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第3話「お祈りメイジー」

 食堂ではティーブレイクを楽しんでいる学生が散見される。

 僕はメイジーの友人に居所を聞いて回った。

 が、反応はかんばしくない。


 原因は明らかである。

 僕の悪いうわさが広まっているからだ。

 苦学生の処女の美少女をだましてやり捨てにした究極のゲス野郎。

 そういうことになっている。

 出どころも確かだ。

 あろうことか、メイジー自身の口から広まっているのである。


 肩身が狭い。

 居場所を聞いても教えてもらえない。

 むしろ責任を取る気があるのかと聞かれるぐらいである。


 責任とはなんだろう?

 まさか側室として迎えろとでもいうのか。

 それとも正室か。

 どっちにしろ無理なのだが。

 学生というのは世界一調子に乗っている存在だ。

 まともに会話はできない。


 しかし、面倒になってきたな。

 後日でいいか。

 人を使って面会を取り付けるとしよう。


 諦めモードに入っていた僕の背後から、男の声がかかった。


「ようウォーレン」

「キートンか」

「苦労してるみたいだな」

「まあね」

「メイジーなら第五講堂だ。せいぜい刺されないように気をつけろよ」

「善処するよ」


 キートンという男はジュピター男爵家の跡取りだ。

 他の生徒とは違い、僕と仲が悪くなるような理由はない。

 別に友達ではないが。

 せいぜいお互い邪魔にならない範囲で協力しようという程度の関係。

 知り合い以上友達未満というところか。


 僕はキートンに礼を言ってからその場を後にした。



 貴族の入学者には推薦枠がある。


 王立貴族学校は教育機関である。

 その目的はというと、将来の国政を担う官僚を生み出すことにある。

 官僚というものは能力だけでは足りない。

 忠誠心も重要だ。

 自分の息のかかった人間をただで学ばせるために、貴族には推薦枠がある。


 王立貴族学校の門戸はあまり広くない。

 授業料も高い。

 それでも入学希望者が絶えないのは、ここが出世の登竜門であるからだ。


 貴族に目をかけてもらえれば領地運営に関われる。

 大きな仕事ができる。

 給料もいいし、もちろん名誉もある。

 将来は安泰だ。

 誰もが望む学生としての立場を、貴族は推薦枠を使って与えることができる。


 この制度の意図は明らかだ。

 人を勧誘するときのエサに使え。

 言外にそう言っている。

 推薦枠を使えば学費はタダになる。

 ついでに身元を洗うための調査とか、面倒な参入障壁からもフリーになる。


 ウォーレンには10の推薦枠が与えられている。

 これは学生の中でも最大だ。

 王立貴族学校はエニウェア侯爵領の中にある。

 影響力も強い。

 というか最強である。

 公爵家の後継者であるカルラでさえ、この学校での影響力は僕に一歩譲る。

 それほどの力があるのだ。


 ウォーレンはその力を使わなかった。

 使い方がわからなかった、といってもいい。

 せいぜいが気に入った女にエサとして与えるだけ。

 例えばメイジーだ。

 僕に処女を売りにきたあの女。

 たぶん抱かれた後は、この推薦枠で学生を続けるつもりだったのだろう。


 僕としても、彼女に恨みがあるわけではないし。

 せめて泣き寝入りをしていてくれれば推薦してやれたのだが。

 悪いうわさを流すとか。

 残念だ。

 今となっては手を差し伸べることもできない。


 メイジーとの縁は切れていた。



 僕は第五講堂で授業を受けているメイジーを呼び出した。

 生徒に紛れてこっそりと。

 とはいかなかった。

 なにせ150キロの巨体。

 注目されている中を進み、手を引いて講堂を出て廊下に立つ。


「久しぶりだな」

「え、えっと」


 メイジーが困っている。

 そりゃそうか。

 文句でも言われるかと思っているのかもしれない。

 もはや僕には興味がないのだが。

 非処女だし。

 いや、仮に処女だとしても、メイジーはいらんけどね。


