第4話「ハーフ」
17層の聖域には軍用の砦がある。
石を組み上げて作った小型の砦であり、そこを堀がぐっと囲っている。
開閉可能な扉もある。
武器庫もある。
壁も高い。
魔物の襲撃を受けた場合、ここを拠点に防御すれば安全だ。
少なくとも眠ることはできる。
魔物が大発生した場合、砦を拠点にして狩りをする。
なにせ世界最大規模のダンジョンだ。
冒険者などでは対処できないほどのトラブルも数多い。
魔族の侵攻というケースもある。
そういう場合はエニウェア侯爵家の軍人が集められ、みんなで迷宮を攻略する。
普段から軍が常駐していないのは金がかかるからだ。
軍の活動費はバカ高い。
彼らには国境線を守るという仕事もある。
盗賊もいる。
治安維持も担う。
常にダンジョンに居座って地上を守るほど、人族には余裕がない。
「たのもう」
「どちら様ですか?」
「エニウェア侯爵家の継承権1位、ウォーレン・エニウェアだ」
「これはこれは! よくぞいらっしゃいました!」
砦の門を叩いて呼びかけたところ、中から小柄な女の子が現れた。
ノエルが顔色を変える。
魔族だ。
ただし半分だけ。
彼女は人と魔族との間に生まれたハーフである。
そして、この砦のただ一人の管理者だ。
「私は17層聖域の管理を任されている浄暗寺ツバキです。ツバキとお呼びください」
ぺこりと礼をする少女ツバキ。
若い。
僕より年下か?
12歳よりは上だろうが。
魔族には子供のような50歳とかもいるため、年齢がわかりにくい。
身長はノエルより頭一つ下。
真っ黒な長袖シャツと青地のズボンをはいている。
髪は長い。
腰まで届くほどに。
女性なら誰でもうらやましく思うほどの黒色ストレートヘアである。
服装さえ気を付ければ良家のお嬢様で通るだろう。
瞳はとび色。
やや赤色が強いか?
紅眼族の遺伝子が混じっているらしく、かなり強い魔力を帯びている。
顔もとびきり可愛い。
少し冷たい印象も受けるが、ハーフでさえなければ男が放ってはおくまい。
「わかった。ツバキ。さっそく案内してくれ」
「はい。寝所でよろしいですか?」
「そうだな。まずは荷物を置きたい」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
僕達はツバキに案内されて、砦の中を進んだ。
17層の管理人は危険な仕事である。
彼女の前任者は犯された上に全身をバラバラにされて各地にさらされていた。
もちろん施設も焼かれている。
すぐに復旧したが。
魔族にとって目障りな拠点であることは間違いない。
それでもツバキがここから離れられないのは、地上に居場所がないからだ。
魔族ハーフは地上では差別される。
人ではない化け物なのだから当然のことである。
地下では差別されない。
もちろん、絶対にない、とは決して言えないのだが。
少なくとも石を投げられたり、家を焼かれたりといった被害は受けずにすむ。
なにしろ地下は人類の領域ではない。
一歩間違えれば全滅もありえる死の世界だ。
そういう場所で安全をもたらしてくれる協力者こそが彼女なのである。
ツバキの力は大きい。
差別感情を持ち続けるのは難しいと言えるだろう。
溺れる者はわらをもつかむという。
ツバキはこの地下世界における水に浮かんだわらだ。
誰も彼女をいじめない。
むしろ人気がある。
美人だというのもいい。
軍の上層部では、彼女を寝所に引き入れる順番で殴り合いが起こるほどである。
「ウォーレン様。今夜はここにお泊りになるのですね?」
「そのつもりだ」
彼女はとび色の瞳を大きく開き、僕をじっと見つめた。
「よろしければ、お相手をしましょうか」
「ありがたい申し出だが」
僕は横に立っているノエルを紹介した。
「彼女は僕の婚約者でな」
「失礼しました」
「婚前交渉を頼んでいるのだが、なかなか許してもらえん。今は禁欲期間なのだ。一か月も女断ちをしてから頼めば、まさか彼女も断りはしないだろう」
「なあっ!?」
ノエルがのけぞって驚いた。
「ちょ、ちょと待ってください! 聞いていませんよ!」
「言わなかったか。僕はメイジーの時以来女を抱いていない。すべてはお前を口説くためのことだ」
「い、いえ、その、気持ちは嬉しいのですが……ちょっと重いです! いいです! 許します! 私は気にしませんから、誰か抱いてください!」
「つれないことを言うな。僕はおまえがいいのだ」
「なっ、なっ、なんで?」
「ノエルはこの世で一番かわいいからだ」
ぱくぱくぱく、と口から声にならない声を出し、ノエルは顔を真っ赤にした。
「そ、そんなこと言って! だまされませんよ! 誰にでもそんな風に言っているのでしょう!?」
「僕の婚約者はお前だけだ。誰に対してもそのように紹介できる」
「でも!」
「真実というのは人前で口にできる言葉のことだ。ノエル。僕は君を愛している。だからやらせてくれ」
「し、知りません! 私は何も聞きませんでした!」
ノエルは耳をふさいで走り去り、僕たちと10メートルほど距離を取った。
やれやれ。
処女はこれだから。
一度でも経験してしまえば楽になると、ウォーレンは言っているぞ。
「すまんな。彼女は照れ屋なのだ」
「仲がよろしいのですね」
「まあまあだ」
「うらやましいです。ここは居心地はいいのですが、少し寂しい場所なので」
ハーフ魔族は悲しそうな表情でつぶやいた。
さびしいか。
まあ、そうかもしれないな。
今は軍隊がいない。
人がいない。
一人で住むには広すぎる場所ではあるだろう。
彼女は心のどこかで、誰かに必要とされることを望んでいるのかもしれない。
「まあ、もしよければ護衛のどちらかを相手にしてやってくれ」
「かしこまりました。そのようにいたします」
ツバキは涼しい表情でうなずいた。
そして。
この時の軽い提案を、僕はすぐに後悔することとなる。




