第7話「ドレスコード」
地上への帰還は予定通りに進んだ。
特に手ごわいモンスターと遭遇することもなく、怪我をすることもなく。
日程に余裕をもって地上にたどり着いたのだ。
そのまま冒険者ギルドへ直行。
探索結果を報告する。
魔石や魔核、モンスターの素材、貴重な採取品など。
あまりにも戦利品が多いので専用の窓口ができ、3時間ほども待たされた。
「こちらが報酬になります」
金貨1000枚を超える収入が生まれ、僕たちは一流冒険者になった。
貴族だから特に嬉しくはないが。
周囲の目は違う。
冒険者稼業というものはあんなにも儲かるのか。
そのように勘違いした学生からは質問攻めにあった。
僕は適当にあしらった。
「ウォーレン様は優秀なのですね!」
「うん、まあ」
「私も一流冒険者になりたいです。どうすればなれますか!?」
「努力と根性?」
「やはり命がけで魔物と戦うのは恐ろしいものですか?」
「えーと、そこそこ」
気のない返事を繰り返したせいで学生は去っていった。
どうでもいい。
つい先日まで僕を豚侯爵だと笑っていたようなやつらだし。
仲良くなっても得るものはないだろう。
むしろ変に期待させると、後で騙したとか裏切ったとか言われそうだ。
「ウォーレン様、パーティーランクで一位になりましたよ!」
「うん、そうね」
世俗の価値観が抜けきっていないノエルが飛び跳ねて喜んでいる。
17層の聖域にたどりついたパーティーはいない。
僕たちがはじめてだ。
名実ともに学校最強のパーティーになったわけである。
それは喜びもするだろう。
本来ならば軍の精鋭が数百人がかりで進むような行程。
それを、わずか4人で踏破してのけたのだ。
偉業と言ってもいい。
探索科にいる学生から向けられる目も以前とは変わっている。
特に、ある程度ダンジョンの恐ろしさを知っている学生の場合。
僕たちのパーティーのすごさが身に染みてわかってしまう。
1人や2人ならどうにかなる。
この学校には僕たちに匹敵する実力の学生もいる。
しかし4人集まっての冒険となると、難易度は格段に跳ね上がる。
ダンジョン探索の場合、最弱のメンバーに合わせた冒険になる。
5層でへばる人間がいれば5層が限界なのだ。
以前のウォーレンがそうであったように。
そこから先へは行けない。
足手まといを切り捨てられなければ、限界はそこで決まる。
優秀な学生だけで集まればいいのではないか、というほど話は簡単ではない。
仁と義を兼ね備えた人間であれば周囲の期待を裏切れないものだ。
彼らは今のパーティーからは抜けられない。
弱者への責任がある。
仲間に対して誠実に生きている人間は、今いる場所からは動けない。
「まあ、足手まといがいなければこんなものだ」
「確かに……私たちのパーティーメンバーは全員優秀ですからね!」
ノエルは特に何も考えずに喜んでいる。
かわいいな。
この子はこれでいい。
彼女は前のパーティーを捨てたことによって高い場所に登れた。
もはや彼らは仲間ではないのだろう。
謹慎が解けた途端に白い目を向けられれば、共感も薄れるというものだ。
「さて、それじゃあ食事にするか」
「そうですね」
「たまには二人で食べよう。ノエルはどこの店に行きたい?」
「えっと、着替えてからですよね?」
「もちろんだ」
「では、私のおすすめの店に案内します。ドレスコードがあるので、正装でお願いできますか?」
「それは断る」
ノエルは目をまるくして僕を見た。
「え、私との食事が嫌なのですか?」
「そんなことはない。楽しみにしている。しかし、ドレスコードのある店には行きたくない」
「どうしてです? 雰囲気のいい店ですよ? 値段もお手頃ですし」
「ますます嫌な話だ。高い店ならともかく、安くてドレスコードがある店とか。考えうる最悪の場所じゃないか」
「ウォーレン様のおっしゃることがわかりません」
困ったような表情でノエルが首をかしげた。
おお。
以前なら罵声の一つも飛んできたのだが。
ちゃんと僕を理解しようと努力する雰囲気がある。
素晴らしい。
だいぶ好感度が上がっているようだ。
僕は内心で喜びつつ、ノエルに説明した。
「そもそも、なぜ店側がドレスコードを設定するかわかるか?」
「礼儀だからです」
「そうだ。礼儀だ。礼儀というのは客に注文をつけることだ。無礼な人間は客としてふさわしくないと店側が言っているのだ」
「それの何が問題なのですか?」
「僕は店を選ぶ側であって、店から選ばれるのは不愉快きわまる。それが問題だ」
僕はとうとうと語った。
ほんらい、店側が客を選ぶことについては何の問題もない。
値段を上げて貧乏人を弾くのは賛成だ。
なじみの客からの紹介が必要というシステムでも別にいい。
予約の段階で選別するというのもギリギリ許容できる。
が、ドレスコード。
これはだめだ。
なぜ客の側がマナーの注文を受けねばならないのだ。
ドレスコードは誰でも守ることができる。
貧乏人でも問題ない。
服を着ればいいのだから。
一張羅を引き出して身に着けるという手間をかければ誰にでも可能。
そんな面倒をなぜ僕がやらねばならない。
ドレスコードなどというのは貧乏人がリッチ気分に浸りたい。
単にその欲望を満たすためだけの敷居だ。
金持ちがまたぐのは面倒すぎる。
金貨1枚にも満たない食事にわざわざドレスコードとか。
ばかばかしい。
僕なら絶対に行かない。
もちろんコネと金と立場とドレスコードのすべてが求められる場所はある。
そういう場所ならばわかる。
まだ理解できる。
本当に上流階級向けの場所だということだ。
しかし、庶民用の店にドレスコード?
なんのために客を弾くのかをまるで理解できていない。
あれは頭のおかしい客によって迷惑をこうむらないようにするための措置だ。
金持ちが迷惑するのでは本末転倒もいいところ。
なんの魅力も感じない。
そこまで話したところ、ノエルは呆れたような視線で僕を見た。
「その……ウォーレン様、ちょっと貴族をこじらせすぎではないですか? たかが食事にそこまで文句をつける人を聞いたことがありません」
「僕は太っているだけあって、美食には一家言あるのだ。曲げるつもりはない」
「困ったお人です」
「というわけで、僕の行きつけの店に行こう。安心するといい。僕のおごりだ」
「当たり前です。ウォーレン様のわがままに付き合うのですから」
「では、5時に迎えに行く」
「わかりました。お待ちしています」
そういうことになった。




