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第8話「身の程を知れ」

 男の戦力を見て取る。

 筋肉はある。

 体格は普通だ。

 体重は目算で70キロ程度。

 僕の半分か。

 顕在魔力は僕の5分の1程度。

 あれでは重力魔法は使えまい。

 せいぜい体重100キロのスピード攪乱戦術がせいぜい。

 戦闘時における僕の体重は500キロを超える。

 どう見ても負けようはない。


 10キロの幼児と50キロの大人の勝負だ。

 やれやれ。

 肥満で鈍くて持久力のないウォーレンだが、力は本物だというのに。


 僕はゆっくりと男に近寄った。

 そのまま襟に手を伸ばす。

 男がのけぞった。

 そのまま一歩進んで胸倉をつかむ。

 抵抗するように腕を握られたたが、気にせずにそのまま引き寄せた。


 男は攻勢に転じた。


 引き寄せられた勢いのまま僕に頭突きを加える。

 頭に衝撃。

 しかし軽い。

 額で受けたのでダメージはほとんどない。

 僕は男の体を左右に振り、崩れた重心に沿って体落としをしかけた。

 足をかけて転がす。

 そのまま馬乗りになる。

 拳を振り上げて打ち込み、何度も何度もなぐりつける。


「が、ごっ、てめ、ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい!?」


 怒りの声もそこそこに。

 男は悲鳴を出した。

 哀れを誘う声で鳴きだした。

 しかしもう遅い。

 もっともっと身の程を知ってもらおう。


 僕の拳が血で染まる。

 抵抗が弱っていく。

 さらに攻撃。

 反撃の気配はない。

 だんだん反応が鈍くなってきたので、僕は殴るのをやめた。


 弱い。

 弱すぎる。

 攻撃禁止のルールを破ってまでこの程度とは。


 別に攻撃してきたことについてどうこう言うつもりはない。

 だまされるほうがバカだ。

 それぐらいはやるだろうと当然思っていた。

 しかし、約束は約束。

 遠慮はいらないだろう。

 僕は足を振り上げ、男の顔面を力いっぱい踏みつけた。


 アゴが砕ける感触があった。


 男の口から血の入り混じった泡があふれている。

 カニか。

 ちょっとおもしろいな。

 人間も泡をふくのか。

 知らなかった。

 せっかくの機会なので、僕は追撃のために足をふりあげて、


『ストップ! 死んじゃう! 死んじゃうから!?』


 妖精さんに止められた。


 そういえば彼女は実戦の未経験者だったか。

 モンスターや貴族と戦った時には香山美咲はいなかった。

 まだこの世界に慣れていないのだろう。

 いや、僕が慣れすぎたのか。

 ウォーレンはこのノリで何人も殺しているので、抑えが利かなかった。


『平民一人殺したぐらいで、僕におとがめはないぞ?』


 一応教えてみたのだが、妖精さんは絶叫で返してきた。


『そういう問題じゃないでしょ! やりすぎだよ!』

『そうだな。止めてくれて感謝する』

『あー、いや、そーゆー話じゃなくて……なんか、君って危ない人だったんだね』

『それは日本での常識だ。忘れた方がいいぞ』

『異世界でも人の命の重さは同じだよ!』

『たしかに。そこは前の世界と何一つ変わらないな』


 金持ちの命は重く、貧民の命は軽い。

 前の世界と同じだ。

 この世界でも何ひとつ変わらない。


 まあ、身近にそれがあるかどうかは違うかもしれん。


 外の世界に戦争と貧困を押し付けて知らないふりを決め込む。

 成功すれば金持ちの国ができる。

 金持ちがいる国ではなく、金持ちしかいない国が。

 自分たちが金持ちだと気付かないまま一生を過ごすことさえできるだろう。


 この世界はいまだ、そのレベルに至っていない。

 貧困はとなりにある。

 だから王立貴族学校の中でさえ、勘違いしたバカの相手をすることもある。


