第5話「女を巡って殴り合い」
夕食の時間になると、護衛のフィルとサディアスが大けがをして現れた。
今晩のツバキの相手を取り合っていたらしい。
顔があざだらけだ。
最初は聖域で体がなまらないようにするための訓練ということだったが。
勝った方が今日の権利を、という時点でおかしなことになった。
「つまり、魔族に襲われたわけではないのですね?」
「はい。ご心配をおかけしました」
彼らの手当てをしていたノエルが呆れたような視線で二人を見た。
「あの、ウォーレン様。近衛というのは誠実さが大事だと聞きましたが?」
「人は常にそうではいられん。多少は仕方あるまい」
「え、えええー」
どうやら彼女の理解を超えているらしい。
男とはそういうものなのだが。
女性というのは自らの魅力について無頓着なところがある。
温度差というやつだ。
男が女を欲しいと思うほどには、女は男を欲しいとは思わない。
「もちろん、女にも肉欲はあるのだが。男のそれよりも弱い。ノエルにはダンジョンで禁欲生活を続けるオスの気持ちはわかるまい」
「確かに。まったくわかりませんね」
ノエルはきっぱりと断言した。
「まあ、男のほうも女なら誰でもいいわけではない。ノエル自身も理解しているはずだ。美人とブスというのは社会的には別種の生き物だからな」
「それは、まあ」
「明らかに優遇されていると感じることがあるだろう?」
「もちろんです。常に感じます」
「美人とはそういうものだ。逆に、ちょっと理解できないような社交理論の主張者は、だいたいがブスだったりする。そして納得するのだ。あの顔では世の中を恨むのも仕方がない、などとな」
その話を聞いたノエルは不愉快そうな顔をした。
事実だとしても言い過ぎだと感じてしまったようだ。
まあ、それはそうか。
人から愛されないというのは悲しいことである。
バカにバカと言い、デブにデブと言う。
それは悪口だ。
僕がもしイケメンであったなら、自嘲としてさえ聞いてもらえなかっただろう。
とはいえ、ノエルも口に出してまで非難はしなかった。
なにせ発言者が僕である。
体重130キロのおデブちゃんだ。
美少女のノエルが容姿の話題で僕に意見するのは、あまりにも残酷にすぎる。
「まあ、それでも」
僕はそこでノエルとの会話を切り上げ、
「ダンジョン奥地でケンカをしていい理由にはならんがな」
怪我の手当てを終えた護衛をじろりとにらみつけた。
「おい、そこの馬鹿ども」
「はい」
「面目ありません」
フィルとサディアスの二人が目に見えて恐縮している。
「なにがどう悪かったのかは自分で理解しているだろう。普段の忠勤に免じて今回は何も言わん。以後気をつけろ」
「はい」
「寛大な処置、痛み入ります」
「ツバキに関しては、ここで二泊するから交代でやれ。それで問題なかろう」
「は、しかし」
「これは命令である」
「……恐れ入りました」
慙愧に耐えない、といった表情で身を縮める二人。
まあ、普通の反応だ。
下の失態で上の予定を変えているわけだから、決して褒められた話ではない。
「もともと2日ほどは砦を中心に探索するつもりだったのだ。ツバキもそのほうがいいよな?」
「そうですね。手ごわい魔物などを退治してくださると助かります」
「他には何かあるか?」
「特には。雑用ならいくらでもありますが……不足の物資などを上に伝えていただけるとありがたいです」
ということで、食事の後は不足物資のチェックをすることになった。
砦の倉庫を見て足りない品目を書き出す。
あとはツバキがしたためた日記帳も受け取る。
月ごとの魔物の活動とか、季節ごとの植物の移り変わりなど。
ダンジョン世界の詳細が記されている。
たいへん貴重な資料だ。
「なかなか優秀だな」
「ありがとうございます。今後も精進いたします」
「もしも失態を犯して投獄されそうになったら、僕の名前を出すといい。こちらで引き取ってやる」
「はい。その時はよろしくお願いします」
ツバキはぺこりと頭を下げた。
まあ、彼女が処刑される場合、人事権を持たない僕には何もできないが。
多少の影響はあるだろう。
僕のお気に入りを殺すとちょっと面倒かな、と思わせるぐらいの効果はある。
権威とはそういうものだ。
こまごまとした雑事が終わり、親睦を深める名目のカードゲームが行われた。
総合勝者となったサディアスがツバキの手を取って寝所に消えていく。
本日の彼は運命の女神に愛されていたらしい。
一方のフィルは悲しそうな顔でカードを切っている。
まさに負け犬の姿だ。
僕とノエルは彼を一人にするのが忍びなかったので、夜遅くまで一緒に遊んだ。
その翌日。
僕たちは朝食を取ってから準備を整え、魔物退治のために出発した。




