第5話「校長と話し合いましょう」
「そ、その、本当にやる気なので?」
「もちろんだ。この部屋から出たら父上に手紙を書こう」
「うまく行きますかな?」
「そんなことは知らん。僕はあくまでも提案しただけだ。決めるのは僕ではないし、その権利も力もない」
学校の財務内容について話していたはずが。
いつの間にか創立理念を揺るがす話になっていた。
校長のフレイザーが汗だくだ。
暑いからではなかろう。
僕とは違い、彼は40代のしおれた中年だ。
今後の面倒ごとに関するプレッシャーで緊張しているらしい。
僕は来客用の水差しからグラスにどばどば注ぎ、ごくごくと流し込んだ。
ふう。
僕も汗だくだ。
緊張からではない。
ウォーレンの場合、密室で男と顔を突き合わせているだけで暑いのだ。
「もともと大陸北部中央だけから人を集めすぎていたのだ。全国から募集するのが当然の流れだろう」
「ここは北部中央です。遠くから来ますかな?」
「来るさ。王立貴族学校は名門だ。貴族利権の魅力にはあらがえん」
領地運営に関わるきっかけとして、ここ以上の場所はない。
野心があれば誰だってこの学校を目指すだろう。
「学校は研究機関でもあるのですが」
「そんなものは建前だ。研究はパトロンを探して自分でやるしかない。ここの本質は官僚稼業への就職斡旋所だ」
「それはあんまりなお言葉」
「コネ枠で入った学校教師がうじゃうじゃいるせいで、授業の質が落ちているぞ。どこが研究機関なのだ。単なる名誉職だろう」
「耳が痛い話です」
「ジョサイア講師の授業とか、すっげーつまんないんだけど。なんとかしろよ」
「彼はエイブラハム侯爵の従弟でして。私の力ではとても」
フレイザー校長はなげかわしそうに首を振った。
本当になげかわしいな。
他人事ならどうでもいいのだが、生徒としての視点で見れば最悪だ。
「そのための一般開放だ。生徒数が増えれば講師の数も増やせる。優れた人間も来るだろう」
「は、しかし、すでに5年先の採用枠まで埋まっている状態でして」
「割合を決めてねじこめ。既存の採用枠とは別に拡張すれば問題ないだろう」
「他の貴族から文句が出ませんかな」
「そりゃ出るさ。しかし現状はやりすぎだ。教育機関として崩壊するほどコネに走るのはまずい」
象牙の塔にしても秩序は必要だ。
学問なんてものは実生活では何の役にも立たないが、まれに奇跡が起こる。
発明品が世界を変えるほどの変革を呼ぶことがある。
それは確率論の世界だ。
ほとんどの学者はただの変人だが。
極一部の天才がいるせいで無視することもできない。
そしてやっかいなことに、天才と変人の区別は誰にもできないのだ。
「まあ、コネで入ったから絶対に無能というわけでもないのだが」
「助手が天才なら問題ないですからな」
「そういうことだが……やはり地頭の差はいかんともしがたい。わけ隔てなく優秀な人間を集めておくほうが、他との競争に勝ちやすい」
貴族には想像を絶したバカがいる。
頭脳はもとより、体力、情熱、人を使う能力など、すべてに劣る者がいる。
そういう人間であっても、コネがあれば教師になれてしまう。
コネとはそれほど強力な力なのだ。
せめて人並みであればいいのだが、度を越して劣悪な人間は弾く必要がある。
「コネ採用をなくす必要はないが、他の学生に悪影響が出るレベルで無能な人間は外すべきだ。外聞に関わる」
「とはいえ、エイブラハム侯爵の力は強大なものでして」
「彼はあのままでいい。子爵程度の後ろ盾なら目をつぶってもよかろう?」
「では、カトーやユードラなどを」
「そうだな。機会をみつけて解雇するか、もしくは閑職に追いやれ」
「わかりました。予算を私的に流用しているようなので、それをあげつらって」
「そのへんは勝手にしてくれ」
予算の流用は誰でもやっている。
しかし問題視されるのは一部の人間だけだ。
悪事を働いたから罪になるわけではない。
悪事は誰でも働く。
邪魔だから悪事を理由に罪を着せられるということだ。
もともと法律というのは2割程度の人間しか守れないように作られる。
残りは全員罪人だ。
しかし罪にはならない。
犯罪者として追い落とすべき人物を定めるのが、つまりは政治というもの。
「では、その、恐れ多いのですが」
「あとで提案書を書く」
「ありがとうございます。よろしければ、カルラ様にもお口添え願えれば」
「なぜ僕に言うのだ」
「そ、その。私には少々カルラ様がおそろしく」
僕ならいいのかよ。
と思ったが、口には出さなかった。
まあいいさ。
今はそれでいい。
そのうちカルラに泣きついたほうがましだと思われる人物になる。
僕はそう決めた。




