第3話「情緒不安定」
『おい、美咲』
『なに?』
『ひとまず索敵しろ』
『左に700メートルで1匹。右だと1キロ先に2匹』
『カマキリか』
『うん』
『わかった』
僕は左の道を進み、そこにいたグレートマンティスを危なげなく討伐した。
『次は』
『右後ろの道を行って、左に曲がって、200メートルぐらいに1匹』
『了解』
次々とカマキリの掃討を進めながら、僕たちは奥へ奥へと進んだ。
気楽な道中だ。
なにせ、敵を探すのに手間がかからない。
10匹ほどもカマキリを倒した後。
食事休憩を取っていたところ、ノエルがおずおずと聞いてきた。
「ウォーレン様は、その」
「なんだ?」
「本当に魔物の気配がわかるのですね」
「ああ。今いる層の中だけな」
「素晴らしいです。そんなことのできる冒険者なんていません」
「たしかに便利ではある」
「便利というか……その、たぶん王立貴族学校の中で、私たちのパーティーが最強なのではないかと」
珍しく尊敬の色がある視線を向けてくるノエル。
おお。
ようやくデレ期が来たか。
長かった。
妖精さんの力を借りているとはいえ、褒められれば嬉しいものだ。
「もともと王立貴族学校は文民のための学校だ。本当に強い奴らは王立魔法学校の方に行って騎士叙勲を目指す。ここにいる奴らは武門の落ちこぼれだ」
「私にも一応、スカウトはあったのですが」
「止められたんだろ?」
「はい。王立魔法学校に行っていた兄から言われました。お前でもとても無理だ。あそこは本当にやばいと」
それはそうである。
なにせ、王立魔法学校には世界最強の武人が集まってくる。
卒業するだけで貴族になれるし、その年度最強の軍勢も与えられる。
地位も名誉も思いのまま。
伯爵まで上り詰めた卒業生さえいる。
紅眼族の守護者だ。
大陸中央部の利権をかけて青眼族と戦い、人類を守っている。
「僕たちのいる学校は政治が専門だからな。ダンジョン探索は適当だ」
「しかし、誰かがやらねばなりません」
「まあな。特に僕の場合、エニウェア侯爵家の治安維持に責任のある立場だ。家の事情がなければ領地運営に専念していただろう」
「ウォーレン様はダンジョン探索がお嫌いなのですか?」
「いや、好きだ。戦うのは好きだ。しかし、そろそろ領地運営の方にも力を入れないとな」
もうすぐ夏休みだ。
一週間後には僕の領地に向けて出発しなければならない。
ダンジョン探索はこれで最後。
しばらくはお休みとなる。
だからというわけではないが、行けるところまでは行くつもりだ。
「そういえば」
「なんだ?」
「ウォーレン様は、テストはどうだったのですか?」
「だいたい600位ぐらいだな。今回はちょっとサボり気味だ」
「私は2100位ですが」
「ノエルは頭が悪いからそんなもんだろう」
「なんてことを!」
事実を指摘されたノエルは顔を赤くして怒りだした。
「ああ、すまんすまん。脳筋というべきだったな」
「どっちでも同じです!」
「しかし、2800人ぐらいの中の2100位だろ? 明らかに下位集団じゃないか。謹慎中はずっと勉強できたはずなのに」
「ちゃんと勉強はしました! ウォーレン様にはできない人の気持ちなんてわからないのです! だいたい貴族が600位とか本来はおかしいですし!」
「まあ、貴族だけだと1000人中の20番ぐらいかな?」
ウォーレンは家庭教師の洗脳を受けて育っているので、勉強はよくできるのだ。
ぶっちゃけコネがなくても普通に入学できるレベル。
がんばりすぎである。
貴族にとって、一般の入学生と張り合えるほどの学力は必要ない。
物語ではよく、王族でかつ学校一番の秀才、なんてキャラが出てくるが。
あれはなんなのだろうか。
貴族社会では成績がよかったとしても誰もほめてくれない。
趣味にかまけた変態だと思われるだけである。
学校の成績を上げるぐらいなら、他にも学ぶべきことはたくさんある。
「変です! おかしいです! 全然勉強ができるようには見えないのに!」
「普通にしてれば問題ないだろ」
「普通って……やっぱりウォーレン様は、その、ちょっと勉強すればできてしまうタイプなのですか? 授業を聞くだけで覚えられるとか、そういう?」
