第4話「童貞は黙れ!」
『さて、妖精さん』
『はーい』
『話は聞いていたよな』
『まー聞いてたけどさー。こういう勝負って自力でやるもんじゃない?』
妖精さんはずいぶんと非協力的なことを言った。
そんなことでは困る。
僕はこの勝負に勝たねばならないのだ。
目利き勝負の行方についてはほぼ全て、妖精さんの鑑定能力にかかっている。
『お前だけが頼りだ。なんとかしてくれ』
『そんなに勝ちたいの?』
『当然だろう? 勝った方は敗者になんでも命令できるのだ。なんでもだぞ?』
『いや、さすがに服を脱げーとかは無理なんじゃないかと思うけど』
夢も希望もないことを言うんじゃない。
結果はまだ出ていないのだ。
案外いけるかもしれない。
カルラは凌辱願望持ちなのだ。
押せば倒れるという可能性は常に存在する。
『いいか。まずは二人きりになりたいとか命令するとしよう。そこでそっと抱き寄せて』
『聞いてないし』
『こんな風にされるのを望んでたんだろ? とか言っちゃってだな。あちこち揉んだり舐めたりするのだが凌辱願望のあるカルラはやめてくださいと言いつつも逆らえない。そして服を引きちぎってベッドに押し倒して』
『もうその辺でいいから』
『たっぷり楽しんだ後は、今回のことが周りに知られたらどうなるかなあ、とか言って脅してだな。どうしてこんなことを、とか言って唇をかみしめて震えるカルラの髪を指でもてあそんだり、そのまま二回戦に突入したり、その後もたびたび呼び出して徐々に性奴隷としての調教を』
『うるさい! 童貞は黙れ!』
妖精さんは僕の体から飛び出して後頭部を蹴りつけた。
ゲシッ!
いたい。
結構な衝撃がある。
妖精さんキックはバカにできないのだ。
目の奥がチカチカするし、頭がくわんくわんと鳴っている。
『僕の頭はサッカーボールじゃないぞ?』
『わかったから。協力してあげるからもう黙って。聞いてるとつらいし』
『妖精さんは潔癖だな』
『いや、さっきの君って痛々しさマックスだったから。女子が聞いてたらドン引きするレベルだから』
わけのわからんことを。
痛々しくない性癖なんて存在するのか?
『美咲は勘違いしている。いいか。そもそもエロトークというのは』
『あー、もういい。聞きたくない。さっさと行こう』
『内面に秘めたリビドーというのは共感可能なものであると同時に決して他者と一致しないものであるから』
『あ、あれなんかいいんじゃない?』
妖精さんは僕の主張をガン無視した。
いじめか。
これは心の復讐手帳にきっちりと記しておこう。
『で、どれだ?』
『別に何にも見つけてないよ。話題をそらしたかっただけ』
『そうか』
『ちょっとサーチしてみたけど、食品関係とか金銀魔石は望み薄だよね。骨董品を狙うのがいいと思う』
『そりゃそうだな。相場が明らかな品なら目利きの必要もないし』
戦時において金銀魔石が重宝されるのは、それに普遍的な価値があるからだ。
逆に平時においては絵画や彫刻、工芸品などに高値がつく。
後者の評価はまちまちだ。
流通ルートや信用のあるなしによっても大きく上下する。
ただし、ある程度有名な作者の作品であれば相場が存在することもある。
『ま、ひとまず観光してみるか』
『はーい』
僕たちは護衛をひきつれて、ぶらぶらと市場を冷やかした。
イイユメ朝市は広大だ。
天幕を張った露天には多種多様な品が並べられている。
港のため客は多い。
アルテピア内海に出れば数えきれないほどの都市と海路で繋がっている。
いちおう内陸部ともつながっているが、本命は海外向けの市場だ。
船の移動距離は長い。
力もいらない。
大量の物資を運べる。
港の傍にある街が発展するというのは、いつの時代でも変わらない。
交易品の出どころは多岐に渡る。
南部から送られてくる砂糖、塩、絹、銅、真珠、更紗、奴隷。
東部からの金銀、陶磁器、漆器、茶、清酒、染料、米、絵画、翡翠。