 彼女は忙しい。

 さっさと要件をすませるとしよう。

 メイジーの在学猶予は半年。

 必死で雇い主を探さねばならない時期だ。

 奨学試験に落ちた人間を雇う者が現れるかどうかはともかく。


「あのときの忘れものだ」


 僕はメイジーに金貨のつまった袋を手渡した。


「これは?」

「僕を殴った日の朝。受け取らずに帰っちゃっただろ。ビンタのぶんは差し引いてあるから、金貨20枚ぐらいだけど?」

「お金ですか」

「そうだ。いらなかったか?」

「とんでもない! すごく助かります。ありがとうございます。そ、その」

「なんだ?」


 メイジーは上目遣いでおずおずと申し出た。


「今更ですけど、もしよければ部下としてお仕えしましょうか?」

「いや、いらないし」

「そうです」

「てゆーか、たぶんこの学校の貴族で君を雇う人はほぼいないと思うよ」

「えっ」


 特に話すことはなかったので、僕はそれで話を切り上げてその場を後にした。


 やれやれ。

 メイジー。

 気づいていないのかもしれないが、君の就職活動は難航しそうだぞ。


 なにせ、雇う側である貴族の悪口を触れ回っているような女だ。

 庶民から人気は出るだろう。

 彼女の友達はみんな味方をする。

 よくやったとほめる。

 ちやほやする。

 なぜなら友達だからだ。

 友達なら彼女の苦痛をわかってやれるし、悩みに共感してやれる。

 慰めてやれる。

 かけがえのない大切な存在だ。


 しかし、友達には一つだけできないことがある。

 彼女の生活を保障することである。

 それは彼女の家族や、彼女の雇用主にしかできない。


 今回のケースの場合、庶民100人がいて99人まではメイジーの肩を持つ。

 それはそうだろう。

 仲間の味方をするのは当然だ。

 100人中99人であれば全員といっていい。

 世界のすべてが自分の味方だと錯覚するほどの数だ。

 メイジーが勘違いするのも無理はない。


 しかし、100人中の1人である雇用者の意見は違う。

 180度違う。

 完全に真逆なのだ。


 雇用主の視点から見たメイジーの行動は最悪だ。

 上からひどい仕打ちを受けた。

 それはいい。

 よくあることだ。

 しかし、その結果として貴族の悪評を学園に広めたのだ。

 印象は最悪である。

 メイジーを使えば少し厳しくしただけで上の悪口をいって不和の種をまく。

 誰が見てもそうなる。

 そんな危険人物を使いたい上司はこの世に一人もいない。


 せいぜいが体目当てでお茶くみ仕事を与えるか。

 雑用で使うか。

 その程度だ。

 大きな権限のある仕事だけは絶対に任せられない。

 危険人物なのだ。

 上に逆らったという事実は全ての美点を台無しにするほどに重すぎる。


 これは貴族社会だからという話では決してない。

 民間組織でも同じである。

 ただ、表に出していうかどうかだけが違う

 メイジーのような行動をとった人間は、出世の機会を与えられることはない。

 あらゆる場面で差別するための圧力がかかる

 目には見えない。

 しかし存在する。

 それがなければ組織は成り立たない。


 誰もが同情して共感して味方をしてくれるが、出世だけは無理だ。

 完全に不可能である。

 そういう意味では貴族社会のほうがまだ優しい。

 表に出して教えてあげられるだけ親切であるとさえ言える。


 まあ、よほど強力なコネがあるか、あるいは真実有能であればまた別だが。

 メイジーはどうだろう。

 僕の部下はそれなりに気が回る。

 彼女の就職先に今回のいきさつを知らせるぐらいは片手間にやってのける。

 なにせ僕に恨みを持っているわけだし。

 そういう人間を使っている雇用者もまた、僕の敵ということになる。


 メイジーはどこに行くのか。

 世界は広い。

 それらの逆境をはねのけて活躍できる場所だってあるだろう。


 貴族社会は狭い。

 メイジー様の今後一層のご活躍をお祈り申しあげます。

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