「いや、毎日復習をして、書いたり音読したりイメージしたりクイズ形式にして思い出したり、あれこれやってはいる。図書館で調べたりもするかな」
僕が普段の勉強法について軽く説明してやると、ノエルは顔をしかめた。
あからさまに嫌がっている。
目に涙が浮いている。
表情に出すだけでは飽き足らず、ノエルは口にまで出して叫んだ。
「なんなんですかそれは! 嫌な話ですね!」
「キレられる意味がわからない」
「だって、努力でも負けてるなんて、私が怠け者みたいじゃないですか!」
「学問ではその通りだと思うが」
「ひどいです。ひどすぎます。ウォーレン様は私よりもダメな人であってほしかったのに」
「ひどいのはお前の頭と発言だ」
「うわあああん!!」
ノエルはみっともなく泣きわめいた。
ぽろぽろと涙を流した。
そんなにかよ。
つーかノエルちゃん、ウォーレンをバカにしすぎだろ。
彼はもともと勉強はできたんだぞ。
いや、まあ、女の子は下品な男を無条件で軽蔑する生き物だ。
ウォーレンはその点、自重しない男だし。
欠点だけを見て残りを全否定するというのは、思春期にはよくあることか。
それに加えて、ノエルは急に友達をなくしている。
情緒不安定になるのはしかたがない。
彼女の精神は孤独に耐えられるほど成熟していないのだろう。
ここはフォローしてやるべきかもしれん。
「安心しろノエル。見方を変えればいい。下には700人もいる」
「あの人たちって正真正銘の脳筋じゃないですか!」
「いや、貴族で頭が悪くてかつ動かないという人間もいるからな。彼らよりノエルは上だ」
「ううう、でも、身分で下だったら実質的には私が下ではないですか?」
「おお、それがわかるようになったか。少しだけ成長したな」
さすがにあれだけ叩かれればそう思うか。
ノエルがまともになった。
個人的には前のおかしなノエルのほうが好きなので、一長一短ではあるが。
「今気づいたのですが、もしかして私は王立貴族学校で最下層にいるのでは?」
「まあそうだな。腕っぷし以外はその通りだ」
「ショックです」
「あまり気にするな」
「気にするなと言われても……な、なんだか今までの自分が急に恥ずかしくなってきました」
半泣きで顔を手でおおって縮こまるノエルちゃん。
やたらと可愛いな。
抱きしめたい。
ぺろぺろしたい。
このまま家に持ち帰ってハッスルしたい。
「あとはまあ、顔か。ノエルは顔がいいからな。それでやっていける」
「それは私の顔以外に用はないということでしょうか?」
「女々しいことを言うな。僕は思ったことを言っただけだ。自分の価値ぐらいは自分で決めろ」
「難しいです」
「まあ、このダンジョン探索では役に立ってるんじゃないか? 今はそれでいいだろ」
「そうですね。考えるのは苦手ですし」
ノエルは思考を放棄した。
おいおい。
いくらバカでも、人として最低限これぐらいはというラインはあるのだぞ。
「侯爵家の正室としてそんなことでは困る。お前は僕の子供を産まなければならないし、側室の管理だってやるのだ」
「優秀なサポートを求めます」
「自分を知るのはいいことだが、ノエルは少し自信をなくしすぎているようだな」
「ウォーレン様のせいです」
「僕が何かしたか?」
「だって、最近のウォーレン様は、けっこう……いえ、いいです。なんでもありません。確かにちょっと甘えすぎていました」
パンパン、と自分の頬を叩いて気合いを入れた後。
ノエルは猫背になっていた姿勢をまっすぐに正し、どんと胸を張った。
「行きましょう。休憩はもう十分です」
「そうだな」
「目標は20層です。ガンガン進みましょう!」
「そこまではついていけんぞ」
なにやら急に元気になったようだ。
ノエルは腕を突き上げてやる気をアピールしている。
やれやれ。
女の子の考えることは、本当によくわからんな。
まあ、せっかくやる気になったのだ。
水を差すこともあるまい。
僕たちはそさくさと装備を整え、迷宮深部へと向けてあわただしく出発した。
そして、それから。
やたらとやる気をみなぎらせるノエルに引っ張られるようにして。
どんどんと迷宮を進み。
最終的には目的地を通り過ぎ。
ついには聖域のあるという、迷宮17層にまでたどり着いた。




