第7話「近衛の条件」
「待ってください!」
ノエルが僕をひきとめた。
なんだよ。
うっとうしいな。
面接はすでに終わったのだから、後は帰るだけなのに。
「彼らは能力も高く、人の義と情を知る人間です。そんな質問で切るなんて!」
「おまえ、近衛って何かわかってるの?」
近衛とはその君主が持ち得る最高の兵士のことだ。
全世界の支配者共通で、近衛には自分が最も信頼できる者を置く。
強く清廉で忠誠心が高い。
それが近衛の条件だ。
単なる友達を近衛として推挙できる無神経さがわからない。
「僕が死にかけた時に命をかけて守るのが近衛だ。強いだけ、優しいだけ、誠実なだけの人間なんていらない。全部兼ね備えてはじめて近衛になれる」
「何が足りないというのですか!?」
「一番足りないのは誠実さかな。彼らには全員足りない。このメンバーはノエルの仲間にはなれても、僕の近衛にはなれない」
「命令を断ったから誠実ではない、というのですか?」
「そうだな」
「な、なら、彼はどうなのです。命令を最大限守ると言いましたが」
僕は失笑した。
「近衛に求められる誠実さはそういうものじゃない。この場合だと、他の仲間に対して「主人の命令に逆らうとはなにごとだ」と剣を振るって脅してはじめて誠実と言える。自分だけ誠実でも意味がない。まわりにそれを強要するのが近衛に求められる誠実さだ」
僕の金で飼われる兵になろうというのだ。
命令に逆らうなんて論外。
まるで話にならない。
良心の範囲内で命令を守るといった彼に対しても、その結論は変わらない。
というか、そもそも命令を守るといった当人にそんなつもりはない。
あれはただのポーズだ。
彼が命令を拒絶する理由にあげた良心の幅は広い。
なんでもそれで通る。
大切な場面ではまったく動かない部下の典型といってもいい。
もしも彼が真実、誠実であった場合。
主を試してやるといった仲間の言葉を聞いて平然とはしていない。
少なくとも身を縮めて震えるのが当然の態度である。
ノエルつきの武官ならそうしていただろう。
口先だけ誠実であっても態度が尊大なら見透かされるものだ。
最低でも僕になめた口を利いた仲間を殴るぐらいはしなければ。
それでぎりぎり合格。
ましてやノエルのパーティーメンバーの側に立って平然としているなんて。
そんなやつのどこが誠実なのだ。
仮に「命令には何でも従います」と言ったところで、彼の不合格は揺るがない。
「上司に媚びる者は仲間には嫌われる。しかし、そこを押してするのが誠実さだ。近衛は僕に対して誠実であればいい。仲間やノエルに対して誠実な近衛なんていらない」
「で、でも、婚約者からの紹介なのですよ?」
「それがどうした。ただでさえノエルと僕との間には信頼関係がない。お前は僕に信用されるための手を打たなかった。見下す気配さえあった。そんな人間は味方として認識できない」
「私はウォーレン様の味方です!」
なんて心に響かない宣言なんだろう。
恥を知らないのか。
こんな屑どもを推挙しておいて、味方もなにもあったものではない。
「口ではなんとでも言えるさ。僕の金でお前の仲間を雇う義理はないな。素直にスークス男爵領の当主あてに紹介状を書くといい」
「そんな。父の領地にはこれ以上人を増やす余裕はありません」
ノエルの仲間がショックを受けた顔をした。
うける。
侯爵家の跡継ぎである僕の器を試してやろうと息巻いていたのにな。
男爵家からもいらないと言われるとか。
つーか、身の程を知っとけよ。
「父親に紹介できないということは、つまり、いらない人材だということだ。本当に必要な人材なら無理をしてでも取るさ。そいつを使って生み出す金で領地が豊かになるからな。男爵家がいらない人材を、ましてや侯爵家の僕が近衛に雇えるわけないだろ」
ノエルは僕の家をゴミ捨て場だとでも勘違いしているのだろうか?
ノエルの部下で唯一使えるのは彼女についている男爵家の武官一人だけだ。
彼は今日来ていない。
あまりにも恐れ多くて逃げたのかもしれない。
常識的な人間なら今日起こるトラブルは容易に予想できる。
巻き込まれたくはないだろう。
あの武官なら僕の近衛見習いぐらいにはなれたと思うのだが。
やれやれ。
ノエルが推挙できる第一の人材を外すなんて、本当にわけがわからない。
「近衛でなければいいのですか?」
「うん?」
「私のパーティーメンバーは、近衛としてでなければ活躍できるのですか?」
「もちろん。食客ならいいよ。給料ただになるけど。最前線で戦うことになるし、けがをしたら出て行ってもらうけど」
それなら他の領主のほうがいい条件を出すだろう。
僕は学生の顔を見た。
明らかにみんな引いている。
「なんだか不満そうだし、この話はなしだな。じゃあ、話は終わりってことで。強いていえば飛びぬけた実力者なら誠実さが低くても取るかもしれないけど。みんな弱そうだしなあ」
「聞き捨てなりませんな」
先ほどから顔を赤くして憤怒の形相を浮かべていた男が一歩前に進み出た。
「我々の実力をなめすぎではないですか?」
「あー、君らはまあ、強いよ。そこそこ強い。学生としては優秀だ。でも、近衛に求められる強さってのはそういうもんじゃない」
誠実さではなく強さでの近衛就任を目指すなら、ハードルは極端に高い。
最低でも10000人に1人。
それだけの力がいる。
もちろん超えられない高さではないし、この場にはその実例もいるのだが。
「僕の後ろを見ろ。フィルとサディアス。彼らは誠実さでも比類はないが、仮に多少誠実でなくても僕の部下としてやっていける。それだけの強さがある」
「私にはないと」
「そりゃそうだろ」
「どうかお試しください」
腰に下げている剣を抜いて、男は戦闘態勢を取った。
後ろの護衛から怒りのオーラを感じる。
まあいいさ。
僕は手で制した。
それで満足するのなら、試してやろうじゃないか。
「えーっと、じゃあ僕の攻撃を受けきれたらってことにしようか。君からの攻撃はなしね。僕に傷をつけたら失格。10分ぐらい立ってられたら実力は合格ってことで」
「それでお願いします」
「近衛ならこの条件でも達成するから、落ちたら身の程をわきまえて貝になれ」
「いいでしょう」
「剣を捨てろ」
「……これも防御の一環かと考えますが」
「だったら不合格だな」
「わかりました。捨てます」
男が剣を捨てた。
さて。
身の程を教えてやろう。