「こいつは不合格だ」


 僕は妖精との会話を切り上げ、残りの学生をにらみつけた。


「お前らは……もう面倒だからまとめて試験してやる。いまから10分立ってろ。反撃もしていいぞ」


 僕はそう言ってから後ろの近衛に目を向けた。


「フィル。サディアス。約束を破って攻撃してくるようなやつらだ。危険かもしれん。僕を守れ」


 返答を待たず、僕はノエルのパーティーに向かって突進した。



 1分後。



 怒号と悲鳴とが響き渡っていた広場は静寂を取り戻した。

 ノエルのパーティーは全員が倒れている。

 何人かは骨が折れている。

 泣いている。

 うめいている。

 血反吐で地面を汚しながらぴくぴく痙攣している。


 当たり前の結果だ。

 僕の近衛であれば単独でもノエルの取り巻きをつぶすなんてわけない。

 ましてや僕を入れての三人がかり。

 勝負の形にさえならなかった。


「さて、ノエル」

「はい」

「人を推挙するのに失敗したお前の罪は重い。しばらく謹慎していろ。学校への登校を禁ずる」

「なっ」


 パーティーメンバーの手当てをしていたノエルがぎょっとした目で僕を見た。


「どういうことです」

「言葉通りだ。こんなゴミようなやつらを僕の近衛に推すのは道理に反している。お前は学問ではなく先に一般常識を学ぶべきだ」

「私にそれが足りないというのですか!?」

「足りんな。お前の身内に聞いてみろ。父でも母でも。家督を継ぐ兄でもいい。おそらく僕と同じ意見だ」

「そんなはずが!」

「あるとも。そうだな……フィル。サディアス。お前たちはどう思う?」

「ウォーレン様の意見に同意します」

「まったくその通りかと。彼らと同列視されるのは不愉快きわまります」

「だそうだ」


 ノエルは与えられた屈辱にわなわな震えている。

 おお。

 かわいい。

 この子ってプライドを傷つけられているときが一番かわいいな。

 くせになりそうだ。


「……それでも! ウォーレン様に私の謹慎を命ずる権利はありません!」

「いや、あるぞ」

「あるわけがないでしょう! 聞いたことがありません!」

「僕は婚約者だ」

「それがどうしたのです!?」

「婚約者の扱いは夫婦のそれにほぼ準じる。僕は侯爵家の後継者だ。お前はエニウェア侯爵家における身分制度で僕の下にある。僕の命令には逆らえない」


 当たり前のことを説明しただけなのだが、ノエルは愕然とした表情で僕を見た。


「そ、それでは、私に死ねと言って殺すこともできるではないですか!」

「それは無理だ。この命令は僕と君の父には必ず伝達する義務があるからな。おかしなことは言えない。しかし、今回の話は別だ。お前が謹慎程度の罰を受けるのは当然と考える」

「……わかりました。謹慎しています」


 不承不承、といった調子でノエルがうなずいた。


「ノエルよ。お前は少し調子に乗りすぎている。自分の分際をわきまえて、貴族として当然知るべき常識を学ぶことだ。それはそこに転がっているバカどもからは学べん。貴族社会での交友を深めるがいい」

「善処します」


 する気がなさそうな返事だな。


 まあ、ノエルは男爵家の次女だ。

 貴族社会では最下層。

 居心地が悪いのはしかたないか。


 ノエルは僕をにらんでいる。

 ぽろぽろ泣いている。

 懐かしいな。

 父親に手を引かれて僕の家に謝りに来た時も、同じ顔で泣いていた。


 しかし、あれだな。

 ノエル。

 14歳だから、今はこれぐらい反抗心があるほうが望ましいのだが。

 あとあとまでこれが続くと考えるとぞっとしない。


 教育が必要だ。

 根気よく教育して矯正するべきだろう。

 それがノエルのためになる。


 決してノエルの泣き顔がまた見たいとか思っているわけではない。

 ないったらない。

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