第3話「買い物デスマッチ」
「やってきました! イイユメ朝市!」
「おおー」
馬車から降り立って叫ぶカルラに向けて、僕はぱちぱちと拍手をした。
まず感じるのは空気だ。
磯臭い。
魚臭い。
湿った風があたりに充満している。
それと、食べ物の匂いか。
停車場の中にまで屋台が並んでいて、非常にごみごみした印象を受ける。
「いいですね! 知らない場所! テンションが上がります!」
「僕は慣れた場所のほうが好きかな」
「若くない! 覇気が足りませんよ! ダンジョン探索とか好きなのでしょう?」
「あれは戦闘があるからなあ……ここには平和しかないぞ」
「いいではないですか。平和。いいものです」
「ここは平和ってゆーか、スラムって感じだけどな」
僕はざっと周囲を見渡した。
人であふれている。
どなたも悪そうな顔をしていらっしゃる。
イイユメ朝市はあまり治安がよろしくない。
だいぶ前にやくざ者に仕切られたまま、ずっと放置されている。
追い出そうという案もあったのだが。
そのたびに棚上げになった。
ここ一帯を任されている代理領主がやくざと組んでいる、なんてうわさもある。
まあ、イイユメ朝市はそれほど重要度が高くない。
アルテピアの内海に面してはいるが、それだけだ。
うちの領内にはもっと大きな港が30はある。
そちらの整備のほうが優先。
こんな田舎にまで行政の手を届かせるには、明らかに人材が足りない。
もちろん、極端に治安が悪ければ対処するのだが。
ここのやくざ者は賢い。
ちゃんと税金を払う。
お上には逆らわないし、組織から外れたチンピラを勝手に縛ってくれる。
警察の下部組織みたいな位置づけだ。
もちろん独立勢力だから命令はできないにせよ、実害がなければ問題ない。
とはいえ、やくざはやくざ。
彼らの仕切りは早くて雑で乱暴だ。
薄汚いバラックがあちこちにあるし、路地裏はゴミだらけで薄暗い。
迷い込んだら二度と出てこられないまである。
少なくとも夜には出歩けそうもない。
それぐらい危険な場所だ。
「世界はこれぐらい混沌としているほうがいいですね。わくわくします」
「女の子からは評判が悪いんだけどな」
「そりゃまあ、ここに来ると犯罪に巻き込まれる可能性がありますからね。女子生徒は来ない方が無難でしょう」
「カルラも女子生徒だが」
「私はいいのです。普通の女子生徒ではないので」
「そうか」
僕はうなずいた。
そりゃそうだ。
別にハッタリではないな。
カルラを普通だと表現する人間はいるまい。
いるとすれば単に頭が悪く、自分が特別だと勘違いしているおバカさんだけだ。
「さて! まずは買い物です。どこに行きましょうか?」
「飯屋だ。腹へったし」
「朝ご飯を食べていないのですか?」
「市場で食うという話だったからな。野菜とコンソメだけだ」
こんなことなら、せめてパンだけでもつまんでくればよかった。
だいぶ気分が悪い。
一時間も馬車に揺られていたというせいもあるが。
問題は空腹だ。
ウォーレンの体内の脂肪を処理するためには、たんぱく質が必要なのである。
「では、屋台巡りをしましょう!」
「いやごめん。僕って育ちがいいから。できればちゃんとしたとこで食べたい」
「まるで私の育ちが悪いかのような言いぐさですね?」
「カルラは軍隊めしでもいける口だろ。僕は不潔なのが苦手なんだ」
「ダンジョン探索者とは思えない発言です。ちょっと根性足りなくないですか?」
「我慢はできるさ。でも、選択肢があるときは違う。一番いいものが欲しい」
「しょうがありませんねえ」
僕たちは海産物を扱った料理を出す店に入り、そこで朝食を取った。
刺身。
海鮮どんぶり。
野菜の刻みスープなど。
もともと日本人だった僕としては、やはりパンよりもコメのほうが口に合う。
醤油に似た調味料もある。
やや魚のダシが効きすぎている気もするが、まあ、これはこれで。
うまい。
とにかく鮮度が違う。
歯ごたえが抜群だし、貝もイカも魚もみんな臭くない。
魚卵はぷりぷりしていて塩味が効いている。
僕は久しぶりに満足いく食事を取った。
最後に出された緑茶をがぶがぶ飲んで、ふうと一息をつく。
「ごちそうさまでした」
「レンはけっこう箸の使い方が上手ですね」
「まあな。僕はコメが好きなんだ。知らなかったか?」
「知りませんでした」
前世日本人のカルラであれば、やはり米が好きなはずなのだが。
いや、そうでもないか。
昨今では食の欧米化が進んでいると聞くし。
パン食や芋食などで炭水化物を取っていてもおかしくない。
「それでは、気を取り直して。買い物に行きましょう!」
「おおー!」
僕は満腹になって機嫌がいいので、ハイテンションでうなずいた。
「どうします? まずは一緒に見ますか?」
「え、そりゃそうなんじゃないの? デートだし」
「人によっては各々楽しもう、みたいな形式を好むこともあります。レンはどっちです?」
「うーん。どっちでも」
「適当ですねえ」
「一緒は一緒でカルラと話せて楽しいけど、観光は観光で楽しいから。迷う」
「では、最初に2時間ぐらい自由行動にしますか? 後でお互いの気に入ったところを紹介するとか。もしくは行きたい場所に行くということで」
「そうしようか」
共感派の女の子が聞いたらブチ切れしそうな提案だが。
まあ、言い出したのはカルラだ。
問題ないだろう。
そもそも僕たちは付き合っているわけではないし、勝手にしたほうがいい。
「でも、単なる買い物ではゲーム性がないですね」
「ゲーム性?」
「はい。ここは勝負にしましょう。掘り出し物発見デスマッチなんてどうです?」
「え? 負けたら僕死ぬの?」
「デスマッチは例えです。そうじゃなくてですね、市場にある値打ちものを見つけたほうが勝ち、みたいな勝負をしませんか? 金貨1枚の予算で一番いい品を見つけた人の勝利ということで」
ふむ。
そりゃまた、ずいぶんと。
わかりやすく墓穴を掘ったというか、不利な勝負を持ちかけたな。
「自慢じゃないが、僕は超強いぞ。目利きには心得がある」
「おお、すごい自信です。朝市の開始時間さえ知らなかった人だとは思えません」
「それとこれとは別だ。相場についてはよくわかる」
「ふうん?」
カルラはおもしろそうに笑った後、挑発的な視線を向けてきた。
「では、それでいきましょう。勝った方は負けた方の言うことを一つ聞くということで」
「いいとも」
僕はうなずいた。
「それでは2時間後。またここで会いましょう。手加減はしませんよ」
「安心するといい。ほえ面をかくのはカルラだ」
「では」
「では」
そういう話になった。




