第8話「礼儀作法について」
僕は制服に身を包んでノエルの家に向かった。
豚にも衣装というか、王立貴族学校の制服はそれなりに立派だ。
生地もしっかりしているため、どこの店でも通じる。
フォーマルな服装である。
冠婚葬祭だとさすがにまずいが、それでも許されなくはない。
便利で快適な服だ。
「こんばんわ」
「こんばんわ。ノエル、よく似合っている」
「ありがとうございます。ウォーレン様は……その、いつも通りですね」
「これでも新品だ」
「たしかに。やたらと生地が張ってるし光ってます」
130キロになったので新調したのである。
とはいえ、男の服なんてものはどうでもいい。
女ほど選択肢もないし。
僕は自分のことよりも、ノエルが着ている服のほうに目を向けた。
ノエルはピンク色のドレスに身を包んでいる。
珍しく肌が見えるタイプだ。
普段はしっかりと首元まで覆うタイプのものを選んでいるのだが。
心境の変化だろうか。
体のラインがよくわかる、少し開放的な印象のドレスを着ている。
ふむ。
これは今晩に期待してもいいのだろうか。
寮に連れ帰って相手をしてもらったり。
無理か。
無理だろうな。
ノエルはかなり潔癖なので、これでもがんばった方だろう。
今日のところは目で楽しむだけに止めておくとしようか。
「それではお嬢様、お手をどうぞ」
「よろしくお願いします」
僕はノエルの手を引いて馬車に乗り、そのままレストランへと向かった。
たどりついたのは、丘の上にある貴族御用達の料理店。
カルラの屋敷にほど近い景色のいい場所だ。
ウェイターに案内されて窓際の席に着く。
店内は混んでいなかった。
利用できる階層自体が少ないから当たり前である。
「それでは、迷宮探索の成功を祝って」
「成功を祝って」
僕とノエルは向かい合って座り、食前酒のグラスを鳴らして乾杯した。
「ところで、ウォーレン様」
「なんだ?」
「その服装なら、私のおすすめの店にも入れたのですが」
「ノエルとの楽しい食事に気を抜く意味がない。店のことは別の話だ」
「そんなに嫌なのですか?」
「嫌と言うか、混んでるんじゃないか? そうでもないのか?」
「確かに。この時間だと少し混んでいるかもしれません」
予約なしだからな。
入れる店は敷居が高いか、人気がない店ということになる。
やはり行かなくて正解だったはずだ。
注文を終えてメニューを下げてもらうと、ノエルの視線を感じた。
「どうした?」
「ウォーレン様は、その」
「うむ」
「少しやせられましたね」
「まあな。いずれはイケメンになる。僕と付き合えることを光栄に思うがいい」
僕は軽口を叩いてノエルからの反論を楽しもうと試みた。
しかし、どうしたわけか。
ノエルは特に否定することもなく、まじまじと僕を見てつぶやいた。
「案外そうなのかも」
「なんの話だ?」
「いえ、最近、私はウォーレン様に釣り合うのかな、などと考えることもありまして」
「ノエルは世界一かわいい。僕はそれで満足だ」
「容姿ではありません。内面の話です」
なにやら面倒なことを言い出したな。
内面とか。
外側から見えないものに釣り合いもなにもあるまい。
「内面などどうでもいい。僕はスークス男爵家の娘であるノエルと付き合っているのだ。お前の内面によってスークス男爵家の家臣団の力が減ったりはしない」
「でも、私がバカだと困りませんか?」
「すごく困る」
「やっぱり」
「なんとかしてくれ」
「ウォーレン様は言うことがコロコロ変わりすぎると思います」
困ったようにノエルが眉を寄せたので、僕は少しだけ補足することにした。
「学生のうちは転んでも大丈夫だ。礼儀作法の失敗は致命的なものではない。恥はいくらかいても十分取り返しがつく」
「致命的な失敗とはどういうものですか?」
「それは仕事での失敗だ。土地や財産にまつわる失敗は、学生がする失敗と比べて全く取り返しがつかない。致命傷になる」
「礼儀よりも財産のほうが重要なのですか?」
「もちろんそうだ。どれほど礼を失しても財産や爵位を失うことはまずない。失うのは品位だけだ」
「信用を失うのは困るのでは?」
「貴族の信用というのは土地と財産と爵位につく。あとは歴史と保有兵力にもか。マナーのよしあしにはつかない。せめて人並みであったならそれでいい」
さすがに快楽目的の殺人事件でも起こしたならば別だが。
ノエルなら大丈夫だろう。
彼女は基本的に善良なので、いちいち指摘するには及ばない。
しかし、そうだな。
ノエルのことだ。
以前の僕にしたようなことを他の貴族にされてしまってはまずい。
今はまだ婚約者だから僕へのダメージは少ないが。
結婚してからは異なる。
正妻に迎えてからのノエルの失態は、ほぼ、僕の失態と同義だ。
僕は今後のために、ノエルの礼儀作法について釘を刺しておくことにした。




