第2話「目的は人それぞれ」
「目的は」
「うん?」
「お前の異世界転生における目的はなんなのだ?」
「別になにも。強いて言えばだらだらすることかな。だから一番有望そうな人に養ってもらうわけだし」
「養ってもらう?」
「うんうん。私ってあくまでも付属品なんだよね。戦闘力とかほぼないし」
「妖精は死ぬこともあるのか?」
「あるよー。物理ダメージは通らないけど、浄化系の魔力攻撃は通る。一般人には見えないけど妖精眼の持ち主とか一部モンスターには見える。だから襲われたらピンチなわけ」
「それを僕が守れと」
「そう! 私たちは仲間だよ! 初期ポイントも共有だし! ゲットは二倍! 消費も二倍! 君が死ねば私も死ぬ! そういう関係なのだ!」
「お前が死んだら?」
「君も死ぬ」
まじかよ。
ただの弱点じゃないか。
異世界に来て早々にハンデ抱えた気分なんですけど。
「まあまあ、悲観することもないよ! 私ってちょーお役立ちだし! 妖精一匹養うぐらい楽勝だよ!」
「具体的にはどういう機能があるのだ?」
「へへー。いろいろー」
僕は香山美咲の体に手を伸ばした。
すかっと手が空ぶる。
霊体攻撃用の魔力をまとわせて触れると、今度はしっかりとつかめた。
「ぎゃー!? えっち! 変態!」
「妖精の羽はむしっても生えてくるのか?」
「やめてやめてやめて! 知らないけど! 生えなかったら取り返しがつかないから!」
僕は香山美咲の妖精体をにぎにぎした。
弾力がある。
肌は柔らかい。
着ている緑のドレスも一級品らしく、非常に触り心地がいい。
「パンツが見えないな」
僕は妖精の足をつかんで振ってみた。
角度的には絶対に見えるはずだが。
この短いスカートでどうやってガードするのだろう?
常に影ができて視界に入らない。
「ちょ! やめ! 犯されるー!?」
「安心しろ。僕は手のひらサイズの生き物に欲情する性癖はない」
「言葉と行動が一致してないんですけど!」
「これはおしおきだ」
「さっそくご主人様対応してる!? なんなのこの人!? 状況に慣れるの早すぎませんかねえ!?」
僕は妖精体をベッドに投げ捨てた。
「べみゃ!」
「どんな感じだ?」
「気分最悪なんですけど!?」
「そうではなく。HPは減っているのか?」
「ないよそんなの! ファンタジーか! いや、ここはそりゃファンタジー世界なんだけど!」
香山美咲は元気だ。
「ふむ。どの程度で死ぬのかがわからないと守る時に困るぞ」
「あー、滅多には大丈夫。自分で防御壁とかも出せるし。疲れるけど」
「僕が全力で殴ったら?」
「怖いこと言わないでよ。殴られるとわかってれば一発二発は平気かな。不意打ちだとちょっとまずい」
「試したことはあるのか?」
「その、私ってちょっと特殊だから。他のクラスメートとは違うんだよ」
なにやら痛いことを言い出したぞこの女。
「でたよ。私は違うんですアピール。思春期か」
「そういうのじゃないからね!? 香山美咲の本能はすでに消えていて、妖精として新しく記憶と人格が上書きされてるってこと!」
「どういうことだ?」
「え、えーと」
香山美咲はとつとつと説明した。
キャラクター設定で妖精転生を選ぶと、まったくの別人として生まれる。
少なくとも人ではなくなる。
ピクシー脳になる。
いろいろなシステム上の情報が与えられる。
かわりに生物としての本能は薄れてしまうらしい。
「僕が確認した限り、そんな項目はなかったが?」
「個人のレア項目だね。君にもあったはずだよ。それを選んだんじゃないの?」
「俺は汎用だ。金持ちとコネ持ちだな」
「うわーゲスいね」
「金持ちは最強だ! 異論は認めん!」
これだから貧民は!
札束で頬を張ってやろうか。
いや、妖精にそれをしても徒労に終わるだろう。
物理的に効かないのはもとより、金のありがたみを知る立場でもなさそうだ。
ある意味では最強。
世俗のしがらみから解放された寄生プレイ。
この女、生粋のニート体質か。
一番いい条件のクラスメートに付くというのがまた、特別にタチが悪い。
うらやましい立場だ……と思わなくもないが。
妖精転生か。
僕ならごめんだな。
せっかく異世界転生したというのに。
人とは違う体になってしまっては、楽しめるものも楽しめないだろう。
「お前、それでいいのか?」
「なにが」
「だから、自分の体をなくしてサポートに回る。そこに喜びはあるのか?」
「あー、そりゃ偏見だよ。世の中には見てるだけで幸せって喜びもあるわけだし」
「お前がそうだと?」
「うん。てゆーかね。私はもともと食べたり動いたり働いたり、そういうの好きじゃなかったんだ。私は体を動かすということ自体に怒りを感じるの。基本、何もしたくないの」
「ふむ」
ますますニートっぽい発言だ。
そういえば、前世の香山美咲は書道部だったか。
社交性はあったし運動もできたのだが。
進んでスポーツを楽しむというタイプではなかったのかもしれない。
「それでも、生きるためにはしかたがない。だから今まではやってた。でも、心のどこかでは、生きるための面倒なあれこれから解放されたいとも思ってたんだ」
「学者肌だな」
「そうだね。私ってたぶんインテリさんってやつだと思うよ。そういう性格なの。だから観察するだけの立場の今は、むしろ私の望むところ。私は異世界転生に感謝してる。神様が与えてくれた恩寵だと思ってる」
「そう思わせられているだけなのではないか?」
「かもしれない。でも、疑いなく信じられるならそれでいいよ。少なくとも、今の私は幸せなわけだし」
「なるほど」
あんがい、そうなのかもしれない。
ステータス設定は本人の本質的な欲望をレア項目として生み出すのか。
僕は人よりもうまくやりたいと願った。
それは実現した。
設定勘は唯一無二にして最強のスキルだったと、今でも確信できる。
究極のチートといっていい。
香山美咲は本能からの解放を願った。
それは実現した。
そう思う。
だが、それでいいのか?
捨てたものの大きさとメリットは見合うのか?
僕にはわからない。
過信は禁物だろう。
初日時点でもすでに7人が死んでいる。
異世界転生はやさしくない。
神の恩寵とやらが万能でないことだけは間違いのないことだった。




