第3話「家でまったり」
父の屋敷についた。
王立貴族学校はアルテピアの内海に浮かぶ島の中にある。
そこから船で西に向かい、港から馬車で数時間ぐらい走ると屋敷に到着だ。
港の傍のほうが立地としては便利だが。
居住空間を快適にするには広い土地のほうがいい。
不審者もいなくなるし。
貴族の屋敷というのは山間の平地に建てられることが多いと言われている。
「ただいま戻りました」
「おお、ウォーレン! よくぞ帰ってきた!」
居間にいた父は巨体を揺らして立ち上がり破顔した。
でかい。
身長180センチ。
体重は140キロを超える。
見るからに人の好さそうな顔に髯をたくわえ、にこにこと笑っている。
「立派になったな! 苦労しているのか? 少しやせたようだ」
「ははっ。実は健康のために減量に取り組んでおりまして。ダンジョン探索にはやせているほうが都合がいいようです」
「そうかそうか! 聞いているぞ! 17層までたどり着いたそうではないか! 私も鼻が高い!」
「ありがとうございます。今後とも努力します」
僕は微笑を浮かべながら父との会話を続けた。
近況報告や今後の予定。
学校でのできごと。
公爵家の跡継ぎであるカルラとの交友関係など。
父であるバイロンは聞き手として非常に優れているので、話がテンポよく進む。
「そういえば父上、これから私は領地に向かうわけですが」
「うむ。それは貴族の義務だ。はげむがよい」
「学校のほうから使える人間を連れてきたので、彼らを要職につけたいのです。協力していただければと」
「推薦文を書けばいいのか?」
「いえ、それは必要ないかと思われます。それよりも、おそらく父上から借りている部下から不満が届くでしょう。目をつぶっていただければと」
「ああ、讒言や密告は人事異動にはつきものであるからな」
「はい。できましたらある程度、彼らの配置を自由に動かせる権限を与えていただければ」
「よいよい。お前の領地なのだ。好きなようにいたせ」
「では、人事の委任状などを?」
「用意しよう」
おお。
なんと楽な。
父上はややのんきと言ってもいいところがあるが。
ウォーレンへの愛情があることだけは確かだ。
僕としてはそれで十分。
バイロンを父に持てたウォーレンは幸運の星の下に生まれたと言ってもいい。
「そういえば、ノエル嬢との仲はどうなのだ? うまくいっているのか?」
「はい。最近はずいぶん態度が柔らかくなりました。彼女以外の婚約者などもはや考えられませぬ」
「うむ。夫婦仲がいいのは素晴らしいことだ。一時は婚約解消も考えたが」
「とんでもない! そんなことになったら泣きますぞ!」
「ふうむ。ウォーレンがそれでいいのなら余から言うことはない。スークス男爵家との縁は大事なものだからな」
「わかっておりますとも」
あそこの家は武力だけは超高いのだ。
もちろん侯爵家の軍勢とやり合ったら100発100中で負けるが。
精鋭が多い分、局地戦では無類の強さを発揮する。
スークス男爵家に足りないのは金と物資だけ。
それは援助してやればまかなえる。
ダンジョンが多いエニウェア侯爵家にとっては頼りになる同盟相手なのである。
彼らに前線で戦ってもらえれば、エニウェア侯爵家の家臣は傷つかない。
「領地に行く前に、アニーにも顔を見せておけよ。会うのを楽しみにしていたぞ」
「もちろんです」
僕は一時間ほどで父との会話を切り上げると、母親の部屋へと向かった。
「ウォーレン、よく来ましたね」
自室で出迎えた母のアニーは静かに微笑んでいる。
若い。
31歳なのだが20歳ぐらいに見える。
父であるバイロンは現在48歳という年の差カップルだ。
僕とノエルが1歳しか違わないことを考えると相当に離れていると言える。
残念ながら母はあまり健康な体ではない。
もともとはノエルにすら匹敵する運動能力を持っていたのだが。
僕を産んだ時にそれは失われた。
体を壊したのだ。
以来、アニーはあまり外出しなくなり、屋敷でのんびりと暮らしている。
「お久しぶりです、母上。また会えて嬉しく思います」
「私もです。もっと近くに。顔を見せてください」
僕が傍に寄って目線を合わせると、アニーは僕の頬を両手で包み込んだ。
「やせましたね。少しだけ精悍になりました」
「ありがとうございます。いずれは標準体型にまで絞るつもりでいます」
「心境の変化ですか?」
「実用面でのことです。体力をつけるのと、後は女の子にもてようと思いまして」
「まあ。ノエルちゃんとは上手くいっているの?」
「最近はすこぶる好調です。時にはケンカもしますが、まあ、それはそれで」
「順調なのね」
アニーはくすくすと上品に笑い、僕から手を離した。
「予定通りに帰ってきてくれたから、ちゃんと手料理も用意してあるの。夕食は食べて行ってね」
「母上の手料理ですか」
「そうですよ。これでも頑張ったのです」
「楽しみにしております」
「うん。それと、帽子を編んだから着てちょうだいね。従者に渡しておくから」
「ありがとうございます。その……嬉しいのですが、あまり無理はなさらぬよう。母上はあまり体が丈夫ではないのですから」
「失礼ねえ。それぐらいは平気です。最近は調子もいいし。5キロぐらいなら走れるし」
「私は20キロ走れるようになりました」
「その体で?」
「ええ」
「ずいぶんがんばったのねえ」
ぽややんという表情で感心するアニー。
なるほど。
いかにもお嬢様という感じだが。
これでも若いころはノエルを上回る暴れん坊だったという話だ。
大人になると、人は丸くなるのかもしれないな。
ウォーレンは愛されている。
家族仲は良好だ。
こうして話していても、穏やかな気分で満たされているのがわかる。
僕は彼に思考のほとんどをゆだね、自分はでしゃばらないようにして過ごした。
「それじゃあ、また来てね。次は新年かしら」
「ええ。年明けには帰って来ます」
「一週間ぐらい滞在してくれると嬉しいわ。夏休みはいろいろ予定が忙しいから、あまり引き止められないものね」
「夏は生き物が増えるぶん、トラブルも多いですからね」
「そうなのよ。お父さんも忙しそうで、あんまりかまってくれないし。アイリーンとかダンとかがいるから、寂しくはないのだけれど」
それでも不満そうな表情で、アニーはため息をついた。
それから。
屋敷に二日ほど滞在し、両親や兄弟姉妹などに適当に挨拶をして。
僕は領地運営の仕事に取り掛かるため、馬車に乗って出発した。




