手足。

 貴族の発言力そのものといってもいい。

 彼らがどれぐらい有能で忠実かによって、物事の解決スピードが決まる。


 反抗的な人間を殺すにしても。

 尋問するにしても。

 既得権益の持ち主を弾くにしても。

 実働部隊の制圧力がなければ何もできないのだ。

 命令してすぐさま動いてもらえるほど、ウォーレンには信用がない。


『家に帰ると同時に招集をかけたのだが……さて、どれほど集まるだろうな』

『え、そりゃ、全員なんじゃないの?』

『妖精さんは人を使うということに不慣れのようだ』

『もとは学生ですから』

『命令というのは聞くやつと聞かないやつがいるのだ。ウォーレンはずっと放置していたからな。必ず変なのが混じっている』

『ええー。小学生じゃあるまいし、集合日時に遅れる人なんているのかなあ』


 半信半疑、という感じで、妖精さんが気ままな疑問を発した。

 まあ、見ているがいいさ。



 親衛隊の到着を待つ傍ら、僕は領主としての仕事を進めた。


 諜報員からの報告を聞いて組織図を把握したり。

 各地の責任者と会って話をしたり。

 宴会やら接待やら。

 いろいろな場所に出席して、そこで顔を売った。


 しばらくすると学校でスカウトしたバレンティーンなどの人間が訪ねてきた。

 総勢10名。

 さすがに教養があるだけあって時間には正確だ。

 指定した日時に狂いはない。

 僕は彼らを一堂に集め、各々に金を渡した。


「全てまかせる。一年ほど好きにせよ」


 戸惑う学生たちに向けて、僕は説明を進めた。


「お前たちに仕事を与えるのは簡単だ。今ある部署の長に対して推薦状を書けばいい。すぐに雇ってもらえる。しかし、それでは退屈だという者もいるだろう」


 なにせ、王立貴族学校は世界最高の学府だ。

 気力と知力が無駄にありすぎて困る。

 あふれる情熱をもてあましているのに、金と権力が足りない。

 だから何もできない。

 そういう人間がそろっている。


 もちろん、全員がそうというわけではないのだが。

 将来的には使う側の人間だ。

 彼らに対して丁稚奉公からはじめろというのでは、才能の無駄づかいである。


「僕はまだ自分の領地の人事を把握していない。この状況でお前たちに与えるべきポストが何なのか不明なのだ。お前たちはこれから、自分でそれを調べろ」

「一年かけてですか?」

「そうだ。その間何をしてもいい。僕について回ってもいいし。僕の領地を見聞して回ってもいい。事業を始めてもいいだろう。一年後、また新たな指示を出す。それまでは好きにせよ」

「せめて、何の仕事を任せるのかだけでも明確にしていただきたいのですが」

「ふむ。自分で決めろ、と言いたいところだが」


 僕はざっと集まったメンバーを見た。


「今すぐの就職を希望するものはいるか?」


 彼らは顔を見合わせ、そのうちの三名ほどが手を挙げた。


「では、ドーンにはトムソヤの港を。キャシーにはサガツの港を。ファブリスにはイデンの街での就職を命じる。バレンティーンは、特に希望がなければ僕の傍についてまわれ。不満があるものは発言せよ。今なら希望は通るだろう」

「推薦状を書いていただきたい」

「用意してある。これを持っていけばそのまま働ける。後は指示に従え」


 僕はあらかじめ用意してあった推薦状に一筆を加え、希望者に手渡した。

 と同時に預けていた金貨入り袋を回収する。

 はずだったが。

 就職に立候補した三名のうちの女一人が、なかなか金を差し出さない。


「おい、さっさと金を返せ」


 僕がそのように命じると、言われた女は目に見えてうろたえた。


「え、その、ウォーレン様。推薦状だけですか? 資金は?」

「必要ない。職に就くのなら上司の指示に従うだけでいいのだ。働きながら属している組織のことを調べろ。金は給料だけあれば足りる」

「そんな……あ、あの。やはり私も、自分の意志で働きます」


 ばかかお前は、と言いかけたが。

 いかんいかん。

 王立貴族学校に通うようなやつらはそれなりの教養人だ。

 官僚としては十分な伸びしろがあるため、一言で切り捨てるのはもったいない。


「それはやめておけ。お前はおそらく雇われる方が向いている。一年ほど周囲を見て経験を積んだほうがいい。できる人間なら、金を渡された段階で使い方ぐらいはわかるものだ」


 女は茫然と立ち尽くした。


「何をしていいのかわからないのであれば、日を置いて僕に会いに来い。細かい指示を与える」


 僕はそれで女のことを頭の中から追いやり、続けて指示を出した。


「残った者は好きにせよ。強いて方針を出すのなら、各地の情報を集めて定期的に報告に来ることだ。半年に一回でいいし、毎月来てもいい」

「他の任務としては?」

「使えそうな人材を探したり、問題を抱えた場所を見つけて調べろ。渡した金は人を雇うのに使え。自信があるなら、何か商売をしてもかまわんぞ」

「この金を持って逃げるとは考えないのですか?」

「お前たちには各々、家族がいるはずだが……まあ、それでいいなら、そうせよ」


 預けた金を横領されるなんて、よくあることだ。

 いちいち気にしてはいられない。

 彼らがその一部を自分の懐に入れたとしても、まあ、それはそれで。

 その分以上に活躍するのであれば文句はない。


「命令は以上である。追加の資金を借りる場合は、理由を記して僕に手紙を書け。確実に援助を受けたい場合は僕に会うことがベストだ。わかったか?」

「はい」

「では行け。今日はもう、これ以上話すことはない」


 3名程度は素早く屋敷を出たが、残りはまごまごと動かない。


「さっさと出ろ。相談なら外でしろ。邪魔だ」


 僕に促されたことで、彼らはようやく出発した。

 やれやれ。

 あの分だと、遅れた者のほとんどは渡した金を無為に失うことになりそうだ。

 とはいえ、それは運の絡む領域。

 考えても仕方ないか。

 

 僕は彼らのことを忘却し、バレンティーンに今後の予定を相談した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。