第9話「帰るまでが冒険です」
瞑想が終わった。
痛みをこらえながら体を起こしてみる。
軽く柔軟体操をする。
まだ痛い。
しかしましだ。
聖域が体の回復を促すというのは本当のことらしい。
さて。
せっかく聖域に来たのだから、まずはご褒美をゲットすることにしよう。
10層聖域の中心部。
一番の魔力だまりに向かって歩いていく。
緑色の輝くコケ。
光を反射してきらめく水たまり。
魔素の粒子が飛び散ってきらきらしている。
きれいだ。
幻想的な光景だと思う。
人の気配におびえた動物がキュウキュウと鳴きながら逃げ出した。
僕はそれらを追いかけながら目的地へと進む。
聖域の魔力だまり。
その中心部には祭壇がある。
石を組み合わせて作られた遺跡のようなものだ。
おそらくダンジョン内で唯一、人の手が入ったまま荒らされていない場所だ。
石段を登って奥に進むと、魔力シャワーのただ中に据えられた台座がある。
置かれている魔石は3つ。
すさまじい純度だ。
地上に持ち帰って売り払えば金貨100枚ぐらいにはなるだろう。
3つの魔石すべてを回収してかわりを5つ置く。
盗まれたらどうするのか。
その心配はない。
最初は屑魔石なのだ。
聖域で魔力のシャワーを浴び続けることによって、はじめて価値が生まれる。
屑魔石を台座に置いておけば聖域の魔力を吸収する。
そして値打ちのある魔石になる。
だから盗む意味がない。
これは自然が探索者に与えてくれるご褒美のようなものだ。
ごくごくまれにマナーの悪い連中が代わりの魔石を置かないことはある。
その場合ははずれだ。
はずれを引くのは運がない。
しかし、はずれの場合は聖域に密度の高い魔力が満ちている。
持ってきた屑魔石に自分で魔力を注入すればいい。
それでも問題はなかった。
2つは僕たちが、あと1つはギルドに証拠として奉納することにしよう。
10層到達の記念品だ。
台座の横に置かれている石箱には記帳するための本もある。
サインと日付を入れる。
うむ。
ついにここまで来たのだ。
「ウォーレン様、そろそろ食料が」
「不足か」
「はい。残量が半分を割りました」
「なら、戻るべきだな」
「はい。先に進むなら、そのつもりでの準備が必要かと」
「わかった」
僕たちは戻ることにした。
食後の腹ごなしもあるので、すぐには出発しない。
帰る前に準備をする。
侯爵家にのみ伝わる祭壇の隠し場所から追加の魔石をゲット。
似たようなことを考える冒険者の隠し魔石をサーチして回収する。
冒険者の考えは雑だ。
祭壇には何重もの盗難防止策があるというのに。
普通に地面に埋めていたりする。
ネコババは容易だった。
帰路は何事もなく進んだ。
なにせ来た道を戻るだけなのだ。
地上に向かって進むわけだから登り道になるが、それでも気楽ではある。
どの程度苦労するのかが体感的にわかっている。
昨日歩いた場所だ。
未知の探索である行き道と比べれば、はるかに気安くて歩きやすい。
適当にモンスターを蹴散らす。
地図の通りに歩いて地上を目指していく。
このままトラブルなく帰れるかと思われたが、軽いアクシデントはあった。
6層に入った時のことだ。
魔族がいた。
やばい。
身を隠す。
岩陰からこっそりと観察する。
鹿のような角。
牛を思わせる黒い皮膚。
背中越しにも筋肉が盛り上がっているのがわかる。
顔はわからないが。
帯びている魔力はそれなりに強い。
僕や護衛との比率で言えば、目算で6割というところ。
モンスターならば問題なく倒せるが、魔族は危険な相手だ。
彼らは人と同等の知性、魔力、文明を持っている。
つまり、武器を持つ。
道具を使う。
頭もいい。
地下に住む人類と考えて相違ない。
魔族は強い。
魔族は地下世界の魔力に強い適性がある。
同程度の力量であれば地下で戦ったら負けてしまうだろう。
極めて危険な相手だ。
6層のような浅い場所で魔族と出会うことはほとんどないと言われる。
魔族は20層よりも下の場所に住んでいる。
しかし出会ったのだ。
対策を考える必要はあるだろう。
戦っても勝てるだろうか?
勝てる。
まず勝てる。
が、護衛のどちらかが致命的な負傷を受ける可能性はある。
危険だ。
やめておくべきだろう。
ここが2層3層ならば戦ってみてもいいが、6層でやりあうのはやばい。
僕は護衛に指示を出し、その場をそっと離れた。
不満は出なかった。
当たり前だ。
護衛だって危険なまねはゴメンだろう。
それが必要ならば命をかけて戦ってもらうにしても。
無駄なリスクを冒す必要はない。
僕についている護衛は超のつく高級人材である。
失えばかわりはいない。
僕たちはしばらく時間を置き、魔族とは違うルートで地上への道を進んだ。
やれやれ。
異世界転生のテンプレに沿えば、あそこで戦って仕留めるべきなのだろうが。
別に襲われている女の子がいるわけでもない。
賞金もかかっていない。
ただそこで出会っただけの相手だ。
人類の敵を討ちたいという思いはあるにせよ、そこまでする意味はないだろう。




