第2話「君は童貞のままが一番強い」
授業を受けるのは退屈だ。
異世界生活に慣れるために出席してみたが、これがとびきりつまらない。
チョークで黒板に記された意味不明な文字列。
講師の冗長な説明。
一方的に話しているのを聞くだけの非参加型の授業だ。
中にはまじめにノートをとっている学生もいるが。
多くは眠そうにしている。
『つまんない授業だね』
『そうだな』
どうやら今回は一番悪い講師に当たったらしい。
彼は研究者としては優秀だが。
教えるほうに興味はないのだろう。
自分の専門分野について義務的に語っているだけだ。
なんの情熱も感じない。
『面倒だし、ふけちゃおっか?』
『そうしよう』
僕たちはこそこそと教室を後にした。
さて。
午後には2時間単位の授業が2つあったのだが。
その予定の一つがまるまる空いてしまった。
これからどうしようか?
人気のある講師の授業はだいたいが満室である。
王立貴族学校ではテスト勉強のための授業という概念はほとんどない。
試験はある。
成績も公開される。
しかし公平を期すためというべきか。
試験内容は事前にすべて公表されてしまうので、後は覚えるだけなのだ。
試されるのは記憶力。
そして計算能力。
丸三日かけて莫大な量の問題を解くことになる。
授業に出たから成績がよくなる。
この世界の試験はそういうものではない。
出席なんて取らないし。
ミニテストなんてものもない。
単に見聞を広めるだけ、覚えた知識を深く理解するためだけに授業がある。
ある意味、メイジーが試験に落ちたのは自業自得なのだ。
単に能力が足りなかったというだけのこと。
まともに勉強していれば落ちない。
記憶力と計算能力があれば落ちようがない。
この世界のテストはそんなものだ。
それを体を使ってどうこうしようだなんて、心根がさもしいと言える。
ああ、でも、そういえばそうだったな。
メイジー。
彼女に金を払わねば。
婚約者のノエルと約束していたのだ。
忘れるのは不義理すぎる。
僕はメイジーを探すことにした。
『メイジーって誰なの?』
『僕が転生した日の朝に同じベッドで寝ていた女だ』
『うわー……それって事後?』
『事後だな』
『かなしい童貞喪失だね』
『あれはノーカンだ』
『童貞はみんなそういう』
『意味わかんねーよ。つーか、僕が童貞かどうかはわからないだろう?』
『わかるよ。プライベートピクシーは童貞にしかつけないから』
妖精さんはおそろしい事実を口にした。
『え、なに? 僕がセックスしたらお前いなくなるの?』
『それは大丈夫。初期設定の時だけの話だから』
『僕の記憶からセックスの記憶が消えているのはそのせいか』
『そうなの?』
『ああ。僕とウォーレンは記憶を共有しているが、セックスだけ思い出せない』
『そんな機能はないはずなんだけど……ああ、天運が気を利かせたのかな』
『どういうことだ?』
天運は初回設定時に恩恵を与えるスキルだと思っていた。
妖精さんもそう言っていたような気がする。
僕が人に生まれているのは、天運スキルと権力補正によるところが大きいと。
他にもあるのだろうか。
『たとえば君ってダイエットしてるけど、欲望に負ける気配がない』
『そうだな。それは栄養面での管理がいいからだ』
『それもあるだろうね。でも、快楽の奴隷になっていないのは記憶の継承がうまくいっているからだと思う』
『ふむ?』
『君ってみじめな無力感とかないでしょ? 失敗した記憶とか薄いでしょ?』
『かもしれん』
『それは世界に失望しないための恩寵なの。ひとは忘れるから元気でいられるんだ。天運はマイナスになる経験をばっさり切る力もあるんだよ』
『それは便利だな』
『うん。天運は有数の当たりスキルだからね。これ一つで勝ち組になれるぐらい』
ふむ。
そういえば、ウォーレンをいじめていたガキと戦った時も問題はなかったな。
恐怖を感じなかった。
戦うのはそれなりに怖いが。
過去と向き合って乗り越えるような話ではなかったと思う。
あれは天運の力だったのか。
いやしかし。
僕とウォーレンは間違いなく、過去の屈辱や失敗を共有してもいるのだが。
『ガキの時分にバカにされた記憶ぐらいはあるんだが?』
『それは必要だって判断されたんじゃないの』
『ふうむ』
『怒りは人が生きるための熱エネルギーそのものだから。ゼロにはできないよ。不満と屈辱と恐怖を胸に抱いて、男の子は立派になっていくものなのだ』
香山美咲は偉そうな調子で話の結論をまとめた。
たしかに。
納得できるところはある。
しかし。
『結局のところ、セックスの記憶を消す意味がわからんな。それはウォーレンの記憶だ。僕には関係ないのだろう?』
『うーん。たしかに前世で童貞なら妖精的には問題ないんだけどね』
『この点についてはどのように説明する?』
『童貞のほうがいいじゃん? かわいいし。私はへたれっぽい人が好きだよ』
『うるせえ』
『今後もそれでいこう!』
『いくわけねーだろ』
『女遊びっていうのは時間の無駄遣いだからね。忘れられてよかったじゃん?』
『いらん世話だ』
『天運の考えとしては、童貞のみじめさをバネに異世界ライフを生き抜けってことなのかも』
『大きなお世話だ』
『天運はいいました。君は童貞のままが一番強い。がんばりなさい』
『何かの決めゼリフか!?』
よくわかった。
天運。
てめーは敵だ!
そんな感じで妖精とじゃれあいながら、ひとまずは食堂へと向かった。




