第3話「戻りましょう」
10層についた。
しかし、第六ダンジョンには聖域が存在しない。
もう少し先の14層に魔力だまりがある。
そこまで進むべきか。
それとも戻るべきか。
判断の難しいところだ。
「進みましょう!」
ノエルは前進を主張した。
自身の探索レコードを更新できて興奮しているらしい。
頬が紅潮している。
目が眠りを忘れたようにギラギラ光り、気力に満ち溢れているのがわかる。
まあ、近衛がいるのだ。
足手まといとなるパーティーメンバーがいなければそんなものだろう。
スークス男爵家一族でも特に武の誉れ高きノエルである。
意見が勇ましいのは当然か。
現場では頭の悪さが求められる。
賢い人間は使いにくい。
そういう意味ではノエルには見どころがあった。
ここで帰りたいと弱音を吐くようでは伸びしろは多くあるまい。
「僕はそろそろ帰ってもいいと思うが」
とはいえ、指揮官役がそんなことでは困る。
ここはあえて反対意見を出すことにした。
内心では先に進みたかったのだが。
参謀役のメンバーがいない以上、ストップをかける人員は必要である。
「ウォーレン様は惰弱ですね」
「慎重なのだ」
「疲れているのですか? 見たところ、食料には余裕がありそうですが」
「わからん。自分では疲労に気付けないものだからな」
僕のことではない。
ノエルの話だ。
疲労は常にたまる。
興奮していると気づけない。
ノエルは無理が利いてしまうタイプだ。
このへんは僕の側で調整するべき問題なのだろう。
「ウォーレン様が帰るというなら、帰るしかありません」
「そうだな」
「もうちょっと進みませんか? 見たところ余力もありそうです」
「わかった。そうしよう」
まあ、大丈夫か。
10層だ。
メンバーも充実している。
大きなケガもない。
食料もある。
20層まで進むのは無理だが、14層ぐらいならなんとかなるだろう。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
下層へと進んだ僕たちは12層で魔狼の群れに遭遇した。
多い。
100匹を超える数だ。
鋭い爪と牙をもつ、雪のような毛皮の狼。
スノーヴォルフ。
初心者冒険者ならば1対1でもやられてしまう強敵であるといわれる。
それが、100匹。
勝てなくはない。
勝てなくはないのだが……狼タイプのモンスターは統制が効いている。
集団戦が得意なのだ。
転んだところを寄ってたかって噛みつかれでもしたら危険だ。
普通に死んでしまう。
僕なんて食べごろだし。
140キロの肉体なので、さぞかし食いでがあるだろう。
「引き返すぞ」
「それしかありませんね」
ノエルもさすがに反対はしなかった。
彼女はバカだが。
そこまで極端ではないのだ。
目で見てやばいと思えば撤退できる程度の計算能力はある。
『おい妖精。索敵しろ』
『前に70匹。横穴に16匹。後ろ左に10匹。近づいてるから急いだ方がいい』
うちの妖精さんは魔物の気配が読める。
どうやら狼の側もこちらに気付いているようだ。
包囲網を作っているらしい。
ならば、さっさと退避するにしくはない。
「走るぞ。後ろ左から魔物の気配がする。右側の道へ抜けろ」
「魔物の気配?」
「僕にはわかるのだ。議論はいらん。すぐ動け」
「わ、わかりました」
僕たちはいっせいに駆けだした。
140キロの巨体である僕の動きは鈍い。
が、それでも狼よりは早い。
彼らはあくまでも集団なので、機敏にまとまって動くことはできないのだ。
僕たちは逃げるのに成功した。
「フィル。サディアス。5匹ほど追ってきているようだ。一当てして追い払え」
「了解」
護衛2人は追撃に迫ってきたスノーヴォルフを蹴散らし、すぐに戻ってきた。
そのまま早足で地上への道を進む。
狼も無理をしてまで獲物は狙わないので、ひとまずはこれで安全だろう。
地上への道中。
ノエルが不思議そうな顔で聞いてきた。
「ウォーレン様。魔物の気配とは何ですか?」
「匂いとか魔力の波とかそういうのだ。注意すればわかる」
「私にはわかりませんが」
「僕もできるようになったのは最近だ。やりかたは……よくわからん」
心の中の妖精さんに問いかけろ、などと言われてはノエルも困るだろう。
妖精サーチ。
この力は世界トップ3ぐらいの人間が持つ索敵能力を模倣しているらしい。
やろうと思えば10層先の魔物の気配まで読めるという。
レベルと共に少しずつ成長するらしいので、今はまだ索敵範囲が狭いのだが。
それでも十分な力だ。
ノエルもそのように感じたらしく、僕の顔をまじまじと見つめている。
「ウォーレン様って、もしかしてすごく優秀な冒険者なのですか?」
「当然だろう。僕は世界一の英雄だ」
とたんにノエルがげんなりした顔になった。
「せっかく感心してるのに。どうしてウォーレン様はそうなのです!」
「なにをキレてるんだ。意味がわからんぞ」
「謙譲の心が足りません!」
「それは求めてまで得るようなものじゃないだろ」
年頃の女の子というのは本当にわけがわからん。
マイルールが多すぎる。
世界とはこうあるべきだ、とあらかじめ自分で決めているようにも見えた。
究極の自己中心型だ。
当の本人はそれで正しいと思い込んでいるぶん、余計にタチが悪い。
「まあいい。戻るぞ。今は先には進めん」
「そうですね」
「狼の群れは移動するし、定期的に集合離散する。その間隙をつけば、さらに先へと進むこともできるだろう」
まあ、狼の群れは魔物を主食にしている。
倒す必要はない。
5層あたりまで移動してくればまた別だが。
このあたりの生態系の一部として存在している以上、無視していいだろう。
人類の敵ではない。
帰り道にはこれといったトラブルもなく。
ときおり妖精さんのアドバイスで、値打ちものの石を拾ったりして。
魔物を倒し。
歩き。
食べ。
時には笑い。
2日程度かけて迷宮をゆっくりと戻り、地上への帰還を果たした。




