第1話「他のクラスメート」
夏休みになった。
父であるバイロン侯爵が住んでいる屋敷への道中のことだ。
馬車に揺られながら景色を楽しんでいると。
妖精さんが突然。
次のようなことを聞いてきた。
『ねえねえ』
『なんだ』
『いまさらなんだけどさ』
『うむ』
『貴族ってなんなのか、きちんと教えてくんない?』
『はあ?』
本当にいまさらだな。
というか、妖精さん。
香山美咲。
頭の中にあるという世界システムの翻訳機はどうしたんだ。
機能不全でも起こしたのか。
そのように問いかけると、すぐに答えが返ってきた。
『私にわかるのはシステムだけだよ。文化とか国家体制とかはわかんないの』
『そうなのか』
『君はウォーレンの記憶を受け継いでるから問題ないだろうけど。ほとんどの転生者は苦労してると思うよ。働いたこととかないし』
『もとが学生だからな』
『そうそう。私も価値観とか変わったよ。前の学校にいた時にはそうでもなかったんだけど、ここに来てから君とかカルラとかのすさまじさが理解できるようになったの』
まあ、そうかもな。
僕やカルラは超チートキャラだから苦労してないが。
他のクラスメートが悲惨なことになっているのは想像に難くない。
なにせ、社会人経験がないのだ。
ものすごく大変だろう。
スキルがあったとしてもだ。
生きるだけならなんとかなるだろうが、活躍するとなると話は変わってくる。
前世知識を生かしての内政チートとか。
ほとんど不可能だと思う。
僕ならまた別だが。
リバーシを開発したぐらいではどうにもならん。
ああいうのはブームづくりが重要なのであって、発想だけあっても意味がない。
『子供というのはゴミだからな。家族の後ろ盾がなければ何もできん』
『あー、以前の私はそーゆーのわかんなかったけど。今はちょっとわかるかな』
妖精さんは少しずつ俗世にまみれていらっしゃるようだ。
まあ、あれだな。
貴族社会は世界でも有数のドロドロした場所だし。
少なくとも清貧とは程遠い。
ピュアさが薄れるのは無理もないか。
『もともと、僕がクラスで一番モテなかったのは不自然な話なのだ』
『いや、それは……ある意味そうなのかもね。つっこみづらい話題だと思う』
『前のクラスのモテ男とか。この世界で無様にあがいてるんだろうな。超ウケる』
『性格悪い!』
『そーいや、お前って好きなやつとかいなかったの? また会いたい男とか』
『う、うーん』
妖精さんはふらふらと飛んで考えた。
『いるにはいたんだけどね。クラスの三沢君』
『ああ、あの野球部の』
『そうそう。エースピッチャーで四番の人。でも、今はもう思い出すこともないかな。なんか色あせちゃって』
『妖精になると恋心もなくなるということか?』
『そうじゃない。そうじゃなくて、単純に大した人じゃなかったのかなって思うようになったの。ほら、今私の隣にいるのって君じゃん』
『お、おう』
なんだなんだ。
告白か。
僕はいつの間にか妖精さんに惚れられてしまっていたのか。
新婚旅行は熱海でいいのだろうか。
それともニセコでスキーとか。
難しい問題だ。
『女の子ってさ、やっぱりキラキラ輝いている男の子が好きなんだよ。活躍してるってゆーか。自信のある人が好きなの』
『それはわかる気がするな』
ううむ。
これは告白タイムとはちょっと違う気がするぞ。
期待していたのに。
だまされた。
僕たちの女体化セックス週間は、まだまだ遠いようだ。
妖精さんは「実は君が好きなの」と告白することもなく、普通に話を続けた。
『でも、三沢君がこの世界で活躍できるビジョンが浮かばない。三沢君は君の近衛とかと比べて超しょぼい。あんなすごい近衛に命令できる君がそばにいると、なんだかなーって話になる』
『そりゃ、クラスのやつらが活躍するのはほとんど無理だろうな』
なにせ、住所不定無職だ。
立派な不審者である。
仮に就職に成功したとしても、コネがなければ搾取されるしかない。
この世界で活躍できるのは、キャラクター設定で憑依先を選んだ者だけだ。
学生時代に魅力のあった男が社会に出た途端にしおれる、という話はよくある。
というか、コネがなければ8割がたそうなってしまう。
新人というのはどの組織の中でもゴミなので、自信家は真っ先に叩かれる。
能力があって友達が多い学生は特にそうだ。
とにかくいじめられる。
鼻っ柱を折られる。
人格を否定される。
そうしないと目障りである上に組織運営に支障をきたすからだ。
新人を持ち上げて好き勝手に活躍させる組織なんて、この世のどこにもない。
かくして鼻を折られた自信あふれる学生は、しおしおと縮んでしまい。
魅力も共になくなる。
よくあることだ。
上司に気に入られた数少ない例外だけが、活躍することができる。
『社会人にとって重要なのは権力と財力だ。他の力で活躍できるのは学生のうちぐらいだろう』
『ま、そーゆーことなんだけどさ』
『足が速いとか、ケンカが強いとか、顔がいいとか、友達が多いとか、頭がいいとか。それで威張れるのはガキの時分だけのことだ。社会に出れば権力と財力が全てとなる』
『世知辛いよね』
妖精さんは軽やかに馬車の中を飛び回って、そして僕の肩に降り立った。
『ところで、話を戻したいんだけど』
『うん? きっと落ちぶれているだろう三沢ざまぁって話じゃなかったか?』
『私は貴族制度の話を聞いたんだよ!』
妖精さんが怒った。
ああ。
そういえばそうだったか。
いい機会だし、一度ぐらいは説明しておくべきなのかもしれないな。
頬を指でつんつんして答えをうながす妖精さんに向けて、僕は解説をはじめた。




