第1話「ついに来たか」
帰ると妖精がいた。
地上に戻った僕は、まずは太陽の光をたっぷりと浴びて楽しんだ。
時刻は朝。
午前10時ごろ。
出かけたのが正午過ぎだったので、都合二日近く潜っていたことになる。
夏なので暑いが、それでも久しぶりの太陽はありがたい。
空に抱かれているような気がする。
なんという開放感。
ダンジョン世界は決して不快な場所ではないのだが。
やはり人が住むべき場所は地上なのだ。
それを強く感じる。
「ウォーレン様。おかえりなさいませ」
「ただいま。ジーナ、風呂を用意してくれるか?」
「はい。少々お待ちください」
メイド長のジーナは台所に入り、僕に濡れタオルと水とを差しだした。
「よろしければ、これを」
「ありがとう」
僕は顔を拭き、体の汚れを落とした。
それから部屋に入る。
荷物を降ろす。
服を脱ぐ。
全身を濡れタオルで軽くぬぐっていると、シャラランと効果音が鳴った。
なにごとだ。
幻聴か。
僕の頭がおかしくなったのか。
目の前に虫が現れた。
きらきら輝く羽虫。
いや、妖精か。
そう。
妖精だ。
いつか現れると覚悟していたのだが。
僕の目の前に、金色の鱗粉をまき散らす妖精があらわれた。
「やっほー」
「…………こんにちは」
サイズは手のひらぐらい。
姿は可愛い。
それはもう妖精のように。
トンボのような透明な羽を4つ持っている。
肌の露出した緑のドレスを着ている
金髪。
碧眼。
手足はほっそり。
目はぱっちり。
絵本の中からそのまま飛び出してきたような、可憐きわまる生き物だ。
「えーっと、お待たせしました、で、いいのかな?」
「そうだな」
「あ、私、香山美咲だよ! みさきちだよ!」
「知ってる」
「ええっ!? あ、あれれ? 転生時期が違うのかな? 私は2日前の朝にこの世界に来たんだけど」
「僕もそうだ」
「そっかー……って、なんでそんなに落ち着いてるの!?」
「僕はつい先ほどまで迷宮とかモンスターとか人間とかと戦っていたんでな。少々ものごとに鈍くなっているらしい」
「はあ!? 転生早々なにしてるのこの人!?」
香山美咲は大げさに驚いた。
しかし、あれだな。
性格はともかく。
香山美咲の外見には前世の面影がない。
だから郷愁もわかない。
この世界原生の珍しい生き物とでも遭遇したような感覚だ。
距離がつかめない。
というか、もともと香山美咲と話したことはほぼないが。
彼女とは友好的に付き合う。
そう決めた。
ならば、まずはともかく情報交換からはじめるべきだろうな。
「それで、お前は僕の仲間のプライベートピクシー、でいいんだな?」
「うんうん。それであってるよ!」
「プライベートピクシーとはなんなのだ?」
「妖精だよ!」
「妖精とはなんなのだ?」
「プライベートピクシーだよ!」
「…………ケンカを売っているのか?」
「ええっ!? ちょっとしたジョークじゃん! 沸点低いよ!」
う、うぜえ。
いや、これは僕の許容範囲が狭いのか。
恋愛というのは無駄な会話を楽しむところに極意があるらしい。
好きな人なら一緒にいるだけで楽しいというやつだ。
意味はなくてもいい。
むしろ意味なんていらない。
そういうものなのだろう。
しかし、僕と香山美咲はそういう関係ではない。
「なぜ僕なのだ?」
「どゆこと?」
「お前と僕はそれほど仲がよくない。別に悪くもないが」
「そうだね。全然接点ないよね」
「そんなお前が僕の仲間として現れた理由がわからない、と言っているのだ」
「ああー、そりゃそうだね! 私はわかってるけどね!」
「当たり前だ」
「当たり前じゃないよ! 自分のことは自分が一番よくわかるとは限らないし!」
「そうだな」
香山美咲はどうでもいい会話が好きらしい。
僕は適当に聞き流した。
「君を選んだ理由はね! 自動的だよ! システム上の都合だよ!」
「ランダムに振り分けられたということか?」
「違う違う! クラスメートのうちで一番有望な人に付けられるの! それがプライベートピクシーの特性なの!」
ほほう。
それはいい情報だ。
僕のキャラクター設定はうまくいっていたらしい。
あれは手ごたえがあった。
かなりいい条件で転生したという確信があった。
その自信もあったのだが。
たとえそうだとしても、やはり人から保証されるのはありがたい。