北部からの食肉、大麦、ワイン、繊維、鉄鉱石、ガラス細工、武具。
新大陸からの香辛料、コーヒー、カカオ、タバコ、宝石、民芸品など。
これらの品々が無秩序に雑居している。
市場の管理が適当なため、目当ての品を見つけることさえ難しい。
『まあ、そのほうが商人としては参入しやすいんだけどな。客からしてみれば不便な場所ではある』
『うーん』
『どうかしたか?』
『いや、異世界の人も生きてるんだねえ』
妖精さんは反応しにくい感想をもらした。
『何をいってるんだ?』
『マスターは憑依転生だから気にならないのかもしれないけどさ。私とかは絵本の中に紛れ込んだみたいな気分もあるんだよ』
『ああ、なるほど』
『だからなんてゆーか、悪い奴らが現れて、魔法でババーンとやっつけて、それでめでたしみたいな? 物語の区切りみたいなのがあるものだと』
『そんなものはない』
僕はすぱっと断言した。
『世の中に完結した物語は山ほどあるが、それは単に完結までしか記されていないか、極端に簡略化されて表現されているだけだ。現実はいつまでも続く』
『私たちって、いつまでここにいるんだろ?』
『それは死ぬまでだと思うが』
『マスターはこの世界に骨をうずめるつもりなの?』
『もちろんそうだ。ここで生きてここで死ぬ。僕はそのつもりだ』
『私は……よくわかんないな。ここが嫌いってわけじゃないんだけどね』
どうやら妖精さんは、いまだにこの世界でのスタンスを決めかねているらしい。
やれやれ。
そんなのは、自分の置かれた立場を考えればわかるはずなのにな。
『お前、欲望とか目的とかないの?』
『目的はあるよ。観察と探求。だらだらすること。クラスメートを見つけること。でも、それは絶対にしなきゃいけないことでもないんだよね』
『欲望は?』
『食欲とか性欲とか睡眠欲とか。妖精はすごく薄い。だからまあ、あるのは知識欲ぐらいかな』
『まんまメルヘン生物ってわけか』
『そりゃもう。妖精はおとぎの国の住人なのですから』
妖精さんは偉そうに胸を張った。
ふむ。
本人が満足しているというのなら、別に僕が何かする必要はないのだが。
『一つ教えてやれることがあるぞ。お前の目的についてだ』
『私の目的?』
『ああ。お前の目的は、僕を助けることだ』
『はあ?』
妖精さんはきょとんとした声を出した。
『おかしいか?』
『おかしいってゆーか……あはは、なにそれ。ひっどい意見だね』
『僕は大真面目だが』
『あながち的外れでもないのが怖いかも。妖精は奉仕活動に喜びを感じるから』
『そうなのか?』
『うん。人助けって気持ちのいいものだよ。君もやってみれば?』
『僕は領主だからな。自分を成長させるのが、すなわち人助けというものだ』
『うわーお。そんなの全然人助けじゃねー』
妖精さんから的確なつっこみが入る。
まあそうだな。
彼女の言うとおりだ。
人というのは自分だけが助かった場合に喜ぶ。
領主として公平に助けたとしても、誰一人として感謝はしないだろう。
『人助けの本質はえこひいきだ。それも自分が目についたものに限る。貴族が持つべき趣味ではない』
『そーゆー打算に満ちた発想こそが人助けの対極にある考えなんですけど!』
『可愛い女の子なら助けるさ。後は知らん』
『だから、そーゆー打算に満ちた考え方こそが!』
『人助けだ』
『えー』
『可愛い女の子をえこひきして助ける。それは人助けそのものだ。なにも間違っていない』
『はあ。そりゃまあ、なんにでも理屈はつくからねえ』
すっかり諦めた口調の妖精さん。
僕としては、誰にとっても納得できる真実を話したつもりなのだが。
お気に召さなかったらしい。
やれやれ。
メルヘン生物というのは扱いが難しいな。
『まあいい。とっとと行くぞ。時間は有限だ』
『へいへい』
『あそこに宝石店がある。早速サーチしてくれ』
『はーい』
そんな感じで市場を冷やかしながら。
僕達は値打ち物の発掘がてら、朝市の観光を楽しんだ。




